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実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その2)

2014 NOV 11 20:20:40 pm by 西 牟呂雄

 きょうは朝から雨が降っている。ジイチャンとの不思議な共同生活が10日も続いている。その間ジイチャンがオレを呼ぶ名前はユズル⇒タケシ⇒アキラ⇒ユタカ⇒ヒトシ⇒ツヨシ⇒ハルオと毎日変わった。どうなることかと思っていたらそれ以上は増えず、不思議なもので一週間経つとまたこれらのどれかに戻る。知り合いや親戚の甥っ子の名前の様だが、過去の話を全くしないので一体何の素性なのかは分からない。
 ジイチャンの所にはどこかから分けてもらったのか、自分で食べる分の米だけはたんまりあるようで、朝起きるともう米を研いで炊飯器でその日のメシを炊いている。漬物と海苔くらいで朝メシを済ます頃に、その日の呼び名で呼ぶ。きょうはアキラだった。
「なあ、アキラ。きょうは雨だから畑ができん。郵便局に行かないか。」
これはすぐ気が付いたのだが、ジイチャンは畑を耕すだけで何かを植えるとか種をまくようなことはやっていないのだ。やり方を忘れてしまったのか、秋口から耕して春に備えているのか。しかし、いつもオレにエンジンを掛けさせ、同じ所を2往復するだけだ。
「郵便局って手紙でも出すのかい。」
「アキラは何にもしらねーな。年金が振り込まれてるんだよ。取りに行くんだ。」
「ジイチャン年金払ってたのか。えれーな。」
 これがボケだったら門前払いされるだろうと思いながら、ジイチャンを車にのせた。すると角に来れば『そこ、右行ってまっすぐ。』とか『左に寄せて。』と的確な指示。嘗ては運転していたのだろう。村の郵便局に着いた。ジイチャンはヒョコヒョコ入っていった。
 しばらく車で待っていると、ジイチャンは封筒を持って、局員に付き添われて出てきた。本当に年金を引き出してたのだ。ところがその局員が車まで一緒に来てオレの顔を覗き込むのだ。
「アキラさんですか?」
「あー、はい。」
今から考えればこの一瞬の躊躇はマズかった。
「あなたはこの斉藤さんの何ですか?」
「斉藤(今まで名前を知らなかった)!あぁ、介護です。」
「かいご?斉藤さん介護申請してるんですか?」
「オニーチャン、アキラはボランティアでやってくれてんだ。しんぺーないって。」
「アッそうなんですか・・・。それじゃ斉藤さんお気をつけて。」
局員は実に怪しげな視線を送って来たが、無視して車を出した。
「アキラ、おめーダメだな。あんなときにオドオドしたら疑われるだろ。ちゃんと東京にいる甥のアキラです、って言わなくちゃ。」
「・・・・うん(そんな話初めて聞いた)。・・・・。それはいいけどちょっとコンビニ寄って少し栄養のあるもんと焼酎でも買おうよ。」
「あーいいよ。こっちだ。」
ジイチャンは慣れた感じで方向を指示する。すると村外れにちゃんとそれらしいコンビニがあった。ジイチャンは焼酎パックを5本買い、オレは缶ビールやコロッケ、カップ麺、野菜パックを買った。ほとんど漬物とメシばかり食べていたので肉が食いたかったからハムとチーズも買った。結構な量になったら、ジイチャンが払おうとするではないか。
「オイオイ、ジイチャン。金はオレが払うよ。タダで泊まってんだから。」
「なーにが、アキラ!きょうは金いっぱい持ってんだから。」
万札を出してお釣りを貰っている。計算はできるんだ。気になるので車の中で聞いて見た。
「なぁ、ジイチャン。普段は買い物なんかどうしてるんだ。」
「エッ、いつもアキラが乗せてってくれるじゃねーか。」
ダメだこりゃ。
 その日はジイチャンが仕事だと思ってる耕運機の往復はアメでできないから(本気を出せばできるだろうが)オレは日中ズーッと掃除をした。風呂もトイレもだ。それで夕方から又焼酎だ。久しぶりのビールが胃に染みた。

「朝だよー。」
の声で起こされた。八時か。
「おはよー、ジイチャン。きょうはオレ誰なんだ。」
「トボケるでない。まだボケてねー。ユタカだろ。わーかってんだから。」
「はいはい。」
「ワシはちょっと畑行って来るからメシ食ってろ。」
きょうは見事な晴れ、初冬だからインディアン・サマーのようだ。そのせいかジイチャンは張り切って出て行ったので、オレはメシを食い一服し、布団を干して洗濯機を回した。昔は大家族だったんだろう、布団は沢山あって長いこと使わなかったようだ。何か布団がかわいそうな気がして片っ端から引きずり出してみんな縁側に並べて干した。
「斉藤さーん。ゴメン下さい。」
オヤ、誰か来たのか。オレしかいない。
「はい。斎藤のジイチャンは畑に出てますが。」
「あなた、どなたですか。」
「アッワタシ東京の甥のユタカですが。」
「あら、甥子さんが東京にいるなんて聞いてないですよ。きのう郵便局に斎藤さんと来た人ですよね。」
「あれは僕じゃありません。斎藤さんの知り合いのアキラ(オレだけど)って人ですよ。」
「別の人ですか。郵便局が『見たことの無い怪しいやつと斎藤さんがお金を下ろして行った。』って通報があったんできたんですがね。あたし民生委員なんです。」
「それは大丈夫でしょう。あいつは(オレのことだけど)大丈夫です。あ、ジイチャン帰って来た。ジイチャン、この人アキラ(くどいようだがオレのことだ)のこと怪しいやつだってさ。」
「アキラ、そりゃ見た目はマトモではなーいがね。」
「そうかい、普通だろ(だってオレの事なんだぞ)。」
「いや、あれは確かにヤバい所もある。ところでユタカ、耕運機が壊れてんだが、チョット見てくれ。」
「あーいいよ。じゃ民生委員さん、大丈夫ですから。」
「はい、斎藤さん少しおかしいときもあるから悪いサギにでも合ってないか心配で来たんです。こんな親切な甥子さんがいるなら・・。でももう10年以上ひとりだったけど。」
オバサンは首を振りながら出て行った。あの郵便局員の奴、オレをサギとでも思ったのか。ジイチャンと畑に行って、また直ぐ掛かるエンジンを掛けてやった。

つづく

実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その1)

実験ショート小説 アルツハルマゲドン Ⅱ(その3)


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