Sonar Members Club No.36

月別: 2015年2月

小倉記 (これはどうしたことか編) 

2015 FEB 28 15:15:05 pm by 西 牟呂雄

 ちょっとした用事で又小倉に寄った。飲みに出てビックリしたが、3人一組で夜中まで繁華街を練り歩いていた機動隊員がすっかりいなくなっていた。どうも今年から原隊に帰ったらしい。かの武闘派K会のNO3まで逮捕されて『じぇったい何かあるばい。』と噂されたが何も起こらないので警戒態勢を解いたそうだ。去年までは駅の側のビジネスホテルの大浴場ではガタイのでかい強そうなのがワサワサ入ってきていたのが、一転ガラガラ。あれは長期出張で来ていた他県の機動隊員だったのだ。
 K会は堅気にはほとんど手を出さないからやられた方も訳アリなのが多いが、飲み屋に火炎瓶には実際怖かった。しかし、それによって繁華街に賑わいが戻ったとか寂れたとかはない(本当は機動隊員が回ってくれると安心ですがね)。
 別に僕は暴力団肯定論者じゃないですよ、断っておきますが。
 寒い小倉の立ち飲み屋でガバガバ飲んでオヤジギャグに酔い痴れてから、仲間とカラオケに興じた。以前であれば軍歌バーで歌に合わせて腕立て伏せやスクワットで暴れていたが、そこが潰れたので健全なカラオケルームに行った。結構広い部屋に通された。
 ところが例によって酒池地獄に浸かっている内に得体の知れない何かが脳内に分泌されてしまい、レパートリーでも何でもない石川さゆりの『天城越え』を字幕を見ながら英語に直訳するという離れ業ができた。その前にブルーハーツや忌野清志郎の激しいヤツを歌ったのが悪かったのか。この歌のオケにジャマイカ・ヴァージョンというのがあったので面白がって入れたところ、レゲェ風のアレンジで以外とノリが良かったのだ。『残り香』なんかどういう単語にしたのか全く覚えていないが、最後の『天城~越~え~』の所を『Go ahead AMAGI』とやったのだけは覚えている。おそらく歌詞をテキトーに概略だけ意訳して知りうる英単語を当てはめただけだろう。受けたことは受けたがもう一度やれ、と言われても多分できない。更にその場に素面のアメリカ人がいたら到底何を言っているのか分からなかったに違いない。
 その後はギトギトの豚骨ニンニク・ラーメンを食べて帰った。

 翌日ひどい二日酔いに見舞われたがあのレゲェのリズムだけが頭の中でガンガン鳴っていて、夕方まで水一滴も喉を通らなかった。
 空は相変わらずの厳しい曇天で玄界灘の上は真っ暗に近い。

という訳で中島さん、今回は博多までたどり着けませんでした。またよろしくお願いします❗️
 
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坂東三津五郎丈を偲ぶ

2015 FEB 27 12:12:57 pm by 西 牟呂雄

 

 大変な踊りの名手。二回程見たことがありますが、実に鮮やかで華があった人でした。この人の踊りは良く腰が座っていてシルエットが美しい。そして顎のしゃくり方が巧みでしたね。屋号は大和屋で玉三郎さんと同じです。
 三津五郎さんは現代劇に出ても上手いのですが、舞台ではカメラずれしたところが全く無い役者さん。基本がしっかりした安定感を感じさせました。
 ご冥福をお祈りします。

 膵臓ガンだったそうですが、これ切りにくいガンなんですよ。僕は25歳の時に急性膵臓炎というのをやっていて、40日くらい入院してます。物凄い痛みで入院した時はうずくまってました。自分では胃痙攣でも始まったのかと思っていましたが、お医者様も暫く原因が分からなかったらしく循環内科に入れられています。その内病名が決まった(決めるというか分かった)のですが、問診の時に『ストレスの溜まる仕事でして』とか『毎日遅くまで残業して土日も出ている』と訴える僕をせせら笑って「君、酒の飲みすぎだよ。ノ・ミ・ス・ギ!」と冷たく言われました。
 膵臓から分泌されるスイ液は胃液よりも強い強酸なので、障害が出て逆流すると膵臓が溶けてしまいます。その際に激痛が走るらしい。従って消化活動を起こさせない為に食事は一切ダメ、管を付けられて胃液も汲み上げます。胃液は1日1リットルくらい出ていました。人間サイホンにされたようで、恐ろしく辛気臭い思いをしました。そして正確に1日1kgづつ体重が落ちて日に日に体が小さくなるのが分かりました。
 痛みが引いた後に最初に聞いたのが『先生。いつから酒が飲めますか。』だったのですが、この時のお医者様の表情は、こんなバカは見たことない、といった滅多に見られない顔でしたね。

 三津五郎さんは先に亡くなった勘三郎さんと年も近いので、二人で歌舞伎を盛り上げようとしていました。
 関係ないですが、勘三郎さんが暁星中学校の時に九段中学に通っていたキャスターの安藤優子にラヴレターを渡したのは知る人ぞ知るエピソードです。

 ー合掌ー

九月花形歌舞伎

九月大歌舞伎 千穐楽

猿之助四十八撰


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還暦ボーダーが行く Ⅱ

2015 FEB 24 23:23:16 pm by 西 牟呂雄

 毎週還暦ボードを滑っていてちょっと飽きた。でもってスキーをしようかとレンタルした。分かってはいたが、今日のスキー板はかつて『カーヴィング・スキー』と言われていて先端とテールの接触面を広く取り『流れ易く』して小回りがすぐできるような構造になっている。確かに下半身の負担はボードよりも旧式スキーより楽だ。 だがオジサンは何か淋しい。横に滑りやすいが(スキーやっているのだから滑るのは当たり前なのだが)スキーの、ナンと言うかグッと前屈みになって足を踏みしめながら回転する、という感じがしないと棒立ちになったようでダメなんだなぁ。 長く使いにくいスキーで乗り込んでオジサンの根性を見せてやろう。冬に砕けたスキー靴で書いた旧式スキーに息子から借りた最新の靴でゲレンデに殴りこみを掛けた。現在の流行のスキー・ウェアじゃないのは勿論、実はガッチリ厚着をして上から米軍放出のジャンクショップで買った兵隊用のモス・グリーンの合羽を被った異様な恰好のオジサン・オリジナルだ。ブイブイ! マッ一見するとグリーンのてるてる坊主が突っ立っているみたいなんだが、周りからは無視された。

 ところでこの鳴沢の人工スキー場は富士山の北側、富士五湖巡りの途中にあるためスキーをやらない観光客というのがバスを仕立てて大勢来る。近年世界遺産にもなったことだし、今後益々増えていくものと思われる。初めて雪に触るらしい南方系若者グループ、親子連れ、がゲレンデの端っこに立って写真を撮ったりしている。聞こえて来るのはマンダリンに交じって台湾語、広東語(モー・マン・タイとか)、はたまたマレー語か。わざわざ買ったような目一杯寒冷地ファッションに身を固めているが、常夏の母国に帰国してからどうするのだろう。ここまで来るのはいくら円安とは言え経済的に余裕のあるレベルだろうから、概して行儀は悪くない。そのポイントは長居しないで通過するだけだからだろう。ガイドさんがついて『ここで写真を撮ってこうして食事をしなさい。出発は何時何分です。』とやるのじゃないか。昔のJALパックなんかもそうだったらしい。
 しかしこれが移民だったらそうはならない、生活がかかってるのだ。そうなると必然的に色々な議論が出て来る。パートナーだった中国系日本人(帰化済)が言っていたことを思い出す。「あんなのが大挙して押し寄せて来たら大変なことになるよ。」
 都会のど真ん中だったら混じって暮らすこともできるが、人口の少ない田舎町だったらコレひとたまりも無く占領されてコロニーになって税金だって取りづらい。ヨーロッパの苦悩を知るにつけ僕は移民慎重論者ではあります。これ差別と違います、どうすれば難民受け入れができるのか、共存できるのか。曽野綾子さんのコラムが問題になっているそうだが、今でさえ住み分けてもトラブルは多い。溶け込む努力をしてくれればいいのだが、意地を張られるとチト困る。

 話がとんだところに行ってしまった。

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真冬の喜寿庵

2015 FEB 22 14:14:30 pm by 西 牟呂雄

夕日の落ちるポイントが少し北にズレて来ている。真っ暗になるのが1時間は違う感じになった。今頃が一番寒いか。元々雪が積もることは少ないのだが、去年は雨樋が落ちかけるくらいの大雪に見舞われた。今年も降り積もり、今も芝生の上に残っている。放っておくと表面が凍ってしまい溶けにくくなってしまうが見えるところだけ雪かきをやると、積み上げた雪が春先まで残ってしまうので今年は止めた。
昼過ぎに外を眺めていたら何かが歩いている。あれは野良猫(時々いる)かな、と暫くみていたらどうも違う。ちゃんと隅のはじっこを四足歩行しているのだが、僕のガラス越しの視線に気がついたのか止まりこっちを見る仕草、猿だ!喜寿庵の前の桂川渓谷の向こう側に生息しているのを見たことはあるが、ついに川を越えて来たことになる。
農業への被害というのはあまり聞かないが、野生なので結構凶暴らしい。以前は近所が犬を飼っていて抑止効果があったようだが、その犬も死んでしまった。
僕はガラス越しに猿の視線を感じつつ、勝手口にこっそり廻った。猿に恨みも何もないが庭木でも折られたら堪らない。そっと戸をあけたつもりだが、敵は気配を察知して頭を低くしてこちらにを見ている。距離は結構あるが素手では不覚を取るかも知れない、雪掻きのシャベルを手にしようと動いた途端、脱兎(脱猿?)のごとく踵を返して渓谷の方に跳んでいった。凄い反射神経だな、と後を追っても追いつくもんじゃない。ザザーッと音がする方を見ると小さなシルエットが見えただけだった。
猿害は人間が猿の領域を侵食したからだというが過疎地だぞ、ここは。冬は食料が少ないので山を降りてくるのだろう。

『生き物ばんざい』という番組があってむかーし良く見ていた。最近では『ダーウィンが来た』を欠かさず見る。それでつくづき思うのは、もはや野生というものは史上最凶の霊長類である人類の保護無しには保存できないのでは無いだろうか。ほったらかしても繁殖する訳にはいかないレベルにまでいってしまったのが各エリアでの絶滅危惧種ではないのか。人類だって民族ごと消えさせられた歴史がある。いっそ人類は超都市化したエリアに閉じ込めて、地上は弱肉強食及び共生の法則にお任せしたほうがいいのでは。手塚治虫の火の鳥にそういうストーリーがあった、確かにあの人は天才だね。たかが喜寿庵の庭でモグラと戦い猿を追い払い笹を刈りながらも自然を思うのは小さいながらも矛盾している。この庭に宇宙があるとでも・・・・ねぇ。

突然の大雪で遭難か

和の心 (山梨の記録的大雪) 


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架空対談 菅官房長官 VS 田原総一郎

2015 FEB 20 23:23:13 pm by 西 牟呂雄

田原(以下 田)「官房長官。お忙しいところ有難う御座います。きょうは一つ、イラクの人質問題で本音の本音(常套句で賞味期限切れ)をお願いします。」
菅「こちらこそ、お手柔らかにお願いします。」
田「さて、今回の後藤さん湯川さんの殺害に至るIS問題ですが。政府の対応についてズバリ『特定秘密保護法』が効いてるなぁと思うわけです。今後検証されるんですが、何しろ政府関係者の口が固い。皆ビビッて菅さんの所に取材もできないと現場の記者が言っていますが。」
菅「田原さんは現場にはもう行かないんですか。」
田「いや、行きますよ。行きますけどもう突撃取材は体力的にも無理ですから。」
菅「総理も何度もおっしゃってますが、取材側が罰せられるなど有り得ません。自由な取材は民主主義の基本です。田原さんも来て下さいよ(笑)。」
田「しかし今回の一連の対応について政府の説明責任はあるでしょう。」
菅「それはキチンとやります。ただ交渉の最中に全て公開することは人質にされた方の安全まで考えるとできないことです。当然でしょう」
田「(発言を遮って)ちょっと待って。そんなこと言ってない。政府の説明責任を聞いたんですよ。」
菅「あるに決まってます。キチンとやると言ったじゃないですか。話は終わっていません。交渉の際に様々な国際インテリジェンスを使います。その機密部分を全て話したら国際的な信用を無くしますよ。そういう情報流出を法によって定めたのが特定秘密保護法です。」
田「分かりました。次に行きましょう。政府は昨年中に湯川さんや後藤さんがISに捕まったことは分かっていましたよね。」
菅「はい。」
田「それなのに安倍さん中東訪問に行っちゃった。それで2億ドルの支援を表明した。ISにすれば飛んで火に入る夏の虫だったんじゃないですか。政府・外務省の判断は甘かったんじゃないか。」
菅「外交計画というものは相互に失礼の無いように随分と前から準備されます。湯川さんは8月後藤さんは11月に拘束されたとされていますが、訪問日程はその時点では調整が済んでいました。それに田原さん、我々の支援はほとんど難民対策ですよ。言うところのシリアからの難民はヨルダン・トルコに十万人にもなるんですよ。その水、食料だけでも大変な金額ですよ。」
田「しかし結果としては伝統的に親日だったアラブを敵に回したでしょう。」
菅「アラブ・イスラムと一括りにするのは問題でしょう。ヨルダンもトルコも敵に回った訳ではない。ISは国家でもなんでもない。」
田「僕ぁ今度の件について日本人の中から『報復しろ』という声が全然上がらないことはいいことだと思うけれど、返って怖い。何が怖いかと言うとやはり安部政権では菅さんが世論をガッチリ抑えてるから。政府批判の声は上がってこない。」
菅「報道の規制なんてなにもありませんよ。現に田原さん今言いたいこと言ってるじゃないですか。何を持って抑えていると言われるのか分かりませんが、それは政府の方針が支持されているからじゃないですか。」
田「しかしその後の展開を見るとパスポートの返納なんて重大なる報道の自由への侵害ですよ。」
菅「国民の安全を管理する立場であれば言わざるを得ないでしょう。政府の対応の話をされていましたが、ビザ申請をしてまでシリアに入国して万が一のことがあった場合、それを容認した政府の責任が問われかねないんじゃないですか。」
田「そんなこと言ってない。自己責任で行くと言ってるんですよ。」
菅「それでは身代金を払うことにでもなったら、それは税金から払われるんですよ。まさかそれを国会で審議しろとでもおっしゃいますか。」
田「違う。それはテロに屈することになるじゃないですか。」
菅「テロに屈することは有り得ない。」
田「当たり前です。」
菅「それで。何か。」
田「・・・・。」

古い記憶

2015 FEB 19 19:19:15 pm by 西 牟呂雄

 最近分かりましたが、人間はどうしてもストーリーが必要なため、あまり理不尽な記憶はリセットしてしまい別のことを自分の『記憶』だと思い込んでいることがしばしばあるのだそうです。私なんかは気楽な人生を送っていますが、当然『マズイ!』となったことはあるので(あったはずで)どれぐらい正確に覚えているか心配になりました。

 喜寿庵の麓にある桂川で遊んでいた時に深みにハマったことがありました。周りに人がいたのか覚えていません。当時は水着で川遊びをするのが普通だったのですね、そういう子供を見なくなって幾星霜です。暫くバシャバシャともがいて流され咳き込んだ時の強い恐怖感、ひょっとしてこれで誰からも見られることなく消えてしまうのか、と怯えました。しかしあの学齢前に自分が死んでしまうかもしれないと思ったのかどうか。それこそ死の恐怖等と考えるのは後付けの刷り込みリセットではなのかとも思います。実はその直後にはそういう状態になったことを親から叱られるだろう、と反射的に感じて何も言わなかったことは良く覚えています。
 この頃までは人見知りでもありました。現在の友人達は、腐れ縁も含めて誰も信じないでしょうがそういう子供でした。

 そして小学生になってからは今日に至るキャラが確立された訳です。僕の通った小学校では当時既にイジメの様なものは日常の光景としてあったようです。イジメのきっかけはそれこそ毎日毎日無数に転がっていて、ほんのチョットのバランスが崩れるといつ自分が仲間外れにされるか分からないような一種異常な緊張感を感じたことは確かです。たかが小学生と言うなかれ。圧倒的な暴力によってクラスに君臨しているつもりの子も、影で『アイツは頭が悪い』と言われてしまうとその権威が地に落ちるような可愛げのカケラもない雰囲気で鍛えられ(堕落させられ)ました。SMCの中村兄とはその歪みまくった時代を辛くも潜り抜けた、しかし油断のならない同志でありました。共通の友人にS氏という天才的な適応能力を持ったツワモノがいて今でも時々飲みます。腕力があるわけでもない、勉強は大嫌いのS氏は、ああいえば上祐並みの弁舌と相手の弱みを一瞬にして見抜く抜群の慧眼で、常にメジャーにつくという王道を行っていたものです。そう言えばS氏は進学する際も、就職する時も、更に社会人生活を送るにおいてもその天才ぶりを遺憾なく発揮し我々を驚かせましたね。
 都会のマセた小学生達の奇怪な気質は更に驚くべき進化を遂げます。高学年にもなれば女の子のことが気になりだす年です。恋愛感情も芽生えようというカワイラシい心情を、唾棄すべき堕落だ、と主張する一部の過激派が台頭しました。日常に会話をする微笑ましい行為を『談笑する』と定義し、『談笑禁止法』を勝手に成立させた挙句、クラス横断的に『談笑禁止法励行委員会』を設置したのでした。もっとも任命も選挙もなく、面白がったガキ共が自主的に支部長を名乗っただけなのですが。この校内イスラム国のような運動はさすがにバカバカしくて下火にはなりましたが、一部ははるか後年まで残ったようです。
 そんな毎日を送っていたある下校時に、何故か放課後の屋上で沈んでいく夕日をジーッと見ていた記憶があります。一人でした。この時の心境を『孤独感』とか言ってしまうと恐らくそれは後付けの記憶のすり替えになるのでしょう。私はただ夕日がビルの角をかすめていくのが可視化できることに『地球が自転している』と気が付き感動したのです。
 後年、何回か夕日を見ると、何故か友達も誰もいない屋上に一人きりになり夕日を眺めたその日を強く自覚したものです。それが悲しかったのか寂しかったのかは既に様々にリセットされてしまっているのでしょう。ただ、いつも『アッこの光景!子供の頃にも見ていたな。』と思うのです。何か美しく飾っているのでしょう、思い出せない。

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狼少年ケン

第一次世界大戦を考える オマケⅣ 

2015 FEB 18 20:20:26 pm by 西 牟呂雄

 第一次世界大戦について、日本が青島のドイツ軍を攻撃・占領してドイツ軍捕虜が松山に収容され、国内で初めて第九の合唱が歌われたりパンを焼いたりしていたことは一度書いた。バームクーヘンの『ユーハイム』やハムの『ローマイヤ』等のルーツはこの時のドイツ人捕虜が解放後始めたものとして知られる。
 ところでその時戦場となった大陸は既に中華民国であった。中華民国は正式には中立を表明してはいたが日英独が交戦状態になってしまったため(いい迷惑ではあったろうが)交戦地域の設定やら青島関税権の帰属やらの面で散々モメることになる。
 この中華民国という国は初めから最後まで(台湾を占拠するまで)実にまとまりのない奇怪な国家で、国父孫文は健在でありながらも大統領は袁世凱で、既に軍閥も跋扈していた。誰と交渉していいやら、合意できても実施されないやらで、ついに1915年1月の二十一箇条要求になる。あまり頂けないが当時の国内の報道では『堪忍袋の緒が切れた』となっている。しかしこれがドサクサまぎれに作った感が拭えない言いたい放題の代物ではあるが、一方で世界戦争の帰結も分からない為ますます複雑な交渉になった。日中ともドイツが勝ったら誰が負担するか等の保険をかけたというわけだ。
 袁世凱は伝統的な『夷転がし』のあの手この手を使い、秘密条項をリークするなどして民意を煽り抵抗運動が起こる(起こす?)。終いには手に負えなくなって逆に最後通牒を突きつけて欲しいと言ったとか言わなかったとか。まがりなりにも戦時にも拘らず延々四ヶ月かけて十六箇条を締結する。この話が不思議なのはその時点で門戸開放を声高に主張していた米国すら「中国側は、譲歩すると約束したよりも要求がはるかに少なかったので、最後通牒の寛大さに驚いた。」(反日で有名な駐北京公使ポール・ラインシュの国務省への報告)と言っていることである。
 ともあれ1916年に袁世凱が死亡し、段祺瑞の政権ができると1917年にはアメリカにそそのかされるようにドイツに宣戦布告し、ヴェルサイユ条約を批准こそしなかったが和平会議には出ている。
 その後シベリア出兵とか満州界隈のよろしくない方向に向かってしまったのはご承知の通り。悪名高い関東軍がわずか6個大隊と1個師団で旅順に設置されたのが、大戦後の1919年のことだった。

 さーて100年前のこの状況を見るにつけ、大陸がグチャグチャになることが分かっていながら深入りするのは愚の骨頂と言えるのではないだろうか。『太平洋を分けて管理しないか』とは冗談にしても言う方も言う方だが聞き捨てならない話ではある。万が一そうにでもなったら邪魔なのは世界にただ1国。官民挙げての反日プロパガンダが大きくなってきたら、脇を締めて裏で手を結ばれる前に後ろを固めるとか、一枚上手の外交力を持つべきと思われる。又、集団的自衛権の話もその中でしっかり詰める。
 少し前の日系企業打ち壊しデモなんか明らかな官製であり、マイク・ホンダのイアンフ・キャンペーンも同様の(コリア側面サポートの)威嚇ではないか。領海侵犯なんかいつの間にか日常茶飯事にされてきている。こういうときこそ身を引き締め同盟を強化する。
 アラブの春はどっかに行き目に余るISの傍若無人振り。ヨーロッパはテロだらけ。大国の首脳が四人で合意してもウクライナの銃声は止むかどうか。一人だけ『私達は平和で後知らない』では済まされないと気を揉んでいる。
 
 友好は目的ではなく結果だ

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ホンダのF1復帰は楽しみだ

2015 FEB 16 21:21:58 pm by 西 牟呂雄

 アイルトン・セナとアラン・プロストがワン・トゥー・フィニッシュを決めていたバブルの真っ最中から夢中で見ていたが、リーマン・ショックがとどめになってにホンダはF1から撤退してしまい、いつしか興味が薄れ年も取り暫くは観戦しなくなった。しかし今年は又楽しめそうだ。ホンダが久しぶりにマクラーレンと組んで参戦する。こうこなくっちゃ。F1カーのスペックが多少変わって、環境技術の先端応用という大義名分も絡んで出やすくなったのだろう。
 かつてホンダはウィリアムス、ロータス、ティレルにもエンジンを供給した人気ブランド。中島選手を初め日本人ドライバーも結構活躍した(僕は笑っていない中島選手はゴルゴ13に似ているな、と思ったが)。今回はアロンソとバトンという楽しみな二人で大いに活躍してもらいたい。
 工学的な最先端というものは優れて軍事関連がまず初めに牽引する。敵の2倍の性能が得られるなら、3倍のコストを掛けても勝利する、という原則があるからだ。従って上限もあるのだが、インセンテイヴとスピードは民間とはケタが違い実用化も早い。これらの技術は10年程度を経て陳腐化が進んだ頃、量産のプロセスも開発されてコストが下がり民間への転用もできるようになる。航空機なんかは特にそうだし、コンピューターも初めは暗号解読のための秘密計算機だった。F1は武器ではないが、先端技術を磨き続けるという意味は大いにある。副次的にはブランドの宣伝効果もバカにならない。ただし開発コスト・チーム維持に巨額な金がかかり、経営として判断の難しいところだったのは想像に難くない。
 いすれにせよチームを維持することやレースの開催も含めて実力がなければ無理。今年は某隣国でF1開催が中止になった。あの国の冬季オリンピックは大丈夫だろうか。
 
 ところで前から知りたかったのだがエンジンを供給するホンダの『総監督』というポジションの人がいる。あれはレースをやっている間何をしているのだろうか。それから一度ピット・クルーになってみたい。あのタイヤを替える係の手際の良さに感心するのだが、ああいう仕事は何か資格があるのだろうか。いかにもスペシャリストという見た目であこがれている。どなたか教えていただけないでしょうか。

 ソチ・オリンピックのボブスレーの選手たちが『マシンの性能が違いすぎる。勝負にならない。』とこぼしていた。競技の伝統や愛好者の数が違いすぎるので無理もない。相手のマシンはフェラーリやBMBが造っているのだ。氷のF1と言われる所以である。現在「下町ボブスレー」というプロジェクトで大田区の町工場がヴォランタリーにマシンを開発しているそうだが、いかんせん二人乗りまで。海のF1、アメリカズカップもスキッパーの腕よりも船のパフォーマンスが勝敗を分ける。所詮カネの問題と言ってしまえば身も蓋もないから、下町ボブスレーには大いに頑張って欲しいところだ。

 『景気』というのは気のものだから、贅沢な物が売れたり設備投資がしたくなってくると随分違う。人はケチのままで企業が貯めこむだけでは景気は上がらない。もっとも直近の各種数字では多少の実感が出てきたようで結構な事この上ないが、こういうことがもっとあれば効いてくる。第三の矢もガンガン放って、復興とお祭り騒ぎの両輪が我等の老後を盛り上げて頂きたいもんだ。

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贋作は楽し Ⅱ

2015 FEB 14 22:22:23 pm by 西 牟呂雄

 ニセモノの話で思い出したことがある。随分前のことだが、薄いブルーの盤面のローレックスを腕に巻いていたことがあった。あるヤクザなダチ公(本物じゃなくただの不良)が『ケンチャンこれやるよ。』とくれたのだった。初めから贋物なのは分かっていて、どうやら京都の時計屋がたくさん作ったのだがすぐに足が付いて倒産したとのこと、東京に10個程流れた代物らしかった。
 しかし見た目がきれいなのと、別に見せびらかす趣味はないので長いこと愛用していたらある日壊れて止まってしまった。当時まだ独身で身の廻りのことなんか何もやらなかった(親元から通勤していた)から、母親に『これ直してくれない、又使うから。』と言ってほったらかし一週間ぐらい忘れた。
 ある日酔っ払ってか帰宅したら、鬼のような形相で怒っていた。
「何て物をしてるの!この恥知らず!」
 ことの経緯はこうだ。母親も世間知らずに毛が生えたようなものだから、どうしていいか良く分からないままに某デパートのローレックス売り場に持ち込んだ。売り場の人は一目で見抜き『奥様(誰にでも言うが)これは大変なニセモノです。ご主人が騙されてます。一体どこでお求めになられたのですか。』と言われ、コトの経緯を知らされていなかったので絶句した。『息子が誰かから貰った様で。』とか何とか誤魔化そうとしたらしいが、相手はローレックスの出店だ。ブランド・イメージを守るために破棄することを強く勧められたそうだ。こういうときに僕の母親は一辺に思考回路が回る人で『恥をかかされた⇒バカにされた⇒犯罪の片棒を担がされた⇒息子が犯罪に手を貸している』まで飛躍するに至っていきなり激怒したのだ。はるか後年にオレオレ詐欺の電話が掛かってきて、勿論引っかかりはしなかったが、一瞬僕の差し金じゃないかと深読みしたこともあったくらいだ。結局この時計は深夜サウナかどこかで失くしてしまった。

 しかし一時期の中国における贋ブランド時計は凄かった。大都市のさるところは堂々とニセモノであることをはっきりさせてバカバカ売っていた。そして買うほうも買う方で、分かった上で更に値引き交渉をしていた。中国人の友人が自慢していたがザッとこうだ。
『ほらお客さんあなたがしている本物と区別つかないでしょ。値段十分の一だよ。』
『何言ってんだ。これはこの前上海でその半値で買ったニセモンだよ。よし、その値段で3個買うから。』
『メイヨゥ!そんなことしてアンタ儲けるつもりだろ。』
で結局そいつはその値段で3個買い、全部日本人に売った。どっちもどっちなのだ、無論消費税なんか誰も払わない。ニセモノだとはっきり謳ってそれが分かっている人が買っている限り、いくら中国でも何かの法には触れるのだろうが当人同士に犯罪意識は全くない。今でも盛大にやっているのだろうか。アノ頃はシンガポールでも香港でも沢山売っていたものだった。

 一方、浅草なんかで売っている日の丸に神風などと書いた鉢巻なんかもニセと言えばニセですな。良く観光に来た外人が買って行くのだが、今でもあれを日本では売っていて日本人はみんなあの鉢巻で気合を入れている、などと土産話をされてもねぇ。そういう心配なら他にも色々ハリウッド映画に散見される。ワイルド・スピード3とかベスト・キッドに出てくるステレオタイプの日本は実物とはかけ離れているし、キル・ビルに至っては今時いくらヤクザでもあんなに大ぴらに日本刀を持って歩いている訳がない。
 又、僕は途上国の辺境に行くことがあるが、なるべく礼儀正しく振舞うようにしてナショナル・イメージを損なわないように勤めている。しかしそれってニセモノの僕なんだよなぁ。

贋作は楽し

贋作は楽し Ⅲ


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死闘(ヴァーチャル)十番勝負 そのⅡ(6から10)

2015 FEB 13 21:21:56 pm by 西 牟呂雄

其の六 毛沢東 VS リンカーン
毛「初めて会った気がしない。凄いヒゲだな。」
リ「我々は共通したことをやっているのを知っているか。」
毛「何のことか。あなたの国の歴史は我が中国の二十分の一しかないはずであるが。」
リ「それではあなた二十人分の独裁者がいたのかね、おっと失礼。」
毛「ファハハ。少なく見積もっても百人じゃ足らんな。」
リ「共通しているのは互いに国を真っ二つに割って国の歴史上最大の犠牲者を出したことだが。」
毛「我が国はもっと増やすことも可能だろう。別にあれで最後とは限らない。」
リ「国中戦乱に陥れた時の人数と大躍進運動で飢え死にした分を入れてだぞ。ヒトケタ多いようだが何とも思わんのか。」
毛「考えたこともない。そうは言われるが、都市部の無差別殺戮は南北戦争で散々あなたもやったではないか。そもそも我々はアングロサクソンに人道的に扱われたとも思っていないが。」
リ「一つ教えよう。あなたの国名の『人民』は私の演説にもある『ピープル』の日本語訳、『共和』はわがリパブリックのやはり日本語訳だったのをご存じないか。」
毛「知ったことではない。元々そんな概念は我が国には無いし、これからもない。ついでにお教えするが『デモクラシー』などは我が国では成り立つはずもない。選挙みたいな甘っちょろい統治では中国は治められない。」
リ「どうもマルクス主義も分かっていないように見えるが。」
毛「奴隷を使っていたあなた方に言われたくもない。あなたが解放したといっても一部に過ぎない。あなたの国も矛盾に満ちている。我が矛盾論でいうところの目先の小さい矛盾に教条的に対応したに過ぎない。」
リ「時間の無駄のようだ。失礼する。」
☆弁護士出身で自信満々論争に臨んだリンカーンも毛沢東のあまりの訳のわかんなさにギブアップして毛沢東の勝ち。

其の七 バンパイア VS ゾンビ
 動きの鈍いゾンビなどものの数ではないとばかりにバンパイアはゾンビの首に噛みつくが、ゾンビには血液が無いためバンパイアがやる気を無くす。更に噛み付いたことでヴァンパイアがゾンビ化してしまい、その由緒ある血統は絶滅する。 
☆ゾンビの勝ち。
 
其の八 ルイ十四世 VS 二出川審判
ルイ「朕は国家なり。」
二出川「オレがルール・ブックだ。」
☆いくら何でもルイ十四世の勝ち。 

其の九 聖徳太子 VS 張作霖
太子「日出処天子至書日没処天子無恙云々。」
張「オレは字が読めないんだよ。」
☆どちらも伝聞の域を超えないので引き分け。 

其の十 鳩山由紀夫 VS 菅直人
鳩「今回の政府の対応には友愛のカケラもない。断じて許せません。」
菅「私はやっぱりイスラム国に独立した国家としての付き合いをすべきだと思います。」
鳩「そんなこと言ってもイスラム国なんてポツダム宣言にも書いてないし国連にも加盟してません。」
菅「ですから!私が特使で現地に行くと言ったんです。あなたはイランまで呼ばれもしないのに行ったでしょう。」
鳩「私は英語で修士論文を書いたんですよ。あなたは麻雀点数計算機の特許を持ってるだけでしょう。トラスト・ミーってオバマに言いました。」
菅「私だって役にも立たないのに福島までヘリで行きました!東電幹部も怒鳴りつけたんですよ。」
鳩「あれは役に立たないどころか現場の足を引っ張っただけでしょ。友愛すればよかったんですよ。」
菅「そんな!友愛なら尖閣で体当たりした漁船にさんざんしたじゃないですか。」
鳩「あの友愛はあなたじゃない。あなたいなかったでしょあの時。仙谷官房長官じゃないですか。」
菅「バカヤローッ、仙谷なんかナンボのもんじゃ。大体あんたは小沢にペコペコしやがって。」
鳩「あんただってヘーコラしてたじゃないか。」
菅「高校(小石川高校)の先輩だから頭あがんないんだろ。『どうか検察とお戦いください。』って敬語の使い方も変だ。」
鳩「育ちが良すぎて敬語は使われる側だった。比例の最下位で当選して偉そうにするな。」
菅「そっちは選挙に出ることもできなかったじゃないか。一度あんたの弟がオレの選挙区で出たけどアッサリ落してやった。」
鳩「あれはあんたの出しゃばり女房にしてやられた、と言っていた。」
菅「あんたのカミサンだっていいかげんなこと喋っちゃあ物議をかもしてるだろう。」
☆引き分けとしか言いようがない。よく共同代表でやれたもんだ。 

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死闘(ヴァーチャル)十番勝負 そのⅡ(1から5)

オリンピックへの道 (死闘10番勝負 その1から5)

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