還暦ボーダーが行く
2015 JAN 2 18:18:24 pm by 西 牟呂雄
あけましておめでとう御座います。喜寿庵で正月を迎えました。
ボーダーといっても国境のことじゃありません。冬場はゴルフなんぞやる気にもなれないので、もっぱらスノボーをやっているのです。
しかし年末に還暦となり、今回ゲレンデに立った時は一瞬不安に成りました。ボードとスキーはまったく違う体重移動、スキーは左右にボードは前後にといった感じ。40代でボードに転向した僕はいつまでたっても初心者の域を出ません。気を抜くと後ろに倒れる、これ実際に危ない。脳震盪を起こします。一度ひどくやってその後30分くらい意識を失くしたことがあります。ところが不思議なことにその間も滑っていたらしい。一緒にいた息子の証言です。
それで還暦初滑りはというと、まぁこんなもんでしょう、といった感じで何とかはなるもんですな。しかし斜面やスピードに対する恐怖感は去年よりも確実に増した。といっても去年は母親の入院騒ぎで一回だけですから一昨年よりも、ですね。
ボードというのは僕程度の腕では直滑降が一番難しい。膝や足首が硬くなっていてどうしても左右にブレる。急斜面になるとヒョロヒョロという具合になってしまう。
それでもゲレンデを何回か滑って、最後にもう一回とばかりにリフト(四人乗り)に腰かけると隣に来た若者が
「どこからですか?」
と聞いてくる。面倒だな、ナンパでもしてろよと思いましたが、そこはまぁまぁ。
「東京だけど(本当は喜寿庵から20分)。」
「あっそうなんですか。オレ始めたばっかなんスけど上手そうですね。」
サングラスをして怪しげな普段着みたいなスタジアム・コートだからヴェテランに見えたのでしょうか、それより年が分からないと誤解が生じるかも知れない、とサングラスを外して、
「オレ還暦だよ。」
と教えてあげました。さすがにビックリしていましたね。いい奴そうでした。
ところでこのゲレンデは人工のスキー場です。鳴沢村という安倍総理の別荘のあるあたりで、冬は寒過ぎて来ないようですが夏に良くゴルフをしているのはこの辺です。又、夏にゲレンデを使って初めのころの富士ロックをやったのもここです。もう少し先に上九一色村があって、かつてはオウムのサティアンがあったところですね。余談ですがあのサリン事件があった日にもここでスキーをやっていて、帰りに近くでラーメンを食べた時にニュースで見たのです。思わず『こんなことやったのはオウムだオウム。』等と喋っていましたが、今から考えるとヤバい場所でした。
又、鳴沢村には魔王天神社という不気味な名前の神社があって、今は寂れていますが戦前に大変参拝者が多かったそうです。実は徴兵除けに随分と御利益があったと言われていました。このあたりの若者はあまり甲種合格しなかったのです。その実態は地元に伝わる話ですと、この辺りは生産性が低く息子を兵隊に取られると労働力が無くなって困るため、子供が生まれると出生届を出し忘れていたフリをして4~5才多くサバ読みしてしまい、徴兵検査の時は体が小さくてハネられたからだ、と言うのですが・・・。しかしそれが噂になって徴兵除けの霊験あらたかと参拝者が大勢来た、本当かなあ。
昨年『来年はもう少しマトモなモノを書きます。』などと宣言して新年早々又下らないことを書いてしまった。
雪が舞いそうだったのでサッサと帰りましたが、富士山の綺麗だったこと。
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Categories:和の心 喜寿庵
中島 龍之
1/5/2015 | Permalink
スノーボード還暦初すべりとは若いですね。今年もよろしくお願いします。