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「ホルン信号」と「ポストホルン」とは別?

2017 JAN 12 3:03:43 am by 野村 和寿

ボクは敬愛してやまない作曲家である、ハイドンと、モーツァルトに、この何十年ものあいだ、とんだ勘違いをしていました。とても些細なというかトリビアな話題なのですが、ハイドンの交響曲やモーツァルトのセレナーデのことです。 ハイドンの交響曲第31番は、副タイトルに、「ホルン信号(英語では、Horn signal)」というのが付いており、モーツァルトのセレナーデに「ポストホルン」というのがあるのです。ぼくは、白状してしまいますが、これをまったく逆に、あるいは混同して理解していました。 大学のオーケストラのホルンの名手 T先輩に指摘されて、もう何十年ぶりかで理解を改めることが出来ました。

ホルンのいろいろ

写真上がポスト(〒)ホルン、下がナチュラルホルン(狩用コルノ・ダ・カッチャから音楽用にだいぶ進化している)今のフレンチホルンと違ってピストンやロータリーがない。

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809年)は、少なくとも104曲以上の交響曲を作曲したことから「交響曲の父」と呼ばれますが、なかでも交響曲第31番は、副タイトルが、「ホルン信号」と呼ばれています。 なぜ、ホルン信号と呼ばれるのか? なぜ、ハイドンはこんな名前の交響曲を作曲したのか? 当時、伺候していたハプスブルク家(後にオーストリア=ハンガリー帝国)のアイゼンシュタットにあるエステルハージ宮(水晶の館と呼ばれます)で、1756年から1790年まで、1796年から1809年までと、なんと都合47年間も、お抱えの作曲家だったハイドンが、日々の宮廷生活からヒントを得て、交響曲に生かしていったといってもおかしくはありません。

ホルン信号を発するのは、「コルノ・ダ・カッチャ(直訳すると狩猟用の角笛)」と呼ばれる楽器でした。 この楽器は、通常、貴族たちの狩のときに、狩りをする人々の相互の連絡用として、鳴らされ、重宝されてきました。なにしろ、狩猟ですから、鉄砲を使うわけで。誤って別の貴族を撃ってはならないわけです。しかも、多くの狩猟犬をかかえているので、合図が聴こえるように、コルノ・ダ・カッチャは用いられました。 しかし、まだまだ音楽用に使える程度ではなかったので、これをもとにして、音楽用に改造されて完成したのが、ナチュラルホルンです。

ナチュラルホルンは、さらに進化して、現在の、フレンチホルンへと発展を遂げます。ナチュラルホルンは、今のフレンチホルンと外見は似ているものの、ピストンやロータリーがなく、音は基本的に倍音といって、音の系列が同じ音だけを出すのが基本的です。

ハイドン交響曲第31番から

ハイドン交響曲第31番第4楽章の第4変奏にはホルンの超絶技巧がある。第5変奏には通常のほかにチェロのソロがある。

ただ、技が6種類あって、音の吹き出し口を右手で、押さえ方を微妙に調整することで、なにもピストンなしでも、ドレミファの音階が出せるのでした。もちろん、演奏は難しいのですが、名手の手にかかれば、できないことでもない。 そして、ナチュラルホルンは、ごく弱いピアニシモから、強いフォルテシモに至るまで表現力が豊かなのです。それで、現代に甦った古楽器を使った演奏団体では、往々にして、昔のナチュラルホルンの柔らかな音色を生かして演奏するということまで行われています。

クリストファー・ホグウッド(1941-2014年)指揮エンシェント室内管弦楽団の演奏です。 https://youtu.be/H30PPIqVsSU

 

一方、モーツァルト(1756-1791年)のセレナーデ第9番「ポストホルン」に使われている、ポストホルンという楽器は、名前は似ているのですが、こちらはいわゆる喇叭(ラッパ族)の仲間です。郵便馬車に分乗して旅を続け、生涯のうちで、その3分の1を旅に費やしたといわれるモーツァルトが、いつもお世話になっている郵便馬車の警笛がわりのポストホルンに着目したとしても不思議はありません。モーツァルトは、貴族たちの前で宴会の世界で入場と退場の音楽を前と後につけたセレナードを作曲しました。この1779年モーツァルト22歳のときの、セレナーデ第9番K.320もそのうちの1曲で、特に第6楽章には、ポストホルンによるソロがあります。このユーチューブ映像ですと、曲のはじめからですと41:36から43:10の間になります。ポストホルンが、トランペット奏者によって、煌びやかに、高らかに鳴らされています。 宴会の音楽でも手を抜かないどころか、どこまでも典雅でしかも、清涼感あふれるところが、モーツァルトのモーツァルトゆえんたるところです。

ニコラウス・アーノンクール(1953-2016年)指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏です。 https://youtu.be/tIVqr2xqzAk

なお、ベートーヴェン(1770-1827年)も交響曲第8番第3楽章で、ポストホルンを思わせる音楽を作曲しています。 1812年夏、ベートーヴェンも、「不滅の恋人」といわれるブレンターノ嬢(が有力とされる)と会ったとされる、チェコの温泉地カールズバードを訪れていますが、そんなときに郵便馬車を利用しているのです。モーツァルトと違ってこちらも、郵便馬車の和やかな馬車の揺れのような感じを音楽で表現しています。第3楽章は全体で、5:57ありますが、このうち、2:49から4:22までのところが、郵便馬車からベートーヴェンがヒントを得て作曲したといわれている部分になります。ただし、ベートーヴェンの場合は、それを、ポストホルンでなくて、ホルン(ナチュラルホルンや、現在のフレンチホルン)で演奏しています。このあたりが、混同を招くところの原因のような気もします。

オット-・クレンペラー(1885-1973年)指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団の演奏です。

 

まとめです。ホルンという名前でも、ホルンの系統のナチュラルホルン(ハイドン交響曲31番) 現在のフレンチホルンがある。またトランペットの系統のポストホルン(モーツァルトセレナーデ第9番第6楽章)もあり、こちらは、通常ホルン奏者でなく、トランペット奏者が演奏することが多い。さらに、ポストホルンを模したベートーヴェン交響曲第8番第3楽章は、ナチュラルホルン、あるいは現在ではフレンチホルンで演奏される。

*本稿と直接関係ないのですが、ハイドンの交響曲第31番は、まだまだ、交響曲が定型になる前の作品であり、ホルン信号以外にも、オーケストラのほか、ソロ・バイオリン、ソロ・チェロ(ブログ上の楽譜の写真右)、そしてなんとソロ・コントラバスまでが登場してとてもユニークな音色が楽しめます。

*郵便馬車のことを、音楽書でみると、必ずといってよいほど「当時の未舗装の道路を郵便馬車でいくのは、現在の道路とは比べものにならないくらい大変だったろう」という文をみかけます。ところが、ウィーンで実際に当時の馬車をみかけ、乗車したときは、ウィーンの中心部が石畳であったこともありますが、実にクッションがきいていて、快適でした。18世紀に入るとドイツでは、市民階級をも巻き込んだ国際的な観光ブームがおこっていたそうで、1790年から1810年にかけて旅行手引き書がヨーロッパで300点も出版されています。たとえば、時代は若干さかのぼりますが、アドルフ・クニッゲ(Adolph Knigge 1752-96年)というドイツの作家による「ブラウンシュヴァイクへの旅」などという18世紀の旅行ブームの火付け役になった本も出版されています。音楽書だけでなく人間科学の分野の本も参考にすると、驚くほど違った光景が見られる一例です。(参考:東洋大学人間科学研究所紀要2008年8号)

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