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カテゴリー: ______地中海めぐり編

アート・ブレーキー「チュニジアの夜」

2020 OCT 14 1:01:07 am by 東 賢太郎

アート・ブレーキーとジャズ・メッセンジャーズはライブできいてます。ネットで調べると僕が留学中に彼がブルーノートかヴィレッジ・ヴァンガードで演奏したのは82年10月、83年2月だけでどっちもブルーノートでした。なぜ自分がニューヨークにいたのか記憶はないですが、2月は期末試験だからきいたのは82年の方だったでしょう。

血が騒ぐナンバーがいくつかありますがA Night In Tunisia(チュニジアの夜)は彼のドラムスがききものです。メル・テイラーは明らかにこれをパクってますね(ブレーキーはキャラヴァンもやってますが)。音の違うタムタムを乱れ打ちする土俗的な音は本能的に大好きで、春の祭典はいつもティンパニの音を追っかけてます。ブーレーズCBS盤を初めてきいてハマったのも、生贄の踊りの短三度のピッチが物凄く明瞭だったからです。

チュニジアは一度行きました。スイスにいた1996年の夏休みの地中海クルーズで首都チュニスに寄港しました。これがあるからこの航路を選択しました。そして憧れのカルタゴ遺跡を見ました。遺跡好きは筋金入りと自負しますが、掘ってみたいというのはなく、その地に立って歴史に思いをはせれば充分。至ってミーハーのレベルですが、そこで生活し、政治を行い、戦争をした人々と同じ目線になって時間を過ごせば「気」がチャージされます。地中海ではフォロ・ロマーノ、ポンペイ、クノッソス、リンドスなど何度でも行きたい場所です。ローマ史好きの方であればご理解いただけると思います。

カルタゴの遺跡

カルタゴはフェニキア人の植民都市ですが、彼らは元々いまのレバノンのあたりにいたカナン人で、鉄器でメソポタミアを統一支配した凶暴なアッシリアの重税を調達するため富を求めて地中海を西へ向かいます。それが結果オーライで、貝紫(染料)とレバノン杉を貿易財として海洋商人として大成功し、アフリカ大陸を周回したり表音文字のアルファベットを作ったりと知恵も行動力も破格で、ハンニバルのような武勇の男も出ました。

僕はなぜかローマ人より彼らにシンパシーがあります。カルタゴは3度のポエニ戦争でローマ軍の手で灰燼に帰し、男は皆殺し、残った5万人は奴隷に売られた。しかし兵士でない富裕な商人には逃げおおせた者も多かったでしょう。約千年後に現れた海洋都市国家ヴェニスは末裔が作った説があるし、遥か後世にその遺伝子を持った者が欧米に散ってロンドン、パリ、ニューヨークなどで活躍したのではないでしょうか(現にカルロス・ゴーンがいます)。フェニキア、ポエニは自称でなく、歴史を書いたローマが記してそういうことになってる。日本人がジャパニーズと呼ばれるのと同じです。千年後に日本がカルタゴになってないことを祈りながらここを後にしました。

そこから船に戻る道すがらのことです。真夏で半端な暑さじゃなく、遺跡から下ってくる道も舗装してなくてやたら埃っぽい。平地に降りたあたりでは、なにやら人がごったがえした猥雑な通りに店が並んでいます。僕はそういう超ローカルなものに目がなく、左側の一番手前の屋台みたいな土産屋を冷かしました。黒人のオヤジがいいカモが来たと思ったんでしょう、「ヘイ!このドラムどうだ、いい音がするよ、安くしとくぜ」と太鼓をポンポン叩きながら売り込んできたのです。それが写真です。ご覧のとおり、安物の陶器にアバウトに革を張っただけのシロモノです。しかし意外に高めのピッチで悪くなく、それに関心を見せたのがいけなかった。

チュニジアの太鼓

「どこから来た?日本?遠い国だな。10ドルでいいよ」とわけがわからない。「高い」「そんなことはない、お買い得だ」「いらん」「OK、じゃあいくらなら買うんだ?」手慣れたもんです。隣で家内が「そんなのスイスにどうやって持って帰るのよ、やめときなさい」と怒ってるし、断わるつもりで適当に「2ドル」と言ったらオヤジはがっかりの表情になり、「Jokin’!」とか何とかぐちゃぐちゃ文句を言いはじめた。そして数秒後にあっさりとまさかの2ドルになったのです。しまった、1ドルだったかと思ったが、そういう問題ではなかった。1週間のクルーズで荷物が山ほどあるうえに幼い子供が3人もいて、そこで結構デカいこいつをかかえて帰らざるを得なくなって、あきれた家内の非難ごうごうとあいなったのでした。でも、こんなもん日本で売ってないだろうし買う馬鹿もいないだろうし、今や愛着すらあって家宝に指定したいとすら思ってます。

こいつのお陰で楽しみができたという恩義もあります。脇に置いてムードを出しながら、地中海地図を見て古代オリエント世界を空想するのです。格好のエネルギーチャージであり、ストレス解消でもあります。大陸側のポルトガル、スペイン、フランス、イタリアの要所は車で、主な島とエーゲ海、アドリア海は2度のクルーズで、アフリカ側はモロッコ、そして今回のチュニジアへ行っており、空想はそこそこリアル感があります。

1年ほど前ですが、家でそういう事を話していたんでしょう、娘たちが3度目をプレゼントするよと言ってくれ喜んでいたのです。そうしたらクルーズ船は横浜のことがあって危ない存在になってしまった。困ったもんです。何故なら、数えきれないほど海外で旅行をして一部は行ったことさえ忘れてるのですが、ベスト1,2位は32才、41才で家族を連れて行った2度の地中海クルーズだった。はっきりと細かいことまで覚えてるのはあれしかないぐらい楽しかったからです。

「チュニジアの夜」をききながら決めました。もう一度行くぞ、マスクをして。

 

(おすすめ)

地中海にまつわるクラシック音楽はこちらにまとめました。音で旅行できますのでごゆっくりお楽しみください。

______地中海めぐり編

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ファリャ「恋は魔術師(El amor brujo)」

2018 SEP 11 6:06:57 am by 東 賢太郎

今年の未曽有の猛暑は、昔だったら「太陽が熱くなった」と言ったことでしょう。ロンドンに住んでいた時にほんとうにそうかと思ったことがあります。夏休みにスペイン旅行をした時です。アンダルシア地方でした。北緯51度のロンドン(樺太)に住んでいて38度のセビリア(新潟県ぐらい)に南下するというのは我々にはなかなか経験がないもので、太陽がぎらついて大きくなった、熱くなったという錯覚を覚えます。それがレコンキスタ前のイスラムが色濃く残っているエキゾティックな文物の印象と相まって、ここはヨーロッパでも異質な土地だということを肌で感じます。

赤がアンダルシア地方

グラナダから南下して海沿いのマラガ、マルベージャ、カディスに至るとさらに太陽ギラギラの別世界です。だからここはコスタ・デル・ソル(Costa del Sol、太陽海岸)であってあえて地中海と呼ばない。土地の誇りを感じますね。ネルハは鄙びたいい街で有名な鍾乳洞がありますが、これとベトナムのハロン湾のそれは僕が見た双璧です。この辺りをアンダルシアと呼びますが、ローマを略奪したヴァンダル族から来た名称です(英語の野蛮な行為 = vandalism もです)。この連中が移動したチュニジア、サルジニア、シチリアは全部行きましたが、アンダルシアも含めてどこも好きな処ばかりです。

スペインというと誰もが思い浮かべるフラメンコはアンダルシアの芸能です。スペインと言ってもラテン系ではなくジプシーとムーア人(イスラム教徒)が醸成したものだから民族芸能という感じです。まあ難しいことはともかく綺麗なお姉さんが躍って見栄えがしますが、本場ならではでしょうか、彼女らの声が低くて野太かったのには仰天しました。あれはどこだったか、美しい白鳥に見とれていたらガチョウみたいにガー!と一声鳴かれて驚いたのに匹敵しますね。恐ろしいことです。ご当地フラメンコのお姉さんのインパクトが強烈で、以来カルメンはこういうタイプでないと満足できなくなりました。ジプシーの設定だからあながち外れてないでしょう、かわいい系はぜんぜんダメで、メットで観たギリシャ女のアグネス・バルツァですね、あれに圧倒されて、彼女はもう歌いませんからそして誰もいなくなった。困ったものです。

フラメンコは西部のカディス周辺が発祥地といわれます。そこで生まれたマヌエル・デ・ファリャが故郷の芸能に心を寄せたのは自然なことでした。1914年から1915年にかけて作曲された「恋は魔術師(El amor brujo)」はフラメンコがクラシックに溶け込んだ作品としては出色の名作で、「火祭りの踊り」ばかりが有名でもはやポップス化してますが全曲を味わう価値があります。筋書きは

『ジプシー娘のカンデーラの物語で、その恋人のカルメロは彼女の以前の恋人であった浮気者男の亡霊に悩まされている。そこで彼女は友人の美しいジプシー娘に亡霊を誘惑してもらい、その隙にカンデーラはカルメロと結ばれる』(wiki)

といういとも他愛ないものですね。この曲の演奏というと、僕は高性能オケの都会的センスは全く受け付けず、カルメンに求めるように絶対に欲しいエグいものがあるのです。まず、言葉はわからないけど何とはなしのフラメンコ風味コテコテ(メゾソプラノの歌)、次にアラブの蛇使いの笛みたいなコブシころころの土臭いオーボエ、場末の野暮で田舎っぽいホルン、縦にびしっと揃わないええ加減なアンサンブル、なんかが是非欲しい。それをベルリン・フィルやシカゴ響にわざとやれというのは二枚目俳優がフーテンの寅さんやるみたいなもの。どうしてもローカル演奏陣に頼らざるを得ません。

ところがそんなのは今どき録音しても売れないから出てこない。だから探していたのですが、ついに中古LP屋で見つけたのです。ヘスース・アランバリ(Jesús Arámbarri Gárate,1902 – 1960, 写真)指揮マドリッド・コンサート管弦楽団のスペインVOX盤(1959年録音)です。アランバリはバスク地方のビルバオ出身の作曲家で『マヌエル・デ・ファリャに捧ぐ』(1946)という作品もあり、この演奏は欲しいものがほぼあります。ピアノが若き日のアリシア・デ・ラローチャというのもいいですね。メゾのイニャス・リヴァデネイラはカルメンでもいいかなと思わせる野太い声でローカル色むんむんだ(右)。薄っぺらいオーケストラもいいですねえ。と言ってファリャの音楽が安物かということはぜんぜんなく、透明な管弦楽法、エキゾティックで土俗的な和声、イスラム風味の旋法、セクシーなオスティナートのリズム、ペトルーシュカ風のアラベスク等々、見どころ聴きどころ満載で、何ら前衛的なものがないのは作曲の時代にそぐわないですが、ジプシー舞踊家のパストーラ・インペリオの依嘱だったというからラヴェルのボレロに類するという理解でよろしいのではないでしょうか。演奏は以下の内容になります。

改訂稿(1925年版、『恋は魔術師』)

 

序奏と情景
洞窟の中で(夜)
悩ましい愛の歌
亡霊
恐怖の踊り
魔法の輪(漁夫の物語)
真夜中(魔法)
火祭りの踊り
情景
きつね火の踊り
パントマイム
愛の戯れの踊り
終曲〜暁の鐘

 

 

これがそのLPです。

スペイン音楽に僕が求める感性は以上書いた通りで昔から変わっていませんが、2014年のこれを読むと4年前はずいぶん先鋭に聴いてたんだなあと思います。

ヘスス・ロペス・コボス/N響の三角帽子を聴く

 

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フォーレ「マスクとベルガマスク」作品112

2018 FEB 3 13:13:01 pm by 東 賢太郎

僕は料理と音楽は本来がローカルなものと思っている。ブイヤベースはマルセイユで、チョリソはマドリッドで、ボッタルガはサルジニア島で、麻婆豆腐は重慶で、天九翅・腸粉は廣州で、ビャンビャン麵は陝西省で、カルボナーラはローマで、グラーシュはブダペストで、鮒鮨は湖東で、真正に美味なものをいただいてしまうともういけない。腸粉とはワンタンの春巻きみたいな飲茶の一品で下世話な食だから東京の広東料理店で出てこないが非常にうまい。

チャイニーズは地球上最上級の美味の一部と確信するが、中華料理などというものはない。地球儀の目線で大まかに括ればユーラシア大陸の北東部の料理という程度のもので、同じ目線でヨーロッパ料理と括っても何の意味も持たない。少し狭めて北京料理はどうかというと、内陸だから良好な食材はない。ダックは南京からサソリは砂漠からくる。貴族がいるから美味が集まった宮廷料理であって、我が国の京料理と称されるものの類似品だ。

中華といわれるのは八大菜系(八大中華料理)の総称で、八大をたぐっていけば各地のローカル料理に行きつく。それを一次加工品とするなら京料理や北京料理は二次加工品であって、大雑把に言うならヨーロッパ料理のなかでルイ王朝の宮廷料理として確立したフランス料理はイタリア料理を一次加工品とする二次加工品だ。少なくとも僕の知るイタリア人はそう思っているし歴史的にはそれが真相だが、パリジャンは麺をフォークに巻いて食うなど未開人と思っている。畢竟、始祖と文明とどっちが偉いかという不毛の戦いになるが、イタリア料理と僕らが呼ぶものが実は中華料理と同様のものだとなった時点でその議論も枝葉末節だねの一声をあげた人に軍配が上がってしまうのだ。

インドカレー伝(リジー・コリンガム著、河出文庫)を読むと、インドにカレーなどという料理はなく、それは英国(正確にはロンドン)のインド風(起源)料理(二次加工品)の総称であり「400年にわたる異文化の衝突が生んだ(同書)」ものとわかる。食文化というものはローカルな味の集大成であって、その進化は富と権力の集まる都市でおこるとは言えるのだろう。しかし、世界有数の都市である東京に洗練された食文化はきっとあるのだろうがそこで育った僕が山形の酒田で漁師料理を食ってみて、長年にわたって刺身だと思ってきたあれはなんだったんだと軽い衝撃を覚えるわけだ。

海外で16年暮らしていろんなものを食べ歩き、食を通じて経験的に思うことは、文化というものはなんであれローカルな根っこがあってそこまで因数分解して微視的に見たほうが面白いということだ。美しいとまでいうべきかどうかは自信がないが、素数が美しい、つまり同じ数字だけど「100,000」より「3」が好きだと感じる人はそれもわかってくださるかもしれない。素数が 1 と自分自身でしか割れないように、刺身は割れない。一次加工されていても大きな素数、23、109、587の感じがする鰹昆布ダシ、魚醤のようなものがある。割れないものは犯しがたい美と威厳を感じる。

咸臨丸で来たちょんまげに刀の侍一行の隊列を初めて目にした当時のサンフランシスコの新聞がparade with dignityと賞賛しているのはそれ、割れない美と威厳だったろう。いつの間にかそれがカメラと眼鏡がトレードマークのあの姿に貶められてしまうのは相手のせいばかりではない、敗戦を経て我々日本人が信託統治の屈辱の中、割れてしまった。アメリカに尻尾を振ってちゃらちゃらした米語を振り回して仲間に入れてもらって格上の日本人になったと思っている、そういうのは米国人でなくても猿の一種としか見ないのであって、dignityなる語感とは最遠に位置するものでしかない。

音文化である音楽というものにもそれがある。ガムランにドビッシーが見たものは「割れない美と威厳」だと僕は思っている。ワーグナーがトリスタンでしたことは「富と権力の集まる都市でのローカルな味の集大成と進化」であって、ドビッシーはそこで起きた和声の化学変化に強く反応し、やがて否定した。彼は素数でない領域で肥大した巨大数を汚いと感じたに違いない。だからガムランに影響されたのだ。音彩を真似たのではない、本質的影響を受けた。ワーグナーやブラームスやシェーンベルクにあり得ないことで、この議論は食文化の話と深く通じている。

先週行ったサンフランシスコのサウサリート ( Sausalito、写真 )がどこかコート・ダ・ジュールを思わせた。モナコ、カンヌ、ニースの都会の華やぎはなくずっと素朴で質素なものだけれど、なにせ暫くああいう洒落た海辺の街にご無沙汰している。

どこからかこの音楽がおりてきた。ガブリエル・フォーレの『マスクとベルガマスク』(Masques et Bergamasques)作品11274才と晩年のフォーレは旧作を大部分に用いたが、後に作品番号を持つ旧作を除いた「序曲」「メヌエット」「ガヴォット」および「パストラール」の4曲を抜き出して管弦楽組曲に編曲している。

第3曲「ガヴォット」および第4曲「パストラール」はその昔、学生時分に、何だったかは忘れたがFM放送番組のオープニングかエンディングに使われていて、僕の世代ならああ聞いたことあると懐かしい方も多いのでは。当時、憧れていたのはどういうわけかローマであり地中海だった。クラシック音楽を西欧の窓口として聴いていたのだから、そういう回路で番組テーマ曲が思慕するコート・ダ・ジュールに結びついて、記憶の番地がそこになってしまったのだと思うが、しかし、ずっとあとで知ったことだが、この作品はモナコ大公アルベール1世の依頼で1919年に作曲され、モンテカルロで初演された生粋のコート・ダ・ジュール産なのだ。

地中海、コート・ダ・ジュールにはマルセイユ、ニース、モンテカルロにオーケストラがあるが、カンヌのクロード・ドビッシー劇場を本拠地とするL’Orchestre régional de Cannes-Provence-Alpes-Côte d’Azur(レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団 )のCD(右)をロンドンで見つけた時、僕の脳内では音文化は食文化と合体してガチャンという音を発してごしゃごしゃになり、微視的かつマニアックな喜びに満ちあふれた。

ここに聴くフィリップ・ベンダーという指揮者は2013年に引退したそうだがカンヌのコート・ダ・ジュール管弦楽団(なんてローカルだ!)を率いていい味を出している腕の良い職人ではないか。田舎のオケだと馬鹿にするなかれ、僕はこのCDに勝るこの曲の演奏を聴いたことがない。第4曲「パストラール」は74才のフォーレが書いた最高級の傑作でこの曲集で唯一のオリジナル曲だ。パステル画のように淡い色彩、うつろう和声はどきりとするほど遠くに行くが、ふらふらする心のひだに寄り添いながら古雅の域をはみださない。クラシックが精神の漢方薬とするならこれは鎮静剤の最右翼だ。この節度がフォーレの素数美なのであって、ここに踏みとどまることを許されない時代に生まれたドビッシーとラヴェルは違う方向に旅立っていったのである。

こう言っては身もふたもないが、こういう曲をシカゴ響やN響がやって何の意味があろう。ロックは英語じゃなきゃサマにならないがクラシック音楽まで英語世界のリベラリズムで席巻するのは勘弁してほしい。食文化でそれが起きないのは英米の食い物がまずいからだと思っていたが、音楽だって英米産はマイナーなのだから不思議なことだ。これは差別ではないし帝国主義でも卑屈な西洋礼賛とも程遠い、逆に民族主義愛好論であって、文在寅政権が危ないと思っているからといってソウルの土俗村のサムゲタンが嫌いになるわけでもない。なんでもできると過信した薩摩藩主・島津斉彬が昆布の養殖だけはできなかったぐらい自然に根差したことだと僕は思っている。

じゃあN響はどうすればいいんだといわれようが、それは聴衆の嗜好が決めること。僕のそれが変わるとは思えないが多数の人がそれでいいと思うならフランスから名人指揮者を呼んできて振ってもらえばいい。相撲はガチンコでなくていい、場所数が多いのだからそれでは力士の体がもたないだろう。だから少々八百長があっても喜んで観ようじゃないかというファンが多ければ日本相撲協会は現状のままで生きていけるが、オーケストラも相撲と同じ興業なんだとなれば僕は退散するしかない。音楽は民衆のものだが、お高く留まる気はないがクラシックと呼ばれるに至っているもののお味を民衆が楽しめるかどうかとなると否定的だ。相撲が大衆芸能であるなら一線が画されてしまう。「割れない美と威厳」を感じるのは無理だからだ。

余談だがシャルル・デュトワがMee tooでやられてしまったときいて少なからずショックを受けている。訴えが事実なら現代の社会正義上同情の余地はないが、日本で聴いた空前絶後のペレアスを振った人という事実がそれで消えることもない。日本のオケでああいうことのできる現存人類の中で数人もいない人だ、日馬富士が消えるのとマグニチュードが違うといいたいがそう思う人は少数なんだろう。エンガチョ切ったの呼び屋のMee tooが始まればクラシック界を撃沈するムーヴメントになるだろう。いいシェフといい楽士は貴族が囲っていた、やっぱり歴史には一理あるのかもしれない。

上掲のフィリップ・ベンダー指揮レジョン・ド・カンヌ・プロヴァンス・アルプ・コートダジュール管弦楽団のCDからフォーレ「マスクとベルガマスク」作品112を、ご当地カンヌの写真といっしょにお楽しみください。

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イベール 交響組曲「寄港地」

2015 JUL 12 23:23:37 pm by 東 賢太郎

前回は地中海クルーズについて書きましたが、そうなるとどうしてもこの名曲にふれることになります。その名のとおり、「地中海めぐり編」に含めましょう。

______地中海めぐり編 (14)

220px-Jacques_Ibertフランスの作曲家ジャック・イベール(1890-1962)は生粋のパリジャンです。彼のお母さんはピアノをアントワーヌ・フランソワ・ マルモンテルという先生に習ったピアニストでした。マルモンテルの弟子にはビゼー、ドビッシー、マルグリット・ロンなどがいます。エマニュエル・デ・ファリャは彼女のいとことききましたが確認はできませんでした。

ローマ賞を受賞した折に「寄港地」を第1次大戦での海軍士官としての航海経験をもとにローマで書きました。1922年、32才の初期作品です。これがイベールの最高傑作とは思いませんが最高に著名な作であることは間違いないでしょう。フランス人が描いたイタリア、地中海、アフリカで、洗練された和声とオーケストレーションが光りますが、音画という性格はグローフェの「グランドキャニオン組曲」を連想しないでもありません。

  グローフェ グランド・キャニオン組曲

 

20世紀初頭のヨーロッパ人が渡ったシシリー島、アフリカ大陸(チュニジア)というアラブ、イスラム圏の空気と情景をドビッシーの和声と印象派の管弦楽法で描いたのがこの「寄港地」だといっていいと思います。ご当地のイタリア人がこういう曲を書かないのが不思議ですがイタリアは歌ですからね、和声で絵をかくという発想は希薄です。それができた人はレスピーギですが彼は古代ローマ賛美のほうにいってしまった。一方この曲のカバー地域はローマを出港すると寄港地は全部が旧敵のカルタゴです。交響組曲「カルタゴ」にしてぴったりなぐらいです。

イベールがそれを描くのに使った旋法はアルメニア人のハチャトリアンが使ったアラブ、イスラム風旋法に似てイラク、シリアあたり(メソポタミア)の黒っぽい雰囲気をもっており、和声はというと洗練の極致のドビッシー風です。このミスマッチが個性になるというのがインヴェンションであるという例は、ストラヴィンスキーが土俗的なロシア民話の世界にやはりドビッシーをもちこんだ「火の鳥」という前例があります。ただどちらも本家の模糊とした使い方ではなく色彩は明確ですが。

例えば第1曲「ローマ-パレルモ」でヴァイオリンが上昇音型で入ってくるところ(11小節目)は火の鳥の「子守唄」の弦の上昇音型の入りそっくりです。これはどちらも2度出てきますが、寄港地の2度目の和声変化はB♭6(b♭,d,f,g)⇒ B6/c#(g#c#d#f#b/c#)でありとてもドビッシー的といいますか、ドビッシーを消化吸収したストラヴィンスキー的であります。

難しく考える音楽ではなく、ひたすら音の絵葉書としてお聴きになればいい。僕はこれを大学時代にシャルル・ミュンシュのレコードで知って、エキゾティックな響きで描かれているパレルモやチュニスに行ってみたいと強く思うようになりました。あのクルーズに魅かれたのもそのせいです。パレルモ⇒チュニス⇒バルセロナと、以下のようなこの曲の航海行程と同じルートだったから一発で決定でした。

第1曲 「ローマ - パレルモ」

第2曲 「チュニス - ネフタ」

第3曲 「バレンシア」

そして実際にその地に立ってみて、この曲は良く書けてるなあと改めて惚れなおしたのです。第1曲、冒頭のフルートがひそやかに夏の夜のなま暖かさを暗示します。これはまぎれもなく夜ですね。オーボエがが入ってきてからむとアラブの妖しさを秘めた空気の香りまで漂ってきます。

第2曲のオーボエの歌はもう典型的なアラブ風イスラム風音階でコブラ使いの笛を思わせます。バックのリズムがなんとも妖しくいかがわしい。ネフタはチュニジア南方のイスラムの聖地でサハラ砂漠に近く、音楽はそのむんむんした空気をたたえています。こういう題材が銭湯のペンキ絵にならないのがフランス風の洗練されたやや辛口で甘くならない和声と精妙な管弦楽法によるものでしょう。第3曲はスペイン風のリズムがはじけ、シャブリエの狂詩曲「スペイン」、ファリャの「三角帽子」のような感じになり幕を閉じます。

おすすめの録音は3つあります。

 

ポール・パレー/ デトロイト交響楽団

zaP2_A4010622Wパレーはこの曲の初演者です。曲想のつかみかた、変幻自在の和声の感じかた、楽器の音色の活かしかた、木管の妖しいニュアンス、リズムの活気、合奏の見事さとからっとした地中海そのものの見通しの良さ等々、自身作曲家でもあるパレーがイベールの意図を感じ切って見事なオーケストラ・コントロールで聴かせてくれます。一家に一枚ものの決定盤といってさしつかえないでしょう。録音も一世を風靡したマーキュリーのリビング・プレゼンス(35mmマグネティックテープによる)による高解像度と生々しさを誇り、年代を感じさせません。

 

 レオポルド・ストコフスキー / フランス国立放送管弦楽団

MI0002865985パレー盤にせまる魅力があるのがこれです。上品で品格を失わないパレーに対して原色的なお楽しみムードに満ち満ちていることではこっちが上でしょう。パレルモのむんむんした夜の大気のにおいは温度まで感じます。チュニスの伴奏の妖しくてあぶない感じ!これで僕は太鼓を買いたくなってしまったのです。舞っている中東風の容貌の女たちが見えてきます。イベールは管楽器を好み、その扱いに非常なセンスを見せた作曲家ですが、ストコフスキーも管の色彩を見事に出せる名指揮者でした。彼のこういう曲はどうしてもイロモノというイメージがあり第1曲の弦のポルタメントもそうかと思っていましたが、イベールの自演盤もそうしており直伝のようです。

 

ジャン・マルティノン / フランス国立放送管弦楽団

TOCE-16232上記と同じオケですが録音が新しく、徹底してフランス音楽流儀でやったものとして名演です。乾いた空気を感じる見通しの良いアンサンブル、立体感のある音場は彼のドビッシー、ラヴェルの演奏そのままの雰囲気です。ストコフスキーのようなロマンや物語性はありませんが非常にクールでプロフェッショナルな読みであり、寄港地にはこういう側面の魅力があることを教えてくれます。マルティノンもパレーと同様に自身が作曲家であり、交響曲等を残しています。

(こちらもどうぞ)

 最高の夏だった地中海クルーズ(今月のテーマ 夏休み)

 

 

 

 

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ドビッシー 「ベルガマスク組曲」

2014 JAN 13 1:01:26 am by 東 賢太郎

地中海めぐり編、イタリアはミラノの北東ロンバルディア州のベルガモを舞台としたドビッシーのピアノ曲だ。

ベルガモというと、2003年だったか東京から出張してゴルフをしたのを思い出す。風光明媚で肥沃な土地だ。コース名は忘れたが支店長が心して連れて行ってくれたのだから名門だったのだろう。途中で雲行きが怪しくなり豪雨となった。雨は気にしないが雷が来たので仕方なくリタイアした。これもいい思い出だ。早めのディナーとワインが美味だった。

最近これはあまり聴くことがなくなってしまった。他人の演奏をじっくり聴くほどの曲ではなく、あくまでドビッシー初期の甘目の音楽である。しかし僕の程度のピアノ初級者にとっては、弾く音楽としての価値が非常にあるのだ。同じフランス近代物でもラヴェルと違って弾きやすい。必要な技術の割に演奏効果があって、ブラームスのコンチェルトの対極にあるといえよう。僕と同じ程度の方がおられればぜひチャレンジをお薦めしたい。第1曲「プレリュード」、これは比較的やさしいがやはり気持ちがいい。第4曲「パスピエ」を弾きたいがなかなか左手が難攻不落だ。第3曲「月の光」は誰もが知っているし簡単である。ポップス化しているが僕はこの曲はあまり評価していないので弾かない。さて第2曲「メヌエット」である。これは好きであり、いま練習中である。

メヌエットで何度弾いても夢中になるのはここだ。下の譜面で5小節目。この左手のファとソの9度の響き!う~ん、気持ちがいい・・・。麻薬のように僕を法悦の境地に誘い込む音響だ。これはワーグナーのトリスタンの子孫だなあ。

ベルガマスク2

後ろから4つの小節、ここは僕のようなへぼが弾いてもグランドピアノがオーケストラみたいにフルレンジで鳴りきってくれて最高の部分である。うまく書けているなあ。ドビッシーに座布団10枚!

さっき何年かぶりにこの曲のCDをいくつか聴いてみた。そうしたら自分のテンポはクラウディオ・アラウのに近いことを知った。彼最晩年のフィリップス録音である。もうひとつ近いのはアルド・チッコリーニのEMI盤である。どっちもロンドン~スイス時代に車のCDに入れてよく聴いていた演奏だ。三つ子の魂とは音楽にもあることを知った。

アラウの演奏です。

 

(補遺)

ロンドンではこれを毎日のように聴いた時期があります。ゾルターン・コティシュのピアノ。速めでクリスタルのような透明感ある演奏ですが、音楽はしっかりと呼吸している。名演ですね。

 

この子は小学生でしょうか、うまいですねえ。テクニックだけではなく感性がすばらしい。大変なものです。ヨーロッパの空気を吸われるのもいいかもしれませんね。

(こちらへどうぞ)

ドビッシー 「牧神の午後への前奏曲」

 

 

ラヴェル「ダフニスとクロエ」の聴き比べ

2013 DEC 12 23:23:20 pm by 東 賢太郎

 

32種のダフニスを持っていますが、ブログを書いた記念に代表的なものをスコアを見ながら聴きなおしてみました。

ひとつだけ加えておきますと、この曲はラヴェルが編んだ組曲版が2つ存在します。第1組曲の方が第1部の途中から第2部の終わりまで。第2組曲は第3部そのまま(導入部を省略)ですが合唱を省いて楽器に置き換えられてしまいました。ロシアバレエ団の経費節減につきあったわけで、ボロディンの「ダッタン人の踊り」がやはり同バレエ団の舞台にかかると「合唱なし版」という憂き目にあっています。ところで、ラヴェルがダフニスの5拍子の終曲「全員の踊り」を書いている最中、いつも「ダッタン人」のスコアがピアノの譜面台に置かれていたそうです。確かにどことなく似ています。ムソルグスキーの「展覧会の絵」の管弦楽編曲もするなどロシア趣味がラヴェルにあったのは興味深いことです。

 

ピエール・モントゥー / ロンドン交響楽団

678(1)モントゥーは当曲の初演者です。まず音価の取り方が正確、妥当なのが耳をひきます。誰も聴いたことのない段階でスコアを研究し音にした痕跡が感じられ、僕のようなタイプのリスナーにはとても気になる演奏をしています。例えば「夜明け」のピッコロのパッセージ(下の楽譜)の音価は雰囲気先行でいい加減な演奏が横行していますが、これが本物。そういう細部は忘れたとしても、どことなくオーセンティックな、1912年のパリのシャトレ座ではダフニスはこう鳴り、ラヴェルもこれを聴いたのだろうというという風情が感じられるのです。オケから立ちのぼる気品とダフニス風格がそう思わせるのかもしれません。ひとつだけ気になることは練習番号196でテンポが落ちることですが、彼がアムステルダム・コンセルトヘボウを振ったライブ盤ではそれがほとんどなく理由がわかりません。後者はいま手に入るかどうか知りませんが、変幻自在なニュアンスと熱気があり、この曲がお好きな方は探してでもお買いになって損はないでしょう。これがアムステルダム盤(Live recording, Amsterdam, 23.June.1955)です。

 

アンドレ・クリュイタンス / パリ音楽院管弦楽団

4988006898295ファンが多く当曲の決定盤とされるようですが僕の印象では緻密でなく芝居がかっていてオケのコントロールがやや甘いように思います。例えば、練習番号172のヴィオラ、チェロとユニゾンで重なるフルートのppのヘ音は低音域でよく響きます。それをあえて使うあたりがラヴェルの管弦楽法の妙で、シンセでここのフルートを演奏してみて感嘆しました。しかし当盤ではフルート奏者が無神経なヴィヴラートをかけオーボエの精妙な和声を台無しにしています。クリュイタンスはそういうことはお構いなしですがテンポやダイナミクスのメリハリは上手で説得力に富んでおり、「夜明け」で日の出とともに鳥があちこちでさえずりあたりがざわざわしてくる場面の生命感はこれが一番です。最後は納得させられてしまうという演劇型の演奏です。

 

エルネスト・アンセルメ / スイス・ロマンド管弦楽団

1300337340反対に冷徹、冷静、微視的です。「夜明け」はとても遅く太陽が昇りそうにありません。「全員の踊り」も熱くならず、スイスロマンドOの腕前も今なら学生オケレベルということでランキング上位入賞はまったく無理でしょう。ただオケの音色はクリュイタンス盤のパリ音楽院Oよりフランス的なほど素敵でラヴェルにぴったり。葦笛のようなオーボエなど感涙ものです。趣味の問題ではありますが、アンセルメの「クープランの墓」は最も好きなもののひとつでもあるように、演奏芸術はうまいへたでは計れないものということを知らしめる不思議な演奏です。

 

シャルル・ミュンシュ / ボストン交響楽団

img_232134_15527496_0反対に熱い。「夜明け」もアンセルメとうって変わって速く、クールな部分より動的な部分が光ります。フレーズの身のこなしが変幻自在でこの曲が指揮者の十八番であったことがうかがえる演奏。生き物のように流転するテンポと強弱の変化にボストンSOが敏感に反応しており、初めての方でもわかりやすい演奏でしょう。クリュイタンス以上に演劇型で僕はあまり好みませんがそういうタイプが好きな方にはおすすめできます。パリ管の方は、BSOに比べオケがずいぶん落ちミュンシュの良さが出ていない普通の演奏です。

 

ジャン・マルティノン / パリ管弦楽団

zc1289667僕が好きでよく聴くもののひとつです。全曲盤でひとつといえばこの演奏を選ぶこともあるかもしれません。冒頭の神秘感はこれが一番で始まった瞬間にもう只者ではない感じが部屋に漂います。パリ管はミュンシュの時とは別なオケのようで、冷んやりとした弦の質感、色気のある木管、米国のオケのようにフォルテで下品にならない金管など見事。そのフランス風高級感のあふれる音素材を駆使した緻密なしかも気品にあふれたダフニスとなっています。静的でクールな場面、デリケートで敏感な弱音に知性とセンスの限りを尽くしている点、非常にプロフェッショナルな作曲家的アプローチと感じます。

 

ポール・パレー / デトロイト交響楽団

41MY4K2DY4L._SX300_第2組曲というのは第3部しか聴けない上に、合唱が入っていません。どうして全曲版で入れてくれなかったのか!とうらめしくなるほどエレガントな名演です。合唱なしというのは、ディアギレフと対立までしてそれを入れた、そのラヴェルと対立することになりますからまったく支持できません。レコード会社の都合だったと思いたい。なにしろここでは決してうまいわけではないデトロイトSOが堂々たる真打の芸という風格を漂わせており、有名なフルートソロやパントマイムの歌い回しなどはもう至芸の域であります。ラヴェルが振ったらこうやったかもしれないというイメージが最も浮かぶ演奏であり、しぶしぶ第2組曲だけで選ぶなら文句なくベスト盤として推します。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

カラヤンダフニスやはり第2組曲のみです。しかしパレーと違ってカラヤンが全曲演奏に興味を持ったとはそもそも想像できません。完全に華麗なオーケストラ・ショウピースとしてのアプローチであり、立ちのぼる気品やアロマといったインタンジブルな(触れられない)ものは無視して即物的な音響美の構築に徹しています。香水の薫りのないダフニスです。弦がブラームスを弾くような厚めの音でヴィヴラートとポルタメントをかけるのはまことに趣味が悪く、しかもベルリンPOにしては意外なほどピッチが甘く荒い。ffはうるさいだけでppのデリカシーは希薄。「全員の踊り」はアルルの女のファランドールとほぼ同じ曲として振っているのかなと首をひねります。

 

シャルル・デュトワ / モントリオール交響楽団

R-3318549-1325542908カナダでありながらフランス語圏の文化的伝統を身にまとっているオーケストラの色香が適度なホールトーンに包まれて実に美しい演奏です。録音のセンスの良さにおいて最上級のディスクのひとつでしょう。神秘性よりは上品なチャームを感じさせるアプローチであって、演奏タイプとしては演劇型なのですが、設計のうまさ、ディテールの磨き方、オケのバランスの良さ、演奏技術を考慮すると同タイプの中ではファースト・チョイスに値すると思います。どこといって群を抜くという演奏ではないのですがすべてにわたって偏差値が高く、今回全曲を聴きなおして改めて感動したことを記しておきます。

 

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー / ミネソタ管弦楽団

CDX-5032 第1,2組曲なので第1部の途中からなのが残念ですが合唱は入っているのがさすが!デリカシーに富み、音符ひとつひとつまで意味深い細部のこだわりにおいて一級品です。全曲にわたって指揮者の眼光がオーケストラの隅々まで届いている緊張感が素晴らしい。それでいて冷たい演奏ではなく、「夜明け」はたっぷりしたテンポでよく歌っており、弦のポルタメントもロマンティックな方向に傾斜を見せるなど、一筋縄ではありません。難をいえばミネソタOが一部で棒についていけていないことぐらいでしょう。ブーレーズを先取りした作曲家アプローチであり、その系統では最も傾聴すべき秀演です。

 

キリル・コンドラシン / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 

51QYYSJbZlL._SL500_AA300_ライブです。演奏は精密さには欠けますが録音がこの名ホールの音響をよくとらえています。第1部は幕開けの神秘感よりも若い恋人たちの踊りに重点があり、ロマンティックです。交響曲でも音画でもなく物語として語りかけるアプローチでしょう。全曲のピークはですから徐々に熱して爆発する「全員の踊り」にあり、ライブでないとこうはいかないという一期一会の壮絶な演奏が聴けます。ソ連の名指揮者コンドラシンが亡くなる直前にこのオケと残したライブ録音は選曲も良く、どれも高水準の名演と思います。

 

ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団

71VkC0OIxoL._SL1200_第2組曲です。彼もカラヤンと同じく、全曲には興味のない人だったでしょう。オーマンディは何度かフィラデルフィアでライブを聴き、楽屋でお話しまでした親しみ深い指揮者なのですが、どうもフランス物はいけません。ひたすら名技と絢爛たる音を誇示する方向に聴こえます。それも誇示すべきフィラデルフィアの木管がフランス的でありません。もちろんオケのプレイの水準は高いですがこのオケならこの程度は普段着のままでできてしまうという演奏であり、あくまで趣味の問題ではありますがこれをお薦めする気にはなれません。

 

ジェラード・シュワルツ / アトランタ交響楽団

MI0003402597あまり知られていませんが、はっきり言って名演です。i-tuneで購入可能です。シアトルSOの響きはゴージャスに磨かれていて、相当気合を入れた練習を積んだのでしょうトップクラスに遜色なく、快速の「全員の踊り」の一糸乱れぬ快演はライブだったら鳥肌ものでしょう。米国オケの安っぽさは微塵もなくシュワルツのデリカシーと音楽の表情づくりもすばらしい。ドイツで買ったオリジナルのDelos盤はデービッド・ダイヤモンド作曲の「ラヴェルの思い出のエレジー」と組み合わさっていてラヴェルづくしであり、録音の良さもとても印象的でした。万人におすすめします。

 

ピエール・ブーレーズ / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

ラヴェル旧盤です。77年、大学時代の米国旅行の折に買ったLPがこの曲の教科書になりました。春の祭典の稿に書いたことがほぼ当てはまります。スコアが眼前に浮かぶ精密さ、分光器にかけたような音彩、倍音まで伝わる完璧な音程とエッジのある録音。金の粉をふりまくようなフルート・ソロの素晴らしいこと。ただし、祭典ほどに微視的アプローチがものを言う音楽ではなくこれが絶対というほどの水準にはありません。例えば弦はクリーヴランドOより落ちます。ブーレーズらしからぬポルタメントはオケの流儀を放置した感。自分としては青春の記念碑のような愛着がありますが。

 

ピエール・ブーレーズ / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

61Qr9zSX3uL同じく新盤です。これをベルリンで聴いたわけですが、あのライブは感動した割にどういうわけかほとんど細部を覚えておらず、このCDを聴いてああこういうものだったのかと改めて感じいる次第。春の祭典ほど新旧盤の彼我の差は感じませんが比べて聴いてみると、やはりとんがっていた頃のブーレーズの方が好きという自分の嗜好がはっきりします。この演奏のレベルの高さは、とはいえ尋常ではないのですが、ベルリンPOのウルトラ高性能に起因している部分が多く思います。ただその高性能があまりラヴェル的でないと感じる瞬間もあり、こうして「製品」になってしまうとこれにどうしてあんなに空前絶後の感動を覚えたのだろうとわからなくなります。芸術品の鑑賞というのはどうにも奥が深いものです。

(補遺、2月15~)

 

アルミン・ジョルダン /  スイス・ロマンド管弦楽団

51y9i5ZG3yL第1、第2組曲で。全曲ではない。96年にジュネーヴのヴィクトリア・ホールででこのコンビのラヴェルを聴いた。高雅で感傷的なワルツとボレロだった。ライブで聴いた最もラヴェルらしい音だったかもしれない。ジョルダンは音に語らせる指揮で外連味がなく、余計なドラマや安っぽいショーマンシップは持ちこまない。大人の味を楽しむ聴衆に混じって聴くラヴェルは格別だった。この演奏も、録音場所はヴェヴェイのカジノだが、あれを思い出す。まったく地味なダフニスだがフランス語圏の気取らないディナーで辛口のシャルドネが良く似合う。

 

ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団

91AZ1eMfNcL__SL1417_63年録音。第2組曲。全ての細部が白日の下にさらけ出され、夜明けの細かな音型がフルートからクラリネットに移ったのがわかる。セルの意図が明確なキューで音化されている様子で、各パートが精緻に磨きぬかれ、リズムのエッジが意識されスコアが見えるような風情なのは同じオケを振ったブーレーズの春の祭典に通じる。ただ、夜明けの旋律を受け取ったヴァイオリンをセルは深い呼吸で歌わせる。彼はブーレーズと違いロマンティックな指揮者なのだ。その歌が厳格なコントロールで表出できるか?できる曲とできない曲があろう。ドヴォルザーク8番の稿に書いたが、ラヴェルも色香が欲しくなる。

 

バーナード・ジョブ /  ジョン・パトリック・ミロウ(pf)

51B5DU42OpL__SS280ダフニスのピアノ版はソロ、2台ピアノとあり録音も多くあるが、僕は後者をこの録音でたまに聴いている。演奏は特にどうということもなく、夜明けは自分で弾いた方が満足感が高いが、そこから先はそうもいかない。ピアノでもあの音がするわけだが、スコアが実はピアノ的に書かれていることがよくわかる。管弦楽の色彩のぼかしでできた曲ではない、リズムも和声もピアノのソノリティでまず書かれたのであり、クープランの墓と同じくそこから管弦楽版の色彩を発想していったのではないかと思う。

 

フィリップ・ゴーベール / コンセール・ストララム管弦楽団

 

第2組曲の最も古い録音か(1930年、シャンゼリゼ劇場。作曲されてから17年後の演奏)。ゴーベールは両大戦間のフランスでパリ音楽院のフルート科教授、同学院オケとオペラ座の音楽監督という要職にあった。ラヴェルの「序奏とアレグロ」の初演メンバーでもある。音楽の流れは今の耳にも違和感がなく奏者の水準も高い。フルートソロの部分のルバートがないのが象徴するように全体にインテンポだが音楽の香気は随所に味わえ、パリの演奏家たちの能力に感服する。

 

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー/ モスクワ放送交響楽団

ソ連Melodiya原盤を多くコピーしていた韓国のYedang Classicsレーベル。録音は1962年で、CDにはUSSR State Radio&TV SOとクレジットしてあるが彼は61年から上記オーケストラ音楽監督に就任しているのでそちらだろう。2年目、32才の録音ながらオケ、合唱の技術と演奏の完成度は非常に高く、晩年のオケの掌握ぶりと高度な解像力はこの頃からだったことが証明される。厳密にいえば内声部のピッチなど完璧ではないが演奏の緊張度が高く録音が鮮やかに細部を拾っていて管の名技を存分に楽しめる。夜明けの終結部、オーボエのソロの部分で女性奏者の咳払いまできこえる「オン」な録り方は、それがHiFiとして売り物だった同時期のCBS録音に近く、こういう処でもソ連は米国を意識していたかと感じる。あんまり品の良い感性でなかったわけだが、それにしては一部のtuttiを除けば金管にソ連の下品などぎつさが抑え目で、遠近感やホルトーンとの溶け合いという全体のバランスも悪くないという指揮者の知性と耳の良さは特筆ものだ。この曲に俗に言われるフランスの香気はオケにあるわけでなく、スコアにあることを物語る。「夜明け」以降、鳥の声と幾分か癖のあるフレージングに好悪を分かつポイントがあるが、そこまでの前半は微細に耳を傾けざるを得ない繊細さにあふれ何度聴いても飽きることなく、フランス系の一流どころと比べても何ら遜色ない素敵なダフニスだ。

 

(補遺、2018年9月16日)

クラウディオ・アバド / ロンドン交響楽団

アバドのダフニスには物語を感じる。バレエというより劇だ。クロエが拉致されてからの夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊りのテンポを落とした緊迫感。間奏曲のアカペラのデリケートなエロスが戦いの踊りのが野卑にかき消される危機感。やさしい踊りのクロエは色っぽい。ちょっとしたパウゼの空白まで生き、音楽の表情が実に豊かでなにやら映画のシーンが浮かんでくるという塩梅だ。LSOは感じ切ったppでそれにこたえる。ところが問題は第3部だ。夜明けは夢幻の光より楽器を感じてしまい平凡。そして全員の踊りの5拍子が全く興奮を喚起しない。第1部後半~第2部のドラマ性からは予想外、まじめなだけのエンディングでどうしたんだという程。よくわからない。

 

ウイルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

第2組曲。夜明けは非常にスローで夜が明ける感じがしない。細部のデリカシーの集積ではなくクライマックスに極限までブルックナーのffのように盛り上がることに「夜明け」の頂点をおくユニークな解釈だ。フルートソロはテンポがぎこちない。全員の踊りに入る少し前に聞きなれぬ休止がある。5拍子はティンパニを強打し、やはりffの爆発を伴いながら徐々に熱くなりテンポも加速していく。コーダはさらに唐突に速くなり、なるほどフルトヴェングラーがやるとやっぱりこうなるかで予定調和的に終る。

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ラヴェル バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

2013 DEC 11 21:21:43 pm by 東 賢太郎

音楽による地中海めぐり、次はいよいよエーゲ海(ギリシャ)へ参ります。

daphnis score僕は「ダフニスとクロエ」の「信者」です。この曲について拙文を書かせていただけるだけで無上の喜びを覚えます。音楽の中で最も高貴な部類に属すると信じており、ロンドン勤務時代に27.9ポンドで買ったフランスDurand社の管弦楽スコア(右)は長年座右にある聖書であり、やはりロンドンで88年に20.3ポンドで買ったそのリダクションである2手用ピアノスコアは、難解な聖書に一歩だけでも近寄らせてくださる有難き道しるべとしていつもピアノの傍らに鎮座しております。自分ごときが手を出せる代物ではありませんが、プロによるピアノ(2手、4手)の録音もあり、それでも十分に見事な音楽ということを知ります。どうしても我慢できないのでいわゆる「第2組曲」(夜明け、パントマイム、全員の踊り)はシンセサイザーを弾いてMIDI録音いたしました。音符が多くてものすごく時間がかかりましたが、神がこの水色の書物の中にお隠れなのだということを知り、今もアラジンの魔法のランプのように見えています。

dafnis経験したオーケストラコンサートで最も鮮烈な記憶として残っているもののひとつがピエール・ブーレーズがベルリン・フィルを指揮したダフニス全曲です。時はドイツ赴任時代の1994年5月24日、ベルリンのフィルハーモニーでの演奏でした。全身を耳にして聴き入ったこの世のものとも思われぬ美音と迫力に完全にノックアウトを食らってしまい、帰途につく間に友人とあまり言葉をかわすことができませんでした。そんなことはロンドンで聴いたマウリツィオ・ポリーニのJ.S.バッハ平均律第1巻とこの時と、人生で2度しかない故、体験というよりも事件という言葉の方がしっくりきます。

下は曲の冒頭のピアノスコアです。コントラバスとティンパニの低いイ音の上に弱音器付のチェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンが、天使の先導のように意味ありげなハープに導かれてホ、ロ、嬰へ、嬰ハ、嬰トと完全5度音程を積み重ねていきます。その次に来る嬰二、これは最初のイから増4度という最も「遠隔地」の音になりますが、それを弦ではなく初めてフルートが受け継ぐと、 薄明りのなかでぽっと妖しい光が浮かんだような幻想的な感じに捕らわれます。なにか超自然的な力が蠢(うごめ)くのを感じるのは僕だけでしょうか。夜明け前の霧がたちこめる暗闇のなか、大地が鳴動して幽かに生命の息吹が聞こえだすようなこの笛の音に、4度音程を積み重ねた四部合唱がひっそりとこだまします。あまりの神秘的な情景に金縛りになるようなこの冒頭はままさに大変な何かが産声を上げようとしているのだという神々しい予兆であるかのように厳粛に響きわたり、何度聴いても息をのみます。

ダフニス冒頭

daphnis3この曲の特徴を書いてみましょう。まずは全曲に漂う、古代エーゲ海レスボス島の牧歌的な雰囲気です。それがフランス風の高雅で知的なエレガンスを身にまといます。海賊の凶暴な略奪や嵐や哄笑の描写でも下品になることがありません。若者のロマンスもべったりとした甘さで描かれることは一切なく、上等なスイーツのように風味本意で甘さは控えめです。それらがガラス細工のように繊細、精密な音の綾と虹色の色彩をまとった大管弦楽によって描かれているのです。ラヴェルは大団円の歓喜の爆発(全員の踊り)を仕上げるのに1年もかけていますが、出来上がった作品に細工の跡は一切聞こえません。全曲が人工美の極致であり、管弦楽という音のパレットから人間が創造することの許されるあらゆる「音響の奇跡」がちりばめられていると評して過言でないと思われます。ストーリーである「ダフニスとクロエ」はAD2-3世紀にロンゴスという人が書いた恋愛物語全4巻であり、少年と少女に芽生えた純真な恋とその成就が、恋敵との諍い・海賊の襲撃・都市国家間の戦争などの逸話を絡めて、抒情豊かに描かれている(Wiki)というもの。なお三島由紀夫の「潮騒」はこれの影響で書かれたと作者自身が明かしたそうです。音楽は3部に分かれますが、第3部(夜明け、パントマイム、全員の踊り)が「第2組曲」として頻繁にコンサート・レパートリーとして取り上げられています。

この曲の舞台がギリシャであることは、「夜明け」で響きわたるこのきわめて印象的なフレーズ、何かを告げる牧童の笛のように響きわたるピッコロひとつを聞いただけでわかります。

ダフニス

photo_croatia_dubrovnikギリシャ音楽を聞いたこともないので不思議なのですが、この笛がギリシャ、エーゲ海、アドリア海のイメージをビシッと耳に刻印するのです。イメージというならシャガールが「ダフニスとクロエ」を連作として描いていてパリのオルセー美術館にありますが、それはどうもピンときません。ヨーロッパ時代に2度、2週間ぐらいかけてラ・パルマという船とメロディという船で地中海、エーゲ海クルーズをしましたが、困ったことにその時に見た情景=ダフニスのイメージになってしまっているからです。右はドヴロフニクですが、それはこんなイメージです。

高名な「夜明け」の冒頭の管弦楽スコアをご覧になってみてください。この楽譜は視覚的にも、青い海原で水面のさざなみがご来光にきらめいて、たくさんの鳥たちが舞う空が荘厳なあかね色にゆっくりと染まっていく情景をイメージさせないでしょうか。

夜明け

この2小節で和音が変わって主役がフルートからクラリネットに交代するのにご注目ください。この音域だと交代に気がつかないほど繊細な色彩変化であり 、ほのかに感じる程度です。しかしその効果が何とも文字にし難いほど絶妙であります。フルートの「息継ぎ」が必要ではあるのですが、音色を変えてみたいという意図もあったのだろうと推察いたします。しかし変わりすぎてはまったく興ざめです。あっさりと書かれているように見えますが、いや、この音域なら大丈夫だという確信があるほどに楽器の性能を知り尽くした達人でないとこういうスコアリングはできないのではないでしょうか。

背景では2小節目に弱音器付ホルンとヴィオラとチェロのハーモニクス(弦を押さえず軽く触れるだけで弾く)がそっとデリケートな風味を添える。音だけでも、ピアノだけで聴いても息をのむ箇所なのですが、それに極上のフレーバーがトッピングされている感じ。オーケストラの魔術師ラヴェルの職人芸が余人のおよぶ域でないことはこの1頁だけでも納得してしまいます。こんな精密さと極上感が全ページにわたって維持されているというのは、本当に奇跡のようなスコアです。

スペインの名指揮者ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスがRAIローマ交響楽団を暗譜で振った全曲が聴けます。曲を知りぬいた指揮はさすがです。ブーレーズのような緻密さとは一風違い、曲想を大づかみにしたカラフルな表現は初めての方にもわかりやすいでしょう。バレエ音楽なのでストーリーに音楽が対応しているわけですが、ビジュアルがないと持たない音楽ではなく、私見ですがバレエだと舞台上の足音や雑音がむしろ邪魔で音楽に集中できません。作曲時に、あえてコストのかかる合唱を入れたラヴェルに発注者のロシアバレエ団社長ディアギレフが文句をつけたそうです。そんなものいらないだろうと言ったわけですね。僕は合唱ではなくバレエの方がいらないだろうという立場です。音楽だけまずじっくりお聴きになってください。

(こちらへどうぞ)

ラヴェル「ダフニスとクロエ」の聴き比べ

 

僕が聴いた名演奏家たち(ピエール・ブーレーズ追悼)

ラヴェル「ダフニスとクロエ」の聴き比べ

 

レスピーギ 交響詩「ローマの祭り」

2013 NOV 28 0:00:23 am by 東 賢太郎

ローマ法を勉強して驚いたのは、日本国刑法で他人の飼い犬を殺すと「器物損壊罪」になることのルーツがローマにあったことだ。どうしてかわいいペットが「器物」になってしまうのだろう?

これはキリスト教が「人は神との契約を結んだ存在」としてその他すべて(万物という)と人とを区分したことが根本原理となる。法の主体は人である。動物は人ではないから万物である。従って、法の主体でない動物(飼われていない動物=野良犬)を殺しても法は関知しない(=罪ではない)が、人の所有する動物は他人(=法の主体である)の所有権を侵害したから罪になる。他人の所有物を壊す罪は器物損壊罪である。従って、他人の飼い犬を殺すと器物損壊罪である、というロジックだ。

2000年も前のローマ法が欧州刑法を経由して極東の日本国刑法にまでこうして形を伝えている。

刑法261条

他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

ローマは世界の現代社会の背骨を作っている。ローマ史にはそうした人間の英知と同時に、人間の残虐さも刻まれている。ローマ皇帝は帝政ローマ期の全歴代152人いたが65%が自然死以外(暗殺、戦死、不審死)で死んでいるという。皇帝は終身職なのでクビにできず殺すしかなかった事情があるが、同時に、皇帝でこれなのだから一般民はと思うと恐ろしい。

ローマの大火は西暦64年7月19日未明に、写真の「チルコ・マッシモ」(競技場、下の写真)の一階売店から上がった火の手が延焼して全ローマに広がった。放縦をきわめた皇帝ネロが自ら火を放ったという噂が広がり、焦ったネロは出火原因の濡れ衣を当時は異教徒だったキリスト教信者に負わせた。

 

チルコマッシモ

民衆を「パンと見世物」で統治したのがローマだ。ネロは多くのキリスト教徒を逮捕すると、即決裁判で全員に死刑判決を下した。史実かどうか知らないが、囚人を飢えたライオンに食わせるのが「見世物」となったようで、血に飢えた民衆は女子供まで見て喝采したという。草食系の日本人とは程遠い感性だ。その舞台がこの写真の競技場だったとレスピーギは述べている。反対側が皇帝の住居であるパラティーノの丘。カエサルはここで競技を見た。アントニウスが皇帝の冠を差し出し、カエサルはそれを拒否したが、王制を嫌悪するローマ市民はそれを見て騒然としたという。カエサルはその1か月後に暗殺された。

<ローマの祭り(Feste Romane)>

第1曲「チルチェンセス」

「チルコ・マッシモ(競技場)の上に威嚇するように空がかかっている。しかし今日は民衆の休日、「アヴェ・ネローネ(ネロ皇帝万歳)」だ。鉄の扉が開かれ、聖歌の歌唱と野獣の咆哮が大気に漂う。群集は激昂している。乱れずに、殉教者たちの歌が広がり、制し、そして騒ぎの中に消えてゆく。」

(注・ファンファーレがネロ万歳、トロンボーン・チューバのスタッカートで鉄門からライオンが入場、聖歌が襲われるキリスト教徒の神への祈り、グリッサンドの暴虐な金管が襲い掛かるライオン、そして残酷な結末を迎える)

第2曲「五十年祭」

「巡礼者達が祈りながら、街道沿いにゆっくりやってくる。ついに、モンテ・マリオの頂上から渇望する目と切望する魂にとって永遠の都、「ローマ、ローマ」が現れる。歓喜の讃歌が突然起こり、教会はそれに答えて鐘を鳴り響かせる。」

(注:イントロは食い殺されたキリスト教徒の魂が昇天するかのようである。歓喜の頂点で鐘が鳴るのが実に印象的。鐘を効果的に使った例としてはベルリオーズの「幻想交響曲」と双璧といえる。ハ長調に対して鐘をシ♭にした効果は絶大で、作曲者の才能を僕はここで最も感じる。)

第3曲「十月祭 L’Ottobrata」

ローマの城で行われるルネサンス時代の祭がモチーフ。ローマの城がぶどうでおおわれ、狩りの響き、鐘の音、愛の歌に包まれる。やがて夕暮れ時になり、甘美なセレナーデが流れる。

(注:この部分はリムスキー・コルサコフの兄弟弟子にあたるイーゴル・ストラヴィンスキーの影響を感じる。そしてこの響きがコープランドの「アパラチアの春」に遺伝している)

第4曲「主顕祭 La Befana」

ナヴォナ広場で行われる主顕祭の前夜祭がモチーフ。踊り狂う人々、手回しオルガン、物売りの声、酔っ払った人(グリッサンドを含むトロンボーン・ソロ)などが続く。強烈なサルタレロのリズムが圧倒的に高まり、狂喜乱舞のうちに全曲を終わる。

( 冒頭は完全にストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」の格下のコピーである。)

この曲はローマ三部作の中で芸術性においては最も劣る。「噴水」にあった高雅な印象派の香りは「松」でやや失せ、ここに至ってはほとんど失せ、一つ間違えば安手の映画音楽に 淫する。ただ、管弦楽の華やかさではレスピーギの技法の頂点ともいえ、それを充分に発揮させた場合の演奏効果は非常に高い。アレクサンドル・ラザレフが読響を振ったライブは圧倒された。

 

リッカルド・ムーティ / フィラデルフィア管弦楽団

ムーティ レスピーギこの曲の文句なしに最高の名演である。同じオケながら、これも悪くないオーマンディー盤が偏差値65なら、それをはるかに凌駕するこれは70を超える。このオケをムーティ指揮で毎週2年間聴いた僕として、この演奏こそ彼らのベストフォームのひとつと断言してもいい。イタリア移民の街フィラデルフィアでイタリア人ムーティのプライドを賭けた渾身の演奏である。金管ばかり目立つ曲だが、主顕祭の弦のうまさをよく聴いてい欲しい。あらゆるオケ演奏の究極の姿であり、この曲がどんなにチープであろうと聴く者を震撼させる恐るべき音楽を聴くことができる。

 

ジュゼッペ・シノーポリ/ ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

シノ―ポリこの曲を初演したのはこのオケとトスカニーニである。ユダヤ系イタリア人シノ―ポリはパドヴァ大卒の心理学者であり脳外科医でもあり、マルチェルロ音楽院卒の作曲家でもあった。2001年に彼が55歳の若さでアイーダの指揮中に亡くなった衝撃はよく覚えている。92年にウイーンフィルと来日した際にNHKホールで聴いたR・シュトラウス「ドン・ファン」のテンポの遅さは参ったが、ユニークな表現をする人だった。「噴水」「松」だけでなくこの曲をやったのは意外だが、ここではスコアを作曲家の眼で読み解いていて違う曲に聴こえる。

 

最後に、「祭り」だけでなく三部作としての真打ちの登場である。

 

アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団

4547366068405三部作をまとめたCDとして永遠の価値を有するスタンダードであり、人類の誇る名盤中の名盤である。確信のこもった弦のフレージングに血が通い、常に表現に曖昧さは一切なくメリハリが利き、叙情的な場面では神秘的な透明感があり、すべてにわたって地中海の空気に満ち満ちている。木管、金管のうまさはもはや驚異的な領域であり、オーケストラ・プレイの完成度でこれに対抗できるのは上記ムーティ盤のみだろう。三部作を好きな方は当然お持ちだろうし、これから聴いてみようという方は迷う必要は一切ない。これを何度も聴いて、異演盤を聴くのが王道である。全曲を通してどうぞ。

 こちらは珍しいピアノ連弾版です。

ガリア戦記はカエサルのブログである

レスピーギ 交響詩「ローマの松」

2013 NOV 26 12:12:06 pm by 東 賢太郎

イタリアの高校の歴史教科書にこうあるらしい。

「指導者に求められる資質は、次の5つである。知性・説得力・肉体上の耐久力・自己制御の能力・持続する意思。カエサルだけが、このすべてを持っていた。」

bk-4061591274それは「ガリア戦記」を読めば納得する。周知のとおりこの書は彼が「朕は」ではなく「カエサルは」と三人称にて自らの戦略、機略、戦果を克明に活写した軍記である。全七巻を書いた期間については諸説あるが、そのいずれであれ戦場で書いたに違いなく、多忙なビジネスマンが出張先のホテルでブログを書くぐらい(以上?)の速度での執筆でないと到底不可能な分量だ。それにして簡潔、緻密、克明であり、武将というよりも博学な科学者、技術者の文章というイメージを覚える。選挙用のプロパガンダ目的があったようだが、同行の何万という兵士たちも読者、有権者であり虚偽は書けない。彼は弁論術、文才においてもキケロに対抗できる唯一のローマ人といわれた。すさまじいアウトプット能力でありそれは彼の精力にも通ずる。知略には優れたが虚弱で男子がなかったアウグストゥスでなく、この男が共和制を壊して君臨していたら・・・ほとんどのローマ史好きの夢想ではないだろうか。

クレオ                              彼が元老院で暗殺された日にクレオパトラはローマにいた。彼女との逢瀬が暗殺の直因ではないにせよ、つかまっていたらクレオパトラも殺されたかもしれない。そうであったならプトレマイオス朝はそこで終焉を迎えたし、彼女はアントニウスを色香で籠絡もできなかったから、アントニウスはオクタヴィアヌスに攻め殺されることもなかった。鼻の高さがどうあれ、魅力的な話術と小鳥のような美しい声でカエサル、アントニウスを手玉に取った、ローマ史を根底から変えた偉大な女だ。オクタヴィアヌスがアウグストゥスを名乗ると、ローマ帝国の共和政は終わり崩壊への端緒が開かれる。8月は計30日になってアウグスト(August)に呼称を変えたから、世界も変えた。カエサル暗殺現場はフォロ・ロマーノではないが、遺体を焼いた場所はそこにある。遺灰は雨に流され、何も残らなかったそうだ。

「クレオパトラとカエサル」(ジャン・レオン・ジェローム画)

 

アッピアカエサルが20代の頃、第3次奴隷戦争(スパルタクスの乱)が起きた。初めてイタリア本土で起きた内乱でありローマは騒然となった。クラッスス、ポンペイウスに平定され、捕えられた奴隷はアッピア街道(右)添いに100km先のカプアに至るまで累々と十字架に磔(はりつけ)にされた。スパルタクスの遺体はなかったというのが信長みたいでなかなか格好いい。ローマ史では逆族あつかいの男だがマルクス、レーニンが正しい戦争と称賛したことは有名だ。アカは使えるものは何でも使う。そして、ルビコン川を渡ったカエサルに追われたポンペイウスはそのアッピア街道を南下して逃げた。

 

第4曲「アッピア街道の松」にレスピーギが寄せた思いは何だったろう。松これが「ローマの松」全曲を締めくくる音というものは、あらゆる管弦楽曲のなかでオーケストラが出す最大級の音響だ。もう轟音に近い。それとは対照的に繊細な音が終始する「噴水」で時刻とともに移り変わる光彩を描いたレスピーギは、作曲の20年前に描かれたクロード・モネの「ルーアン大聖堂」を知っていたのだろうか。「噴水」がフランス印象派の装いを示すなら、この「アッピア街道」でのローマ重装歩兵の行軍は音のドラマである。

前回にご紹介した「ローマの噴水」という曲は数奇な運命があって、1908年にメトロポリタン歌劇場で米国デビューしたトスカニーニが浮気がばれてメットを去り、15年にイタリアに帰国していた。そこで「自国の管弦楽曲」を探していたトスカニーニはボローニャの歌劇場でヴィオラを弾いていて才能を評価していたレスピーギに声を掛けた。レスピーギは17年のローマでの初演で評論家の失笑を買って机の引き出しにしまいこんでいた「噴水」のスコアを渡した。そこでトスカニーニがミラノで行なった18年の再演が大当たりとなり、一気に有名曲の仲間入りを果たしたのだ。浮気が引き金だ。音楽でも歴史は女が動かしている。

「オペラでなく管弦楽曲を」というのは、ニューヨーク赴任を経て、ラジオ、映画という米国の巨大な音楽市場の未来を見こしたトスカニーニの卓越したマーケティングセンスの賜物ではないかと想像する。芸術に資本主義は似合わないが、ベートーベンだって貴族からの注文だけでなくパリやロンドンの市場動向に敏感だったのだ。特に米国の管弦楽曲へのニーズという市場動向と米国音楽史は無縁ではない。グローフェの「グランドキャニオン組曲」は20年に着想された(31年完成)。ガーシュインは「ラプソディー・イン・ブルー」(24年)、「パリのアメリカ人」(28年)を書いた。

作曲年をよく見てほしい。「ローマの松」(24年)、「ローマの祭り」(28年)と完全にコンテンポラリーだ。「噴水」はフランス印象派の血脈を引いた音楽、「松」と「祭り」はトスカニーニの影響下でアメリカを意識した音楽であり、両者には断層がある。こう理解することで、なぜトスカニーニが芸風とかけ離れた「ラプソディー・イン・ブルー」や「パリのアメリカ人」や「星条旗よ永遠なれ」までをNBC交響楽団と録音し、なぜローマ三部作に名盤を残したのかよくわかる。三部作は彼の子どもなのだ。そしてこの大河の下流にべラ・バルトークの「管弦楽のための協奏曲」(43年)、アーロン・コープランドの「アパラチアの春」(44年)という名曲が現れるのではないだろうか。

<ローマの松(I pini di Roma)>

以下、①-④は切れ目なく続けて演奏される。青字はすべてレスピーギ自身による解説である。天下の名曲、ぜひ全曲をお聴きいただきたい。

『ローマの松』では、私は、記憶と幻想を呼び起こすために出発点として自然を用いた。極めて特徴をおびてローマの風景を支配している何世紀にもわたる樹木は、ローマの生活での主要な事件の証人となっている。 

①ボルゲーゼ荘の松

「ボルゲーゼ荘の松の木立の間で子供たちが遊んでいる。彼らは輪になって踊り、兵隊遊びをして行進したり戦争している。夕暮れの燕のように自分たちの叫び声に昂闘し、群をなして行ったり来たりしている。突然、情景は変わり、第二部に曲は入る。」

②カタコンバ付近の松

「カタコンバの入り口に立っている松の木かげで、その深い奥底から悲嘆の聖歌がひびいてくる。そして、それは、荘厳な賛歌のように大気にただよい、しだいに神秘的に消えてゆく。」

③ジャニコロの松

「そよ風が大気をゆする。ジャニコロの松が満月のあかるい光に遠くくっきりと立っている。夜鶯が啼いている。」

④アッピア街道の松

「アッピア街道の霧深い夜あけ。不思議な風景を見まもっている離れた松。果てしない足音の静かな休みないリズム。詩人は、過去の栄光の幻想的な姿を浮べる。トランペットがひびき、新しく昇る太陽の響きの中で、執政官の軍隊がサクラ街道を前進し、カピトレ丘へ勝ち誇って登ってゆく。」

①はいきなりまばゆい音のシャワーを浴びせかける。フルート、クラリネット、鉄琴、チェレスタ、ピアノの細かい音符の上下動にトライアングルとトランペットの信号音。オーボエに弦はヴァイオリンとヴィオラだけでトレモロ。低音は一切なし。高音楽器のみのアンサンブルはストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」の冒頭を思わせる。③には作曲当時最新だったグラモフォンによるナイチンゲール(夜鶯)の鳴き声の録音が流れる。このあたりの濃厚な後期ロマン派的和声は本当にすばらしい。

 

CDは以下のものを推す。

アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団

1953年(カーネギーホール)のこの録音はトスカニーニの名刺代わりであるばかりでなく、作品のイデアを刻み込んだ人類の遺産だ。作曲家の意図を同時代人がこれほど完璧にリアライゼーションをしてしまえば後世は為すすべがない。20世紀に至って作曲家の自演は多く存在はするが、演奏としてこのレベルに達したものは極めて稀であり、しかもそれは現代の高水準の演奏レベルでも再現し難い専制君主型指揮の比類ない合奏力と緊張間の中で行われるという絶対的価値持つのである。地球が滅びるまで永遠に聴き継がれるであろう無二の演奏記録だ。

 

ユージン・オーマンディー/ フィラデルフィア管弦楽団

レスピーギフィラデルフィアはイタリア系移民の人口比が多い。サンドイッチの「ホーギー」やアイスクリームなど、食文化にもそれが色濃く残っていたのを思い出す。レスピーギがこのオーケストラに招かれたのもそういう背景があろう。上記青字の作曲者解説は彼が1926年1月15日に自作自演した演奏会のプログラムノートである。直伝のパート譜があるに違いなく免許皆伝の演奏とはこのことであり、しかもそれが史上最高級の演奏技術と音響によって再現されている。こういう美麗な音を聴かずに死んでは人生がもったいない。58年の旧録音、68年の新録音が入っているが録音の鮮度を含めて甲乙つけがたい。

 

レオポルド・ストコフスキー / シンフォニー・オブ・ジ・エア

このオーケストラはトスカニーニのために組成されたNBC響が彼の死後にNBCから契約を打ち切られ、名前を変えて存続した団体である。1941年にNBCと不和になってトスカニーニが辞任した折に常任に呼ばれたのが40年にフィラデルフィア管ともめて退任していたストコフスキーだった。この録音は59年(トスカニーニの没後2年)、このオケがこの旧知の彼を招いて前任の十八番を振らせたものだ。前半はトスカニーニの刻印を色濃く残すが最後のアッピア街道はテンポが遅く、あの推進力を顕著に欠く。エンディングのティンパニは改変されているが、ストコフスキーの抵抗だろうか。上述の「後世は為すすべがない」ことを彼ほどの有力な指揮者ですら示していると思われる非常に興味深い記録だ。

 

2台ピアノ版です。ビデオも楽しめます。

レスピーギ 交響詩「ローマの祭り」

 

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レスピーギ 交響詩「ローマの噴水」

2013 NOV 24 12:12:30 pm by 東 賢太郎

地中海音楽めぐりイタリア編、その2はイタリアの作曲家オットリーノ・レスピーギの名作「ローマの噴水、ローマの松、ローマの祭り」を3回に分けて。

僕は古代ローマ好きで本は片っぱしから読んでおり、大学ではローマ法まで勉強しました。だから人生なにをおいてもフォロ・ロマーノに行ってみたくてたまりませんでした。現在の東京でいえば永田町、霞が関、丸の内、大手町を一緒にしたようなところ、つまり大ローマ帝国の政治と権力と富の中枢が集結した場所です。

1983年、留学中のウォートンスクールの夏休みにさぼって欧州旅行した折、友人家族と一緒にベルギーから遠路はるばる車でここまで来てしまいました。

真夏の快晴の日でした。その、忘れもしない、憧れのフォロ・ロマーノの遺跡に初めて足をふみ入れた時のことです。なにか体じゅうに電気が流れるような、地面からエネルギーが放射されるような感じがいたしました。悪い感じではなく、むしろ元気が出るようなものだったのですが、足が妙に震えたので気になりました。興奮していただろうし、霊感とか霊気とか、僕はそういう手の話にはとんと縁のないほうです。体が心配になり他の人にききましたが何もなく、あれは何だったのか、今もよくわかりません。

大体のツーリストは1時間ぐらいでぐるりと一周して、それでも相当歩かされますが、ガイドの説明を聞いて終わります。しかし僕は、あらゆる廃墟の壁のあらゆる背面まで仔細に見て回り、道のない木立の裏側まで探索し、土や石に触り、あちこちに何分間も立ち止まっては「ここにカエサルの遺体が・・・、ここでトラヤヌスのダキア征服が・・・」など(たぶん)ぶつぶつ講釈をたれた。友人は、「暑いな、東、そろそろ行こか」となる。アウグストゥスの家があった「パラティーノの丘」が目に焼きつき、家は必ずこういう感じの高台に建てるぞと意を決したのはその時でした。

この訪問が物足りなかったのでそれ以来2回ここへ行くためにローマへ行きました。リピーターなんです。ここでぼーっとしていると、やはり電気で痺れた感じになり、朝から晩まで時が過ぎます。写真を見るだけでなにかざわざわと血が騒ぎ、心臓がどきどきしてきます。自分もだという方がもしおられたら是非ご連絡ください。一生の友達になれるでしょう。だいぶ話が遠回りになってしまいましたが、このフォロ・ロマーノに行ったり写真を見たりすると、まるでBGMのように頭の中で自動的にプレイバックするのがこの噴水、松、祭りという、いわゆる「ローマ三部作」なのです。

それはライン川でシューマンの3番が勝手に鳴るのと全く同じ現象であり、噴水や松や祭りを媒体として古代ローマへの幻想をかきたてるといった風情の音楽としてワークしています。少なくとも僕においては。もちろんローマ史を勉強しなくてもローマへ行かなくても面白い音楽であるわけですが、皮相的な聴き手から皮肉なことに皮相的な音楽と位置づけられてしまうのはレスピーギが気の毒です。作曲家存命中もアメリカでの評価の方が高かったそうで、歌の国イタリアという事情はあるにせよもっとシリアスなリスナーに評価されるべき名曲であると声を大にしたいところです。

3曲とも音の絵画の性格があり、「祭り」にライオンの吠え声の描写、「松」には録音した本物のナイチンゲールの声が現れます。こういうところが「えせシリアス」なリスナーに馬鹿にされてしまう。しかしレスピーギは「噴水」のスコアに4つの噴水が喚起する「感情と幻想」を表現しようとしたと書いており、ライオンもナイチンゲールもベートーベンの田園交響曲の鳥の声と同じ役割という趣旨で使われたと思われます。ただレスピーギが用いた語法はマイクロスコーピックな主題労作と変奏ではなく和声と管弦楽法に多くを依存したものである点でベートーベンとは異なります。(参考)ベートーベン交響曲第6番の名演

レスピーギはリムスキー・コルサコフに管弦楽法を習いましたが、和声が醸し出す情感とそれを描く楽器法の幸福な結婚とでも形容するしかない瞠目すべき成果は師匠の交響組曲「シェラザード」と双璧です。シェラザードはピアノで弾いても面白いのですが、この三部作も(僕は弾けませんが)まったく同じでしょう。音楽の骨格ができている上でのオーケストレーションの妙であって、決して不美人が化粧でごまかしたような軽薄な音楽ではありません。化粧があまりにうまいので逆に損している美人なのです。

<ローマの噴水(Fontane di Roma )>

前述のようにスコアには「ローマの四つの噴水で、その特徴が周囲の風物と最もよく調和している時刻、あるいは眺める人にとってその美しさが、最も印象深く出る時刻に注目して受けた感情と幻想に表現を与えようとした。」とあります。

①ジュリアの谷の噴水(夜明け)

Cattleオーボエが鳴り出すともうそこは朝靄のかかる薄明のローマの夜明けです。鳥が鳴きものうげな旋律が木管で奏でられ、Rシュトラウス「ばらの騎士」の銀のばらの献呈の場面に似た和音がでてきて、牛の群れがゆっくりと過ぎていく。あなたは幻想的な雰囲気の中、そのゆったりとした光景を眺めます。この噴水はどこか場所が特定できておらず、「ローマの松」にも登場するボルゲーゼ荘の中にある盆地のような場所のようです。

②トリトンの噴水(朝)

トリトンホルンが朝を知らせます。朝日に水しぶきがきらめく。トリトンは半人半魚の神で嵐で難破しそうな船を見つけると、ホラ貝で嵐を鎮めてくれる。このトリトンの噴水はローマの中心部バルベリーニ広場にあります。バロック期の著名な彫刻家ベルニーニの作品で、1643年に完成した。4頭のイルカに支えられた大きな貝の上にトリトンが乗り、空に向かって高々とホラ貝を吹いている。金管の勇壮な響きとチェレスタ、ピアノの繊細なきらめきが印象的です。

③トレヴィの泉(真昼)

トレビこの噴水はローマで最も有名なものでしょう。古代ローマ時代に敷設された水道のひとつであるアクア・ウェルギネの水を流し込んだ、18世紀につくられた巨大なバロック様式の人工噴水です。正午の太陽がのぼり、弦が喜びに沸き立つような3拍子の勇壮な主題を出します。海馬に引かせた馬車に乗り、トリトンや女神たちを従えたポセイドンの凱旋です。それが金管に受け継がれ、全曲の頂点となる。雲が起こり、海はまばゆいばかりに輝く。目がくらむような黄金の光の中、勝ち誇ったポセイドンの行列が目の前を通り過ぎて行く。そして遠くから響くトランペットの音とともに彼方へ消えていくのです。

④メディチ荘の噴水(黄昏)

メジチメディチ家の別荘であるヴィラ・メディチはローマを一望する高台にあります。この噴水からは夕陽とともに移ろっていくローマ市街が見渡せます。ローマ賞受賞者、ベルリオーズ、グノー、ビゼー、マスネ、ドビュッシーらが滞在したのはこの館です。一日も、そろそろ終わりを迎えようとしています。夕暮れの郷愁の時、大気は小鳥のさえずり、木々のざわめきなどで満ち溢れている。夕暮れの郷愁の時をむかえ、ゆっくりと空は暗さを増し、教会の鐘の音が響いてきます。やがて、すべてが静まり、音楽は夜のしじまの中に消えていきます。

月並みなローマ観光ガイドみたいになってしまいますが、レスピーギが描こうとしたのはどの噴水の風景でもなく、ローマ史です。この、そう大きくはない都市で古代からおこった数々の人間ドラマ。それを文字にすれば何千ページの書物になる。それを彼は文字ではなく音で表したということです。アラビアンナイトの物語に想を得てできた傑作シェラザードと同じく。「噴水」は物語を象徴する具象にすぎず、この曲の4つに加えて彼は4つの「松」、4つの「祭り」という、計1ダースの具象を選び取りました。しかしその底流にある彼のテーマ、それはローマ史への憧憬であるに違いありません。海外旅行好きの方はもちろんですが、むしろローマ史ファンの方にこそ聴いていただきたい名曲であります。

ローマ三部作といっても3曲が一気に書かれたわけではなく、噴水が1916年、松が1924年、祭りが1928年です。演奏頻度では松が高いですが、3曲まとめてというコンサートもありますね。噴水の1917年の初演時の評価は、本人がスコアをしまい込んでしまうぐらい惨憺たるものでした。それを再デビューさせ有名にしたのはアルトゥーロ・トスカニーニです。噴水に限らず、三部作は彼の演奏が決定版とされていて、たしかにそれに僕も異存はありません。そこでそのトスカニーニ盤のコメントは最後に回し、まずは各曲ごとに僕が好きなものをご紹介しましょう。

マイケル・ティルソン・トーマス /  ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団

祭りこの指揮者が若いころ(1972年)ボストンSOを振った春の祭典は歴史的な名演です。複雑なテクスチュアを解析する抜群のセンス、漂う詩情、オケの透明感、若鮎のようなはじけるリズム感は余人のできる域を超えているのです。そして1978年、まだ彼は若かった。だから祭典と同じ水準の演奏、こんなに新鮮で水しぶきが光にはじけ飛ぶような表現ができたのでしょう。ロス・フィルのトップ奏者たちがこちらも繊細な感性で棒にこたえています。この曲だけは若い人のみずみずしい感性でやってもらいたい。世評はさほど高くないのですが第1に推したい名演であります。

 

フリッツ・ライナー /  シカゴ交響楽団

ライナーオーケストラの図抜けたうまさが光るCDです。①の朝もやにそこはかとなく浮かびくる叙情 。こういう音楽にこそ奏者ひとりひとりの実力が出ます。②のホルンの咆哮の深々とした響き!とラプソディックに現れては消える独奏楽器の陰影。うまいです。③のトゥッティの豪壮な鳴りっぷり。名人ぞろいのシカゴ響の威力全開であり、それをたばねるライナーの求心力、緊張感がスピーカーを通してひしひしと伝わってきます。だから④の弱音も痩せることなく、①と同じく詩情に満ち満ちた夕暮れの慕情が美しさの限りです。僕はこの演奏(LP)でこの曲を覚えました。だから今久々に聴きかえすと昔の教科書を開いたような郷愁にかられます。この名演で記憶できた幸運に感謝したいと思います。

 

2台ピアノ版です。これは面白い、ビデオも楽しめます。

レスピーギ 交響詩「ローマの松」

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