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男の更年期障害

2017 MAR 12 14:14:21 pm by 東 賢太郎

「男も更年期障害があるんですよ、知ってましたか」

写真家のS氏にいわれたがピンとこない。そもそも頭痛と胃痛は感じたことがなく、人生初めて胃カメラを飲んだのが数年前だ。50才前後で万事衰えたが60才で変わったという感じはない。

「いえ、東さんはそういうのはもともと縁がないんです」

「そんなことないよ。体は元気だけど気力がね。欲しいものなし、やりたいことなし、行きたいところなしだ。すごいだろ。」

半分冗談のつもりで返したが、よく考えるとほんとうにそうだ。すごすぎる。もう数年前からそう。そういうものごとは世間にあまり残ってないし、知らないものや場所だって何となく想像がついてそれで満足してしまう。

この年になると日本人はなぜか中国古典に惹かれるようで一様に論語だ老子だとなる。実業界ではそれを知らないと人間格落ちだみたいな空気すらある。僕も読んではみたが、なるほどというのとそうでもないなと思うものがあって特にどうということもない。

一方で、全部がストライクゾーンのど真ん中にびしびし決まってくる、剛速球ではないが伸びと切れ味のある球で、よくぞ言ってくれた、有無を言わさず参りましたというのがある。相対性理論のアルバート・アインシュタインの言葉だ。

そのひとつにこういうのがある。

正規の教育を受けて好奇心を失わない子供がいたら、それは奇跡だ。

これには救われた。

僕は小学校時代を本能のおもむくままに遊びまくって過ごした。並みのレベルではない、母が毎週学校に呼び出されるほどだった。中高受験に連戦連敗してみて、その6年間まったく勉強らしい勉強をしていなかったのだということに気がついた。そこを塾通いで特訓してきた全国区のライバルはマラソンなら背中も見えず、だから「小児期の教育が欠けている」というコンプレックスは抜き差しがたくなり、それは今だってある。

その、自業自得で受け損なった教育が、アインシュタインの言うところの「正規の教育」だろう。

彼が数学、物理以外ができなかったことに安息を求めるほど僕はロマンチストではない。彼ほどの規格外の頭脳を持つ天才が「好奇心が大事だよ」と教えてくれていることに意味を感じるのであって、好奇心のみで還暦まで来てしまった者として一抹の救いどころか失敗だらけの人生に免罪符をくれる言葉であった。

人間、過去は自分に都合よく美化するメカニズムが脳にあるそうだが、僕のその後の学業成績はそれの通用しない悲惨なものだった。ひとつ父に感謝するのは、そこで俺は頭が悪いとは一切思わせず「正規の教育の欠如だったんだ」「俺はできる」と思い込ませたことだ。体よく他人のせいにしてくれた。

これはコンプレックスは残したが、結局は勉強したら模試の数学で全国1番になったから親父が正しく、正規教育の秀才程度になら劣ってはいないということもわかった。しかし、あの重要な6年間、なかったものはなかったのだという引け目はそれでは解けなかった。

「好奇心」。これはキーワードだ。アインシュタインの言葉のおかげで、まったく子供を押さえつけなかった成城学園初等科という小学校は好奇心の培養土としてはすばらしいものだったと思えるようになった。そればかりか彼はこうもいっている。

知恵とは、学校で学べるものではなく一生をかけて身につけるべきものです。

知恵は学べない。知識、情報とインテリジェンスの違いじゃないか。僕は文部省のご指導通りは学ばなかったが、好奇心の追求のし方とインテリジェンスの作り方だけは成城で遊びながら覚えた。好奇心は知恵の母だろう。鶴亀算の解き方なんか知らなくたって、それさえあれば独学で微分・積分が解ける。そんな武器を手に入れていたんだと思うとこれまでの重荷が少しおろせた気がする。

このことの何が大事かというと、好奇心いっぱいの幼少期を過ごしたおかげで僕は更年期障害と無縁だと、少なくともはた目にはそう映る人生を今のところ歩めているかもしれないということだ。鶴亀算を人より速く解いて東大に入って大企業で定年になって、俺は何だったんだというのとは違う人生を歩めている。あの小学校の6年間は今の幸運をもたらしたのだから、あって良かったのだ。

「あっ、東さん、それね、過去を都合よく美化して丸めてしまうっての、それ男の更年期障害の症状なんですよ」。

「おいさっきと言うこと違うじゃないか、そうなのか、やばいね、でもね孔子は年をとってから・・・」

なるほどそう言いながらわかった。論語や老子はそのためのツールなんだ。人の前であれを一席ぶてば更年期すぎた爺さんの慰めと自己肯定になるじゃないか、なんとなくこの人、年輪重ねて人生わかってるねと。僕は年輪は62あるが人生なんて到底わからないし、それをかくあるべしなんて語る勇気もない。どうも僕に論語は似合わないなと思う。頼るのはアインシュタインとモーツァルトの言葉だけ、当面のところそれで十分だ。

 

忘れるという美徳

 

「未来」と呼ばれているものの正体

 

 

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