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そこにいた男 Ⅱ

2020 MAY 20 21:21:57 pm by 西 牟呂雄

 某警察署の取調室に向かう刑事が話していた。
「黒川、その話は本当か」
「デカ長、本当です。私が取り調べているときに突然言い出したのです。出井主任も一緒でした」
「自分が原部穣で死んだのは女房の浮気相手だって?いくらなんでもおかしいじゃないか」
「ですから妻に会わせろ会わせろの一点張りでした。自分は椎野なんて男じゃない、とも」
「心神喪失による減刑を狙ってんだろ。オレがバケの皮を剥いでやる」
「それが原部で喋る話はミョーにつじつまが合うんですよ。椎野だったときは本当に記憶にないように見えます」
「オマエも青い。まあ見てろって。よし、入るぞ。(ドアを開けてドカドカと入る)椎野茂だな!」
『いえ、きのうもそちらの刑事さんに言いましたが僕は原部穣です、信じてください』
「なんだ、まだやってんのか。その原部さんはもう亡くなってるんだよ。原部さんなら生まれはいつでどこなんだ」
『はい、平成✖✖年▽月〇〇日、東京都千代田区で生まれました』
「わかったわかった。だったら小学校2年の時のケガの話してくれる」
『えっ、ケガ?』
「そうだよ。その話してよ」
『・・・・』
「どうした。覚えてない?じゃあこれはどうだ、高校の時にバンド組んでたよね。よくライブハウスに出てたったって聞いたけどそこのハウスの名前教えて」
『ライヴ・・・ですか・・・』
「ほら見ろ。お前は椎野茂だろ!記憶障害のフリなんかしてるんじゃない!」
『いや、本当です。僕は原部穣です!信じてください!椎野なんて名前じゃありません、ワー!』
「泣いたってダメだ!この野郎」

「まったくしぶとい野朗だぜ。一日中『僕は原部ユズルです』の一点張りだ。きょうこそ暴きたおしてやる」
「ですがどうも様子が変ですよ。あの取り乱し方」
「だからどうした。黒川、オマエも3年目だろ。あの程度のガキなんざ一捻りだ。(バーンッとドアを開けて)オウッ、椎野。きょうこそ本当の事を吐けよ!」
『おはようございます。エート刑事さん』
「ほう、原部だってのはもう諦めたのか」
『何の話ですか』
「きのう散々手を焼かせたじゃないか」
『刑事さんにお目にかかるのはきょうが初めてですが』
「バカ言え。昨日会ってるだろう」
『きのうは出井主任って方とそこにいる黒川刑事さんです』
「なにー、今度はそう来たか。よーし、オレはデカ長の柴田だ。早速始めるぞ、おい、椎野。〇月✖✖日の夜どこにいた」
『何度も出井さんにいいましたけど勤め先の◇◇旅館にいたはずです。僕は手帳も持ってないし日記をつけてもいませんから、旅館の人に確認してください』
「それは聞き込みしてるさ。だけどその日の深夜に▽▽区の高層マンション街からあんたそっくりの男がタクシーに乗ってるんだ。そしてその日のそのあたりで人が死んでる」
『原部という人なんでしょう。僕もニュースで知ってます。その時公開されたドライヴ・レコーダーに映っている男はケガのあたりが僕にそっくりです。それで聴取されているんでしょうが私じゃありませんよ』
「ところが困ったことにあんたにゃアリバイがないんだ。旅館の同僚はその日はあんたは帰ってこなかったと証言している」
『えっ、そんなバカな・・・』
「どこに行ったかさえ話してくれれば疑いは全て晴れるんだがな」
『疑いって、まさか原部という方を僕ガ何かしたというのですか』
「そこは調べている最中だが、事件性はあるとにらんでる」
『でも週刊誌やワイド・ショウではその人の奥さんが浮気してたって言ってますよ』
「その相手があんたでノコノコやってきたところで原部さんとトラブルになったとすればどうかな」
『私もどこにいたか記憶が定かではありませんが、トラブルだのタクシーに乗ったことだの一切記憶にありません。私のアリバイより原部さんの死因は何なのですか』
「それはおとといお前が原部の時に、追っかけられた後にガード・レールに頭を打ったと言ったじゃないか。この黒川と出井が聞いてるぞ」
『はぁ、私が原部の時って何ですか。その方が亡くなったんでしょう』
「きのうその口で原部だとほざきやがったじゃないか!ふざけるな!テメー、オレをおちょくってんのか」
「デカ長、落ち着いてください、あばれないで」
「黒川ウルセー!」

「昨日はデカ長キレてましたよ。きょうはやめてください。頼みますよ」
「出井も来るんだろうな。お前一人じゃ事の信憑性が確保できるかどうか分からんからな」
「主任はもう行きましたよ。ほら、あそこにおられます」
「オッ、おーい出井」
「デカ長。おはようございます」
「済まんが付き合ってくれ」
「何だか苦戦してるそうですね」
「参ったよ。見たこともない嘘つき野郎だ。さて、始めるか(ドアをバーンと開けて)。オウ!きょうのテメーは誰なんだ」
『(下を向いて)おはようございます。言ったじゃないですか、僕は原部穣ですよ』
「ホウ、そうか。死んだ男が蘇ったか」
『だからー。僕に飛び掛ってきた人は死んだかもしれませんが、その人は知らない人でした。僕の家で待ち伏せでもしてたんでしょう』
「その後タクシーに乗ったよな。自宅マンション前から。そこからどこに行ったんだ」
『乗りました。でも飲んだ時によくあるんですがどこに行ったかさっぱり覚えてません』
「そうかよ。オレは知ってるぜ。✖✖のホテルというか旅館だ」
『そんな旅館なんか行ってません。何しに僕が行くんですか』
「バカ!そこで働いてんだろうが」
『違いますよ。僕は〇〇商事の社員です』
「へー、そうかい。だったらその〇〇商事で何してるんだ」
『資材調達部の機材課設備係です』
「・・・・それは死んだ原部さんの部署だ!」
『だから僕が原部ですってば』
「だったら聞くが、その晩の後から何日出勤したんだ」
『・・・・それは・・・』
「ホレ見ろこのヤロー!」
「デカ長、落ち着いて。さっき君酔うと覚えてないって言ったな」
『はあ』
「まさかと思うがなんか薬やってないだろうな」
『くすり・・・って飲んでますよ』
「やっぱりそっちかテメーはよォ!」
「デカ長、待ってください。君何飲んでんの」
『あの、酒飲むとかえって頭が冴えて眠れないもんで』
「何を飲むんだ」
『レ〇〇〇ミンです』
「なんだそりゃー!脱法ドラッグかぁ!」
「デカ長、違いますよ。チョッ、チョット来てください」
「バカヤロウ!今半落ちしたじゃねーか!」
「黒川!デカ長を抑えろ」

「デカ長、あいつはシロですよ」
「寝ぼけるんじゃねぇ。真っ黒だ」
「あいつが飲んでるレ〇〇〇ミンは睡眠導入剤です」
「それがどうした」
「過度の飲酒とともに服用すると解離性譫妄(せんもう)といって意識障害を起こすんです」
「だからってシロにゃならんだろうが」
「デカ長、鑑識から上がって来た結果もガイシャの遺体に格闘の後はなく、恐らく自分で転んだ打ち所が悪かったのだろう、とのことです」
「だったら何で自分は原部だって嘘を言い張るんだ」
「ガイシャの、いや被害者じゃなさそうなんでホトケですね。ホトケの奥さんが出合い系か何かで知り合た男を自宅に上げて浮気をしてたのは報道だけじゃなくてこっちもウラがとれてます。その相手として現れたのが譫妄でヘロヘロになった椎野でしょう。寝物語にダンナのことを聞かされているうちに自分が原部だと思い込んだんですよ」
「そんなバカな。思い込んで普段は旅館の番頭をやってたのか」
「旅館にいる時は椎野なんです。解離性多重人格なんです」
「それじゃ何か、あいつの頭の中では死んだのは誰だってことになってるんだ」
「突然現れた第三者で奥さんの浮気相手だとでも思ってるんでしょう。もっとも椎野の時はこの件と無関係という認識でしょうが」
「冗談じゃない。オレのカンに狂いはない。あいつがホシだ」
「アイツって誰ですか。椎野はホトケに指一本触れてませんよ。原部で証言した内容は鑑識の結果と一致して蓋然性があります」
「それじゃ原部だろう」
「原部はホトケでしょう」
「うるさい!どっちでもいい!こうなったらトコトン追い詰めてやる」
「そんなことしたら逆提訴されることだってありますよ」
「じゃ何か、そのナントカ障害のガイキチを釈放して野放しにしろってのか」
「まずは精神鑑定を受けさせるんですね」
「知ったことか。よーし、ぶっ殺してやる」
「本気ですか。イヤちょっと待ってください」
「デカ長落ち着いてください。どうしたんですか拳銃なんか出して」
「抵抗するな、テメー等も弾き倒すぞー!」
「やめてください!」「拳銃しまってください!」
「やい、出井!黒川!公務執行妨害で逮捕するぞー」

「黒川、デカ長がヤバい。狂ってからじゃ遅い」
「出井主任。わかりました。僕が見張ってますから、上の方に手を回して本件から外してください」
「わかった。いやそれどころじゃないかもしれん。先にデカ長の精神鑑定だな。取り調べ中のデカ長の識別能力を超えてしまったようだ」

そこにいた男 Ⅰ 

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