鮮烈 馬庭念流 Ⅲ
2018 AUG 14 20:20:15 pm by 西 牟呂雄
Y県のY湖畔の合宿所にやってきた。年度が変わっていないので先輩はいないし新入生はまだだから新三年生と新二年生だけの春合宿である。
新主将のクロカワは最初から殺気立っていた。バラベに負けたんだから無理も無いが、朝練のランニングや素振りからして常軌を逸したノルマを言い出して師範に止められた。
そして掛り稽古ではクロカワとシバタとタカヤマが3人がかりでバラベに襲い掛かった。ところが例の田吾作スタイルのバラベは打ち込みを受けまくり全てしのいだ。そしてたまに打ち返すのは首筋とか内股といったあたり、そして鍔迫り合いに執着する。通常の剣道の試合では反則になりかねない悪い太刀筋なのは相変わらずだ。
僕も近くでやっていたからズッと見た訳ではないが、稽古が終わって面を外した時はむしろクロカワ達の方が息が上がっている。
練習が終わって飯を食べたりする時や自由時間になると、クロカワ達は固まっていて僕はなぜか全く空気を読めないバラベと一緒にいることになってしまう。すっかり反主流派扱いされて実に居心地がよろしくない。
ところが翌日になるとこの前の決闘でバラベにコテンパンにやられたレギュラーのイシイとノムラがこちらの方に加わってきた。新二年生の中にもこちらの陣営にスリ寄ってくる者が出てきてなんだか部が真っ二つに割れたようになってしまった。主将クロカワは表情が強張ってきて、ますます(特に)僕に対して刺々しくなってくる。
三日目になると体力をすり減らして腕も足も感覚が鈍ってきて全員ヨロヨロ状態、食欲も落ちて皆の機嫌は悪~くなっていった。そして・・・・。
四日目の晩の自由時間にクロカワがバラベと僕を呼び出した。師範の個室に来い、と申し入れてきたのだ。一体何が起こるのか、僕達の陣営は後からゾロゾロとついてくると、主流派の方も固まってやってきて師範の部屋の前で鉢合わせした。
『よし、行こう』
とクロカワが促すので三人で中に入った。中にはハナフサ師範(大学法学部教授)がいた。
『オッ、来たな。まあ座れ』
僕たちは神妙に正座した。
『クロカワ。部内の雰囲気はよくないな』
『ザスッ。バラベの反則まがいの太刀筋が問題になって部が割れています』
『エッ、反則なの。どこが』
『フム。バラベ、君は確かフランスでお父さんと型の稽古ばかりしていたそうだな』
『ザスッ』
『実戦剣術の馬庭念流だ。君が首筋を撃ったり内股を祓うのは動脈を狙っていることになる。真剣だったら出血多量で即死するわけだ』
当のバラベも含めて一同ギョッとした。
『バラベ。気づかずに流派を継承しているのはしょうがないとして、馬庭念流正統は他流試合は厳禁しているのを知らないだろう』
『ザスッ知りませんでした』
『君は確かに強い。だが他の部員が見たことも無い型に驚いていることもある。そしてここはE高校剣道部で馬庭念流の道場じゃない。バラベは型を直すところから始めなければここにはいられないよ』
『・・・・ザ・・ス』
合宿残りの二日間、師範はバラベに付きっ切りの別メニューで足捌きから教え直した。なぜかバラベは嬉々として稽古に励んでいて、チョット前の高校部活動としてはどうかと思われる派閥対立のようなものはなくなった。まるで漫画のような終わりかたで合宿は平和に打ち上げられたのだった。
異変は新学期初日に発覚した。三年進級時のクラス替えでわかったのだがバラベは落ちていて再度二年生をやることになっているではないか。
クロカワが僕のところに来た。
『オイ、バラベは落ちたらしいな』
『うん。ま~オレの見る限り相当な数の赤点みたいだったけどまさか落ちるとは思わなかった』
『それがさ、こんなもの持ってきたんだ。直接会えなかったけど机の上に置いてあった』
見れば退部届ではないか。
『何だよこれ。せっかく型も直されて部の方もいい雰囲気になりかけたところなのに』
『オレもそう思ってた矢先だ。びっくりしたよ』
『とにかく会いに行こうぜ』
『うん。落ちると元のクラスだからな』
この前までいたクラスに行くとちょうど奴が教室を出るところで鉢合わせたがアッと同時に声を上げた。奴はフェンシングの面を持って歩いていた。
『おい、どうしたんだ』
奴はやや恥ずかしそうに言った。
『いや面目ない。リドブル・・・って落ちちゃった。試験の問題だって半分はわかんないからね』
『それは、まぁ、がんばれよ、って退部するのか』
『だって下級生だったのと一緒にされるのやだもん』
『もったいないだろう。合宿がんばったじゃないか。それでその面は何のまねだ』
『あっこれ。フェンシングのマスクだよ』
『そんなもん持ってまさかフェンシングをやるのか』
『うん。隣の席のイシカワ君に誘われてさ。フェンシング部は今四人しかいなくて二年生はイシカワ君だけなんだって』
『だってお前フランスにいたときもブシドゥしかやってないだろ。できんのかよ』
『それがイシカワ君は僕たちの決闘を見てたらしいよ。それでね、僕の足の捌きと後ろへの跳び方がフェンシングに向いてるそうだよ。掛け声もルールもフランス語なんだよ』
『あのガニ股の構えがか』
『だけどあんなにやりたがってた「みんなでブシドゥ」はどうなったんだ』
『それが「フェンシングにもキシドウがある」って言うんだよ。似たようなもんなんだって。でも「キシドウ」ってどう書くのか知ってる?』
『・・・・』
『・・・・まっがんばれよ。それより少し漢字勉強しろ。また落ちたら退学になるぞ』
クロカワはあんなに嫌っていたのにやけに寂しそうだった。
だが学年も部活も違ってしまってすっかりバラベとも話さなくなった。しかし風の便りに、秋のインターハイの県大会で決勝まで行ったらしい。やはり奴はその手の達人だったのだろうか。
そして僕たちはそのままE学園の大学に進学するのだが、どうやら奴はまた落第して姿を消してしまい音信も途絶えてしまった。日本にはいないかもしれない。
僕とクロカワは大学部でも体育会剣道部に入り、道場ではこっそりと時々あの変な構えで『イ~~~ヤ~~~!』とやっている。そしてクロカワはいつも懐かしそうに言うのだ。
『風みたいな奴だったね』
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