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ドヴォルザーク交響曲第9番ホ短調「新世界」作品95(その4)

2012 DEC 7 17:17:11 pm by 東 賢太郎

第4楽章です。

序奏はドヴォルザークが大好きな蒸気機関車が発進するようです。リズムも徐々に小刻みになって加速感を出しますが、弦が3オクターヴにわたってシ(b)を起点としてよいしょと持ち上がる2番目の音がだんだん高くなっていくことでもこちらでも加速感、緊張感が徐々に高まります。

2番目の音はc, c#, d#, e, f#, g, a , a# と上昇してオクターヴ上のbに至ります。b→cではわからなかったところが、c#, d#, eで(なんとなく)ロ長調(B)、そこから e, f#, g, aと来て初めてホ短調(Em)とわかり、さっきのBがそのドミナント(属和音)だったことがわかる、という手順で和声感が確立されます。ドミナント→トニック(主和音)という「教科書通りの和声の解決」が聴き手に印象づけられます。

その最後、aが半音ずり上がってa#になります。すると「教科書通りに」聴き手はこれをドミナント(F#)に聴き、次の決然と鳴るトニック(B)に気持ち良く導かれます。このBはEmのドミナントだと既にわかっているので、さあ早く早くとご主人様であるホ短調Emの登場を待つ心理状態に導かれます。凡庸な、ふつうの作曲家であれば間違いなくこのままEmになると確信できてしまうほど、ここまでの準備は完璧なのです。

ところが、ドヴォルザークはそこで、全員の予想を覆して嬰ニ長調(D#)という思いもよらぬ和音をぶつけます。僕はこれを何回聴いたか記憶もありませんが、わかっていてもいつも背負い投げを食らった感覚になります(第7小節)。

全員唖然とした瞬間を楽しむかのように四分休符がエアポケットを作り、同じ和音をベートーベン(また!)の「運命リズム」でダダダダンと念押しするように叩きつけるのです。

スコアをよく見てください。この第8小節はなぜか嬰ニ長調が変ホ長調に記譜しなおされています。不思議です。元々ホ短調という#系の楽章にいきなり♭がいっぱい現れます。第2バイオリンはそれまで臨時記号など一度もついていないソ(g)にわざわざナチュラル(♮)までつけて奏者に注意喚起する徹底ぶり。初演で間違えた人がいたかもしれないし、やっぱりこの和音の唐突感に奏者が幻惑されないか心配だったのでしょう。これだけ緻密で用心深いドヴォルザークが意味もなく変ホ長調に書いたはずがありません。

するともっと奇異なことが目に入ります。e♭を弾く第一バイオリンと3小節にわたってまったく同じことをやらされるフルートはd#(同じ音ですが)と書かれているのです。意図は不明です。僕には、「この音が実はこれから深い意味を持ちますよ」ということをわかる人にはわかるように示したかのように思えます(まるでミステリー作家が犯人当ての手掛かりを残したように)。第9小節で、いよいよ今度こそEmへという確信に満ちたB7に移行し、その期待を裏書きするd#-eのトリルが第1バイオリンとフルートだけによって鳴らされます。

そして、待ちに待った第10小節からの第3,4ホルンとトランペットによる勇壮な第1主題が堂々と鳴り響きます。ミーファソファーミミー/ミーレーシレミー・・・です(ファは#付き)。この「レ」(d)に#が付いていないことにご注目ください。d#じゃない、d♮なのです!(これが犯人だったということ、わかりますか?)伴奏しているコード進行はEm-Am-Em-Bm-Emです。聴き手はレーシレの部分に(ここに至った和声ドラマが耳に残っているので)BmではなくB7(レ#ーシレ#)を予想しています。またここで聴き手は背負い投げを食らうわけです。この主題、この直後にもう一度繰り返されますが、そこの伴奏はセオリー通りにB7に戻っているのを聴き取れますか?

この主題にちょっとローカルな、洗練されない、しかし野趣に満ちた強いインパクトを感じるのはこういう周到な仕掛けがあるからです。これを知ると、第8-9小節のd#-eが聴衆の耳をB7にリードするミスディレクションであり、もっと言えばその前に2回あったドミナント→トニックという教科書解決だって、このメインステートメントである第1主題で「教科書無視」して「ちょっと不良っぽくしてみんなを驚かそう」という唯一の目的に向けた確信犯的下工作だったことがわかるのです。ドヴォルザークがミステリーを書いたらエラリークイーン並だったかもしれません。

細かいことですが「神は細部に宿る」のです。人類史に残る芸術作品は「ゲージュツはバクハツだ!」などとポンと出来るわけではありません。こんなに緻密に精巧に造ったものだということが少しでもお分かりいただければと思います。この、スコアたった2ページ、時間でいえばほんの20秒ほどに秘められた奥義。僕がクラシック音楽に魅せられるのは、こうして人類最高度の知性を持った作曲家たちの天才的思考の跡にふれることが楽しいからと言って過言ではありません。

さて、第4楽章ですが、残念ながらこの箇所を除くと、僕には考えを書き残しておきたいという情熱にかられる部分がスコアに見当たりません。新世界は次回に僕の推薦盤を書いて、それで終わりにします。

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ドヴォルザーク 交響曲第9番ホ短調 「新世界より」 作品95 (その1)

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クラシック徒然草-ドヴォルザーク新世界のおすすめCD-

ドヴォルザーク 交響曲第8番ト長調 作品88

 

 

 

Categories:______ドヴォルザーク, クラシック音楽

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