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成瀬巳喜男の『銀座化粧』を観る

2017 JAN 6 2:02:28 am by 野村 和寿

『銀座化粧』成瀬巳喜男監督

1951年公開当時、田中絹代(41歳)、香川京子(19歳)、成瀬巳喜男監督(45歳)だった。

小津安二郎(1903-1963年)と並んで、昭和の名匠の一人に、成瀬巳喜男(1905-1969年)がいます。小津が、ノーブルな古くからの伝統的な肌合いを求めたのに対し、成瀬は、登場人物1人1人の個性に優しい眼差しで臨んだ監督であるとボクは思っています。ストーリーだけに終わる現代の映画とはずいぶん違います。まずは、全体の感じ、雰囲気こそ大事という姿勢なのです。

『銀座化粧』は、昭和26年に成瀬が新東宝で撮ったわずか87分の佳作です。ボクは、一度観たときは、いったいどこが面白いのか皆目見当が付きませんでした。その主たる理由は、公開当時の昭和26年頃の銀座の風俗があまりにも今とかけ離れていて、別世界の出来事のようでシンパシイが湧かずじまいだったこと、そしてなんのストーリーもないという、普段はどうしてもストーリーを追いかけている我が身にとっては、まことにつらい映画だったのですが、再見するにおよび、随分と感じ方が異なりました。この映画を好きになっていく自分がいました。

本作には、とにかくたくさんの子どもたちが登場します。チンドン屋や、紙芝居屋に群がる子どもたち、歌いながら登校する通学途上の子どもたち、バーにやってくる美空ひばりのような子役歌手、花売りの少女、その数は、ベビー・ブーマー正にそのもので、今よりも子どもの数がずっと多く、街のあちこちで子どもを見かけることができます。

新東宝『銀座化粧』(1951年公開)

新東宝『銀座化粧』(1951年公開)写真左上の青年・石川京助役は、堀雄二は。後年、TBSテレビの「7人の刑事」の捜査一課長役だった役者の若き日の姿です。

 

銀座の近く、今の中央区新富町と思われる、湾岸沿いには、遠くに聖路加病院の教会堂の塔がみられ、子どもたちの遊び場である空き地がたくさんあり、台場への漁も行われていました。子どもたちはどのシーンでもみんな元気で、けなげで素直なのです。

主人公津路雪子(田中絹代)の息子春雄(子役・西久保好汎)も、明日、上野動物園に連れて行ってもらえる約束を反故にされたり、無断で、お台場へ漁師にくっついて、魚をもらってきて、親の雪子をはじめ周囲の大人たちを心配させたりします。しかし夜母親が不在でも自分で自分の布団を敷いて就寝するといういい子でもあります。

津路雪子は、今で言えばシングル・マザーの走りであり、小学生の男の子を細腕一本で養う為に、銀座のバー・ベラミで夜、女給をしています。

女給にとって、本来、子どもは足手まといな存在なのですが、その子どもの視点で、大人をみつめ、しまいには、人間というものは、大人も子どもも、たくさんの人々の一員として、大事な存在なんだと観客に気づかせてくれるのです。

銀座のバー・ベラミは、昭和17、8年からこの場所にあった場末のバーです。女給たちの間での客の飲み代の踏み倒し、女給たちの客への小さな嘘、バーの身売り話、借金の用立てをする話、客の下手な歌を延々と聴かせられる話など、その一つ一つは実に細々としたごくごく普通のエピソードに過ぎません。

年増の女給・雪子は、年の頃なら40歳くらいの設定です。つきあっていた情夫が、雪子に子どもができたことで、冷たくなり、今は、新富町の長唄の師匠宅の2階で母子二人で借家暮らしをしています。既に落ちぶれた元の情夫・藤村(三島雅夫)はときどき金の無心に、雪子の元へとやってきます。さらにまだ若い女給・京子(香川京子)も2階に同居しています。

大家の長唄の師匠の亭主は競輪に夢中ですってばかりいましたが、一度だけ大穴をあてます。そんな日もあるのです。

当時の銀座のバーの女給といっても、春を鬻(ひさ)ぐなどということは一切なく、自分の身を大切にし、身を売るなどということは良しとせず、囲われ女の口もくるにはくるのですが、決然として、自分の女としての矜持と誇りとをもって銀座に生きているのです。

地方の素封家の次男坊で、独身の測候所に勤務する青年・石川京助(堀雄二)が、上京してきて、わけあって、替わりに、田中絹代が東京案内をすることになります。青年の役は、後年、TBSテレビの「7人の刑事」の捜査一課長役だった役者の若き日の姿です。雪子は、学究肌の石川青年を上野動物園や、銀座通りを案内するのですが、通りかかった自分が女給をしているバー・ベラミが、フランスのモー・パッサンの同名小説の主人公の名前(美しい男友達といのが原意)だということを初めて聞かされます。純粋な石川青年に少し心ときめく雪子でしたが。子どもが行方不明になったおかげで、新橋演舞場に石川を連れて行けなくなり、さらに替わりに案内を、若い女給・京子(香川京子)に任せます。若い青年男女は、ギリシャ神話の星座の話など、星空の話で盛り上がります。若い石川と京子が意気投合するのに時間はかかりませんでした。

二人は意気投合し、恋仲となり、あえなく雪子は元の生活へ。

雪子の息子も台場への漁に行っていた船にのせてもらっていたとかで、無事雪子の元へ。そして、また普通の生活が始まります。

銀座に暮らす有象無象の人々、銀座には、多くの人間が生計をたてており、その生活そのものは、極く些細なことの積み重ねに過ぎません。それは、ちょうど、幾百万のごく弱い光しか放たない星たちが、夜空にはたくさんあるかのように。

情夫の藤村は自分の子である春雄に小遣いをあげようとして、三つ揃えの背広のポケットをあちこちまさぐりますが、手持ちは小銭さえもありません。あきらめて、去って行くのがラストです。

▇もしも、本作品をのぞいてみたくなりましたら、下記よりYou Tubeで、本編を観ることが可能です。


『銀座化粧』その1 本編映像その1はこちらから


『銀座化粧』その2 本編映像その2はこちらから

ストーリーを追うのではなく、一人一人の心情にスポットを当て、淡々と始まり淡々と終わる。そんな成瀬巳喜男の世界を垣間見ることが出来ます。小津映画のように上流社会の人間は一人も出てこないけれど、しっかりと身を寄せ合って雄々しく生きているのです。こんな映画があったのです。本作品は、2013年3月末に閉館した映画館・銀座シネパトスの最終上映作品でもありました。

 

▇『銀座化粧』監督 成瀬巳喜男 出演 田中絹代 香川京子 堀雄二 東野英治郎 三島雅夫 新東宝 1951年公開

 

成瀬巳喜男

成瀬巳喜男監督(1905−1969年)

▇成瀬巳喜男(1905−1969年)

プロフィール 1920年松竹大船撮影所入所、小道具係を皮切りに映画生活をスタートさせる。五所平之助監督に師事1930年監督デビュー、戦後東宝に移籍。東宝争議でフリーとなり、東宝、新東宝、大映、松竹で監督。代表作は『めし』(原節子1951年東宝)、浮き雲(高峰秀子 1955年東宝)、死後、スイスロカルノ映画祭での特別上映を機に一躍名声が世界的になる。

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