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モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 k.482

2016 DEC 3 1:01:54 am by 東 賢太郎

モーツァルトのピアノ協奏曲(以下P協)で人気のある21番ハ長調、23番イ長調の狭間にある22番は不遇な扱いを受けているが、僕は変ホ長調のキーで書かれたこの曲を愛好しており21番を上回り23番に匹敵する名曲と思っている。

モーツァルトの変ホ長調作品は祝典的、祝祭的な「ハレ」の雰囲気を持った一群のものがある。パーンパーンパパーンとはずむリズムで開始する交響曲第26番、39番、セレナード第11番K.375、ホルン四重奏曲K.407などだ(息子のフランツ・クサヴァ―・モーツァルトもP協第2番変ホ長調でそれを踏襲している)。1785年作曲のP協第22番はその系譜に属する音形で幕を開ける。

ところが音楽はすぐに木管が交差してシンフォニー・コンチェルタンテK.297Bの柔和な雰囲気を漂わせる。K.297Bは偽作とされる作品だが、22番のここを聴くとあの蠱惑的な世界には偽りないモーツァルトの遺伝子が幾ばくでも関与しているという期待を捨てがたくする。真作が下敷きにあった(と思いたい)とするなら、パリの聴衆に向けて映えるプレゼンテーションをしようと意欲満々だった「あの頃」の心理がどこか働いた曲なのかもしれない。

そして現れるまぎれもないモーツァルト遺伝子の刻印、ミ♭、ド、ラ♭、シ♭のバス進行!多くの作品で至る所に顔を出すそれはいずれも愉悦感そのものであるのだが、ここまで明示的なのはエクスルターテ・ユビラーテK.165以来で あって純度の高さに嬉しくなってしまう。K.165も若者が腕の限りを尽くしてミラノの聴衆を魅了しようと意欲をたぎらせた作品である。

そう考えて22番の冒頭を聴くと、もうひとつ面白いことに気づく。ユニゾンで聴衆にぶつけるメッセージに続けてすぐに静かになって、ホルンの長く伸ばした和声楽句が全体を支配する。これは少年が気張ってロンドン楽界にぶつけようとものした交響曲第1番K. 16(やはり変ホ長調だ)とそっくりなのである。

意欲満々だった「あの頃」の心理!

22番を書くモーツァルトをふりかえれば、彼はハイドンセットを完成し技術も人気も絶頂。いよいよ貴族社会への挑戦であるフィガロに着手しようという時だった。少年時代の稀有壮大な挑戦であるロンドン、ミラノ、パリでの心理が投影された、ウィーンでの満を持したチャレンジ。それは深層心理的なものだったかもしれないが、クラシック音楽の演奏解釈とは楽譜だけではなくそのような作曲家の人生や心理まで読むべきものだと僕は確信する(22番がどうあるべきは後述する)。

ピアノ協奏曲でクラリネットを使用した最初の作品である22番は代わりにオーボエがない。これは23、24番、交響曲第39番と同じだ。第2楽章に弦と金管が沈黙して木管だけ(フルート、クラリネット2本、ファゴット2本、ホルン)の合奏が27小節も延々と続くのはまさに異例。ウィーン貴族に人気だったハルモ二ー(木管合奏)を意識したのかもしれないが、クラリネットという新機軸の楽器を加えた木管合奏体の幽玄な音色(オーボエは遊離してしまう)がモーツァルトの意図するアピールポイントだったことは間違いないだろう。

この第2楽章こそ22番の白眉であって、変ホ長調の影の調であるハ短調でヴァイオリンが弱音器を付けて鳴る冒頭はエロイカの葬送行進曲に聞こえてどきっとする。音楽は連綿と感情を吐露し、一時の愉悦を与える木管合奏を経て長調の光の間をうつろいながら最後は仄かにハ短調で消えていく。祝典的でありアンサンブル・オペラさえも想起させる「ハレ」の第1楽章に続くこの(後世風に言えば)ロマン的な濃密な楽章。この落差は当時の聴衆を驚かせただろう。

20番では逆に短調の両端楽章に長調をはさみ効果をあげたが、21番ではハ長調の両端楽章にヘ長調の楽章を挟んだ。この第2楽章は映画音楽にこそ使われたものの、僕には著しく霊感に欠けて聴こえる。21番は精緻な対位法によるハイドンセットを苦労して完成した直後の作品である。第2楽章は非ハイドン的な、モーツァルトしか発想できない世界ではあったが、彼はその先に来るものを見つけられなかったのではないか。

だから彼は次の22番で、濃厚な、これもすぐれて非ハイドン的である「メランコリーの支配するハ短調楽章への落差」という新手を仕掛けたのではないかと僕は考えている。それは当時の耳には甚大なインパクトがあり、難聴を克服し己を世に問わんと挑戦するベートーベンにエロイカで同じ調性関係で踏襲せしめたのだと思料する。

これは新奇なアイデアで聴衆を唸らせる達人ハイドンへのモーツァルト俺流の挑戦であり、ロンドン、パリ市場を席巻するライバルに対しウィーン市場では得意とするP協、オペラで顧客である貴族を渡さないぞという必死のマーケティングだったという視点を僕は提唱したい。

ハイドンとモーツァルトが敵対したという記録はないがビジネスは常に戦場なのであり、それで飯を食っている人間同士、いつの世もどこの世界もあまりに当たり前のことである。こういう「俗」な視点を排除して天才を美化するのは、反戦運動で地球が平和になると信じるぐらいに現実的な意味はない。

ご注目いただきたいのは、初演のおりに聴衆がアンコールを求めたのはその意匠を尽くした第2楽章だったという記録だ。たまたまの結果だが、このことがモーツァルトに大きな自信を与えたと想像するのは的外れではないと思う。

モーツァルトの人気凋落の原因が、この頃より作風が聴衆の先を行ってしまい理解を得られなくなったことだとする説が根強いが、それが誤りである証拠がこれだ。原因は「フィガロ事件」にあるのであって、聴衆は充分に耳が肥えていたということがわかる。だから彼は23番でもう一度同じ手を使い(こちらも見事に決まっている)、22番の第2楽章が予見するムードをもった音楽を両端楽章に置いて全曲を短調のまま閉じる24番という意欲作を自信を持って発表することができたのである。

あのフィガロを書きながら、対極的な24番が降ってきた謎がこれで解けた。マーケティングという俗な視点なしにそれを説明するのは困難であろう。

22番に人気が出ないのはその落差をうまく表現するピアニストが少ないからだ。第1楽章をフィガロのように賑やかに流麗に、第3楽章をギャランㇳに陽気で軽妙に、そして第2楽章を重く深く、である。そして伴奏は各楽章の性格を3つのアリアのように弾き分けなければならない。これは至難の業であり、22番は指揮者にもピアニストにも格別に難しい曲なのだ。

第2楽章の世界に同期させて両端楽章のアレグロまで遅くするロマン的な解釈だと22番はたちまち意味がさっぱり分からない音楽になってしまう。例えばウィルヘルム・ケンプの第3楽章がそれだ。内田光子もそちら寄りで解せない。ファンには申しわけないがこれは違う。そうではないからこそモーツァルトはコーダにちゃんと第2楽章のロマンを回顧して勝負の要を印象づける小節をあえて加えているのだ。

1540794186fc6bc5b86e67a711ac91f5僕が意味するところをご理解いただくにはエドウィン・フィッシャー(写真左、Edwin Fischer、1886-1960)の演奏を聴いていただくしかない。彼はフランツ・リストの高弟だったマルティン・クラウゼに師事した。リストはカール・ツェルニー、アントニオ・サリエリの弟子であり、その演奏会を晩年のベートーベンに称賛されている人だ。つまり、リストの孫弟子であるフィッシャーのモーツァルト、ベートーベンは作曲家直伝の系譜に属するものだ。

 

エドウィン・フィッシャー / ジョン・バルビローリ / バルビローリ室内管弦楽団

edwin_fischer_6294992フィッシャー の技巧をもって初めてなし得るテンポとフレージングの妙!モーツァルトの楽譜は簡単に見えるが、これほど高度な技術がないと実は弾けるものではないことを如実に示すドキュメントだ。伝説的名手であるツェルニーやリストが弾けばこうなるだろうという天衣無縫のピアニズム。そんな評価ができる演奏家がいまいるのだろうか?第3楽章はそこかしこが愉悦の即興演奏となるが、楽譜を見ずに聴けばモーツァルトがそう書いたと誰も疑わないだろう(バレンボイムは第3楽章のカデンツァでフィッシャー版を弾いている)。作曲家の書いた楽譜(不完全だ)から、彼の人生を意図を投影させた表現を紡ぎ出す。解釈とはそういうことを意味している。バルビローリはその解釈に最大の敬意を払ったと思われる見事に生き生きとした伴奏で花を添えている。

 

エドウィン・フィッシャー(pf&cond.) / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

51x7q9vhasl-_sy355_1946年のザルツブルグ音楽祭ライブ。フィッシャーは20世紀には廃れていた協奏曲の弾き振りをリバイバルさせた元祖的存在で、ここでそれが聴ける。オケの統率が甘く、VPOは上記盤より感度が落ちるし録音もいまひとつだが、これを推挙する理由は第2楽章にある。まるで葬送行進曲のような鎮静と祈り。『そうだ、「こころで感じとる」・・・これこそ モーツァルトの音楽世界の核心に通ずるかくれた扉をひらく合言葉だ』(エドウィン・フィッシャー著『音楽観想』・みすずライブ ラリーより)。終結部のlegato。ここから始まるピアノのモノローグ・・。言葉もない。この世界こそP協24番にエコーする黄泉の国への扉なのだ。

 

モーツァルト「魔笛」断章(第2幕の秘密)

 

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