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ベートーベン ピアノ協奏曲第4番ト長調作品58

2013 NOV 18 17:17:37 pm by 東 賢太郎

4番は1806年夏ごろに完成されました。5番の「皇帝」ではなくこちらをピアノ協奏曲の最高傑作とする人も多い名曲です。

同年9月の手紙でラズモフスキー四重奏曲、交響曲第4番、歌劇フィデリオ、オラトリオ「かんらん山上のキリスト」とまとめて出版交渉された記録があります。1807年の私的な初演を経て、1808年に例の交響曲5,6番を初演したアン・デア・ウィーン劇場で公開の場で演奏されました。その際弟子のツェルニーはピアニストをつとめたベートーベンが「とてもmutwilligに弾いた」と証言しています。

いたずらっぽく、悪乗りしてとでもいう意味のようです。楽譜にない音をたくさん散りばめて弾いたという意味に解釈されているようですが、「最高傑作派」の観点からはあの深遠な第2楽章をいたずらっぽく弾くなど想像がつかない気がします。深遠と書きましたが、この楽章は非常に謎めいていてわからない。短いですが大変なインパクトのある楽章です。存在自体天才のいたずらかもしれない?彼は3番では非常に美しい第2楽章ラルゴを書きました。次がこれです。

まず何かを諭すような f の弦のユニゾンに始まります。第9交響曲の終楽章の低弦のようにメッセージがあるかのように思われます。ピアノが答えます。弦とピアノの応答が続くとやがて弦は pp まで音量を落とし、ピアノがPC4mov2ひとしきり解き放たれて歌います。そして右手のトリルに左手の半音階下降という、説諭に対して何かを説きかえすような不思議な音楽となります(楽譜・右)。和声感は消え去り、何か世俗の楽しみを奪われ神の審判でも受けるかのような瞑想的、神秘的な雰囲気が漂います。そして最後のカデンツァはAm→B→Emの深い宗教的な感情の中に消えていきます。こんな音楽がそれまで地球上に響いたことはなかったでしょう。

終楽章はロンド(vivace)です。前楽章の霧の中から生命の喜びを感じる楽章への鮮やかな場面転換というコンセプトは第5交響曲に同様に直截的に出現し、田園ではストーリーを伴って婉曲に表れます。濃霧が晴れる感じはワルトシュタイン・ソナタも同じです。霧は深く嵐は苛烈なほど転換は印象的なのです。おそらくハイドンに起源を見出したこの手法はこの4番の緩徐楽章の深さで一つの到達点に達したかもしれません。

前後しますが第1楽章のピアノのモノローグによる開始、これも抜群にユニークです。この主題は交響曲第5番と同じ頃のスケッチ帳に書かれています。

PC4べト

第1~2小節に運命動機が3つ繰り返されていることにお気づきでしょうか。第4協奏曲の第1楽章はこの運命動機で組み立てられたアナザー・バージョンと言ってもよさそうですが、ヴァイオリン協奏曲、熱情ソナタもそうですからこの主題が当時の彼の頭の中に通奏低音のように流れていたことがうかがえます。この楽章は優美な第1,2主題ともうひとつ短調の副主題をもった大規模なソナタであり、後者の展開の緊張感あるドラマと前者の対比が通常のソナタ形式を一歩前進させ、より多層的な構造となっている。ベートーベンの天才が開花したことを知る中期の傑作であります。

メンデルスゾーンが演奏会で弾いた記録のあるピアノ協奏曲にモーツァルトの20,24番があり、ベートーベンではこの4番を何度か弾いています。その3曲を特に好んでいたのがブラームスであることは非常に興味深いです。ブラームスは4番のカデンツァを残しており、自身のピアノ協奏曲第1番にこの4番の明確なエコーを聴くことができます。また、ハンス・フォン・ビューロー、クララ・シューマン、サン・サーンスもカデンツァを残しています。ブラームスとクララの名がここで重なる。そういう思いをもってこの名曲に耳を傾けるのも一興でしょう。

 

ヤン・パネンカ / ヴァ-ツラフ・スメタ-チェフ / プラハ交響楽団

770(1)パネンカは伴奏ピアニストと思われているがとんでもない。これだけ詩的で品格がありしかも自発性に富んだ4番はありません。例えは妙ですが、神社の清冽なご神水でお清めを受け身が引き締まったかのような気持ちにさせてくれる稀有の演奏であります。第1楽章、オケのあとにピアノが入るや漂う、あたりを支配する凛とした雰囲気を聴いていただきたい。第2主題のあと現れる副主題の展開部はなかなか満足な演奏がないですがパネンカの演奏は深く彫琢された大理石のように見事。スメターチェクの指揮も同様で、古典的な格調、やや速めのテンポによる陰影の意味深さ、生命力とも満点です。

 

クラウディオ・アラウ / オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団

294(1)1957年のロンドンはロイヤル・フェスティバル・ホールでのライブです。アラウのベートーベンのタッチは余人にかえがたい滋味があり、僕は彼のソナタ集を敬聴しています。深い瞑想のような第2楽章を経てこれぞベートーベンという力のこもった協奏にいたる終楽章は立派の一言。クレンペラーのライブの凄さを実感できます。このチクルスでエロイカの終演後にカラヤンが楽屋に来て賛辞を述べたこと、9番を聴いたジョージ・セルが「残念ながら良すぎた」と言ったことは語り草ですが、オケの質量感にその片鱗を感じます。

 

ワルター・ギーゼキング/ アルチェオ・ガリエラ / フィルハーモニア管弦楽団

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ギーゼキングの音は決して濁りません。アラウとは全く違うがタッチは同じぐらい余人にかえがたい個性があります。宝石のように磨かれた粒立ちで弾かれた透明感のある4番はユニークな魅力があります。第2楽章の深い沈静からからりと乾いた空気感のある終楽章へのコントラストも見事で、ミラノ生まれのイタリア人ガリエラの指揮も音の鳴らし方がどこかラテン的で重くなりません。一聴に値する名演と思います。

 

(補遺)

マレイ・ペライア / セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

299272_1_f驚くべき名演である。ライブだが録音が素晴らしく、舞台に近い席でピアノを眼前にオケが広がる音場だ。ペライアの美音がボディをもって余すところなく堪能でき、重みとコクのあるオケが包みこみ、適度なホールトーンが心地良い。チェリビダッケのテンポでやや遅めだが、音楽は一切停滞したりもたれることなく4番の奥義を紡ぎ出し、ベートーベンを聴く最高の充実感を約束してくれる。ペライアがそれに完璧に感応して第2楽章など霊感に満ちた世界を生むのはスピリチャルなものさえある。こういう演奏ができたからチェリビダッケは一流たりえたという格好の証明でもある。

 

クララ・ハスキル / アンドレ・クリュイタンス / フランス国立管弦楽団
5f5cd262-ad3e-4cb1-99bd-f475af2232a91955年12月8日、ハスキル60才のライブ。モーツァルトの名手がモーツァルトにふさわしいタッチで弾いたと言って概ね間違いでない。録音は一般的な意味では良くないが、ピアノが非常にオンに録られておりハスキルの表現の綾の細部まで聞きとれるのが貴重。第2楽章の深い灰色の沈静は印象的。終楽章で指がもつれるがクリュイタンスが堂々たる伴奏でカバーするのもライブ感にあふれる。初心者にはおすすめしないが、4番を聴き込んだ人には一聴の価値あり。

 

(続きはこちらへ)

ベートーベン ピアノ協奏曲第5番作品73「皇帝」

 

Categories:______ベートーベン, クラシック音楽

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