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メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64

2014 APR 13 18:18:45 pm by 東 賢太郎

たとえばメンデルスゾーンの協奏曲では、ホ短調のスケールを音の粒をそろえて弾けなければなりません。この協奏曲の第一楽章の三連符のパッセージをうまく弾けている演奏をめったに聴いたことはありません。

-ルッジェーロ・リッチ(千歳八郎著『大ヴァイオリニストがあなたに伝えたいこと』)

 

ヴァイオリン協奏曲の最高の名曲をあげよといわれたら、さんざん迷ってこれにすると思います。モーツァルト、ベートーベン、ブラームス、チャイコフスキー、シベリウスをさしおいてです。それほどメンデルスゾーンは天衣無縫、完全無欠の美を誇る女王のような存在であり、もう何百回耳にしたかわかりませんが死ぬまで聴き続けて飽きる気が一切しない最右翼に位置する音楽であります。つまり無人島の一枚の候補ということになります。

そういう曲ですから、チャイコフスキーやシベリウスを弾かない人はいてもこれを弾かないヴァイオリニストというのはちょっと考えられません。これが出だしの独奏の楽譜です。弦のさざ波とピッチカートにのって独奏が有名な節を歌います。

メンデルスゾーン

これは簡単に聞こえますが、実は持っている29種類の演奏のうち満足できるのはあまりありません。ハイフェッツのような天才でもピッチも感性も合わず、この節を弾く人になりきれていない印象があります。音程がだめな人、最初のタータがタ、タになる人、後半でリズムが甘くなる人、オケに先走る人。これをうまく演奏するのは至難の業ということがわかりますし、それが曲頭に準備もなく出てくるのだから。

書かれたのはベートーベンの死後16年たった1844年ですが編成はベートーベンと変わらず、いやバス・パートがチェロ、コントラバスに分離していないですからむしろモーツァルトまで後退しているといっていいでしょう。ところが、パガニーニばりのソロの名技と拮抗する終楽章の木管などリムスキー・コルサコフのお手本になったかと思わせるほど目覚ましいものであり、それでいながら、終楽章をソリストの見せ場にするあまり曲想が1,2楽章に比べて安っぽくなるという協奏曲のトラップにはまっていない。そうして、また同じ言葉を使わざるを得ないのですが、それでいながら、全曲が終わった瞬間の感動の大きさと興奮は圧倒的なもので、これでブラヴォーが飛ばなければよほど技術に問題があったということでしょう。驚くべきクオリティの音楽であります。

第1楽章の第2主題。ト長調の主和音を3オクターヴ下ってソロがヴァイオリンの最低音のg(ソ)の開放弦を長く伸ばします。この長のばし音で静寂の中に持続性と緊張感を作る方法は第2楽章の入りにも現れますが、ベートーベンの皇帝協奏曲から来たものです。この太くて良く鳴る音にフルートとクラリネットが乗った混ざり具合は前回書いたスメタナ「モルダウ」の入りの部分(そこはヴィオラですが)を思わせる「良く響く」楽器の組合せの発明といえましょう。「真夏の夜の夢」にも素晴らしい例がたくさんありますが、メンデルスゾーンは音色の化学者としても一流です。

そして古典の衣装に盛りこまれたロマン派につながる和声の流れ。下の楽譜は第2楽章と終楽章を結ぶブリッジですが、ピアノの弾ける人はヴァイオリンを歌いながらこの伴奏を弾いてご自分で味わってごらんなさい。赤枠の部分のたった2つの和音!ヴィオラのe(ミ)!滋味にあふれたこの譜面をいま読んで、心に音が鳴って、そして僕はもう涙を流している。

2メンデル

saitou以前のブログにこの曲はフランクフルト近郊のバート・ゾーデンで書かれ、我が家は1年間その隣り村に住んでいたことを書きました。左は旧友の斉藤さんが6月に行って撮ってきて下さった、その時メンデルスゾーンが滞在してこれを書いた家の写真です。僕は毎日、この前を車で通勤していました。楽譜のブリッジ部分はここの空気の匂いがします。赤枠のような音はそういう風に、触れれば壊れるほどデリケートにやってもらいたいのです。

 

ヘンリック・シェリング / アンタル・ドラティ / ロンドン交響楽団

41E4P2MV5PL冒頭ソロの素晴らしさで僕はシェリングを最高位に置きます。禁欲的で清楚でありながら感情がぎっしり詰まった嫋(たお)やかな歌いまわしはバッハ、ベートーベンを得意としたシェリングにしかできない味なのです。きりりと引きしまっていて第3楽章でソロと見事な競奏をきかせるドラティの伴奏ゆえにこの旧盤を上にします。ドラティは幸いなことに晩年にロンドンでブラームスを聴くことができましたが本当に良い指揮者で独欧系の音楽をもっと録音で残してほしかったものです。その第1楽章です。

ヘンリック・シェリング / ベルナルト・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

1163000417こちらは76年盤です。冒頭の素晴らしさは旧盤と甲乙つけがたく、こちらのほうが大家の風格がありテンポもゆっくり目です。楽譜にない装飾音も旧盤と同じです。とにかくシェリングの音程に対する潔癖さと控えめなロマンをただよわせた歌の美しさはただただ素晴らしく、作曲家に対してと同様の心からの敬意を表するしかありません。ハイティンクもそのアプローチに協調して、終楽章はむやみなあおり方はしません。芸人のようなソリストが興奮をそそるのとは対極で、作品そのものがくれる感動をじっくり楽しむ大人の演奏です。

 

ユリア・フィッシャー/ イヴァン・フィッシャー / ヨーロッパ室内管弦楽団

冒頭ソロでシェリング盤に対抗できるのはこれだけです。トータルに見ても最高の名演の一つであり、この曲のヴァイオリン演奏としてはシェリングの金メダルに僅差の銀と思います。この演奏についてはこのブログに書いてありますのでくり返しませんが、ぜひ広く聴いていただきたいと思います。ユリア・フィッシャー(Julia Fischer)の二刀流

 

ミシェル・オークレール / ロベルト・ワーグナー / インスブルック交響楽団

200x200_P2_G1260048W1943年に19歳でロン・ティボー・コンクールに優勝し、早々に左手の故障で引退したフランスの元天才少女の39歳での演奏です。技術で押すタイプではなく併録のチャイコフスキーの細部はかなりいい加減な部分もあるのですが、それにもかかわらず不思議な魅力があり捨てがたい逸品です。細身の音でしとやかに楚々と開始して、歌いまわしと音色にクールな気品と色香がある。オケの伴奏はまったくマイナーな楽団と指揮者とですがこれがドイツの田舎色があってけっして悪くなく、終楽章コーダのライブさながらの興奮は実に素晴らしいものです。

 

ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ / ジェラード・シュウォーツ / ニューヨーク室内交響楽団

41GQCRVBVYL__SL500_AA300_ローマ生まれの女流です。冒頭は大きなヴィヴラートでごまかされた感じですが、第2主題の入りをこんなにテンポを落とす人もなく、この曲のロマン派寄りのアプローチとして聞かせます。第2楽章の感情移入は男では恥ずかしくてここまでできないのではという没入ぶりであり、終楽章では一転して男顔負けの立ち回りとなります。じゃじゃ馬っぽい演奏ですがこれをライブで聴いたら彼女に一本負けしたに違いなく、上記ブリッジ部分などもよく感じていてこの曲の抒情的な部分の良さがよくわかるでしょう。

トランペットも吹く彼女がTVショーで第3楽章をピアノ伴奏で弾いています。ちょっと荒っぽいがこのエネルギーには圧倒されます。これが協奏曲でなくヴァイオリンソナタであってもトップを争う名曲だったなあと発見があります。

 

ウォルフガング・シュナイダーハン / フェレンツ・フリッチャイ / ベルリン放送交響楽団

49880057771191915年ウィーン生まれで5歳で公開演奏をした神童だったシュナイダーハンは後にウィーン・フィルのコンサートマスターになります。だからというわけではないが音程に細かい気配り、フレージングには慎ましさがあり、冒頭の折り目正しい歌は正統派中の正統派でありましょう。ソネンバーグがロマン派寄りの現代歌舞伎ならこちらは古典です。ただ、地味なだけかというと決してそうではなく、第2楽章の芳醇な歌の高揚などウィーン・フィルの弦を聞くようでもあり、フリッチャイのオケがそのテーストに見事に同期している。まさしく素晴らしいヴァイオリン協奏曲演奏であります。

 

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調 作品90

 

メンデルスゾーン交響曲第4番イ長調作品90 「イタリア」

 

 

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