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J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲」の発見

2013 FEB 3 11:11:21 am by 東 賢太郎

先日、中古レコード屋でついにこれを見つけた。ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の1971年盤LPである。20年以上も探し求めていたレコードであり、あまりのうれしさに他のことは今あまり頭にないぐらいだ。

この演奏、2つの意味があって、まず大学時代にFMで流れたこの第6番をエアチェックして下宿のカセットで毎日のように聴いていた思い出があること。そして、「バッハ自身によってなされた改訂より以前のバージョンによる演奏」という格別の面白さがあること、である。

バッハはブランデンブルグ辺境伯から1組のコンチェルトを作るよう命じられたが気が進まず、2年半もぐずぐずしていた。早くしろと責められて重い腰を上げ、「ケーテン時代の自作」を寄せ集めて編曲。あたかもこのオケージョンのために作曲したかのように献呈用楽譜を美しく清書して提出した。ビートルズなら赤盤か青盤を「女王陛下のために作曲しました」と言って何食わぬ顔をして提出したようなものだ。モーツァルトもパリで自作のオーボエ協奏曲ハ長調をニ長調に移調してフルート協奏曲にして売っているから、著作権というもののない当時は罪の意識は薄かったのだろう。

ちなみに送られた楽譜「献呈稿」はバッハの直筆の楽譜として見てくれは美しいものだが多くの訂正や筆の誤りが発見されており、気乗りのしない浄書だったようだ。一方、それをもらった辺境伯の方も演奏することは1度もなかったそうで、どっちもどっちだ。名曲のうちでこんなに継子(ままこ)扱いされて生まれてきたのは珍しい。現代の我々はその献呈稿を「ブランデンブルグ協奏曲」と称して聴いているわけだが、「ケーテン時代の自作」の楽譜は散逸してわからなくなってしまったので、辺境伯が発注していなければ、そしてバッハがサボろうと思わなければ、これらの曲は後世に残ってすらいない運命だったのだ!

献呈稿もバッハの手になるのだからバッハの作品であり、モーツァルトのレクイエムがはらむような複雑で悩ましい問題はここにはない。献呈稿はむしろブルックナーやストラヴィンスキーが種々の理由から自作を改訂した版に近いのだが、作曲家自身がそれをやったからといって必ずしも改訂が改良ではないのは注記すべきだろう。ブランデンブルグ協奏曲の場合には2つの疑問が浮かんでくる。第1の疑問は「ケーテン時代の自作」で6曲の選定に漏れた不幸な兄弟たちがいたのでは?ということだが回答は永遠に失われてしまった。第2の疑問は、もっとドラマ性がある。つまり、我々が見知っている6人の友達が、本当は整形手術をしていて顔つきも本名も違ったのではないか?ということだ。

このレコードは、イギリス人の音楽学者でハープシコード奏者であるサーストン・ダートが、その第2の疑問を解いた、第一級の本格ミステリーなのである

その解答を演奏しているのが、やはりイギリス人のネヴィル・マリナーたちだ。ダートのこの「解答」には「原典版」や「オリジナル」というキャッチコピーが賢明に回避されている。ダートの作業はバッハの自筆譜から作った多くのコピーで名を記憶されているクリスチャン・フリードリヒ・ベンツェル(1735-1801)の楽譜に多くを基づいているからである。ベンツェルが「献呈稿」を見た可能性はほぼないようなので、これがオリジナルという保証はできないもののそれに「より近い」(closer)ということはほぼ信用できることになる。ジャケット写真を見ていただくとFIRST VERSIONと銘打ってあるのがおわかりと思うが、以上のロジックを完璧にとらえた完璧なる命名であり、アガサクリスティの見事なレトリックを彷彿させる。イギリスのインテリたちの知性はすごいのである。

ご注目いただきたいのは、バッハはドイツ人でありベンツェル等による原典資料を保有するのもドイツなのに、異国のイギリスでこういう試みがなされていることだ。ロンドンには自然史博物館があるが、音楽を「博物学」の視点で俯瞰するところがまさしく英国人である。こういう知性と好奇心がなければあの博物館は建たなかったし、ミステリー文学も開花しなかったし、もっと言えば、7つの海を制覇することもなかったと僕は思っている。

この録音、現代楽器によるので中途半端だとの批判はあろう。1971年のこの録音が契機かどうかは知らないが、やがて古楽器ブームが到来するのだから。しかし僕はそれに疑問を持っている。ダートのような優れた学者が長年の論考と実証を経て到達した楽譜を再現する行為と、いつも聴きなれた楽譜をアイゼナッハのバッハ・ミュージアムに展示されている当時の楽器で弾いてみようという行為は似て非なるものだ。古楽器ブームに乗って出てきた演奏というのは、博物館のギフト・ショップで売っている土産物のCDを世界中に通販しようという商売以上には思えないものが多いのである。

各声部は全部ソロ楽器に割り当てられている。画期的な透明感のある響きだ。「ロ短調ミサ」の合唱の各声部をソロで歌ったリフキン盤(右)を初めて聴いたときの感じに近い。2番のトランペットは1オクターブ低いホルンに、4番のリコーダーが1オクターブ高いソプラニーノ・リコーダーに変わっていて耳慣れない音に驚く。5番のハープシコードのカデンツァが短くなっていたり、3番に独立した緩徐楽章が入っていたりという部分もある。これは「ブランデンブルグ協奏曲」ではなく「ケーテン協奏曲」なのだ。ルイ14世の時代にヴェルサイユ宮殿で行われていた夕べの音楽会のしきたりによるクープランの「王宮のコンセール」やラモーの「コンセールのクラヴサン曲集」といった音楽の仲間であり、1パートを複数の奏者が弾くコンチェルト・グロッソのしきたりに寄せて解釈している現代の演奏は別物と言わねばならない。

病気だったサーストン・ダートはこの録音の一部だけハープシコードを担当しているが、弾き終えるとその足で入院して亡くなってしまった。彼の白鳥の歌であり、バッハの音楽への愛情と敬意に満ちた入魂の演奏であり、断じて学者が産んだひからびた「音学」ではない。ブランデンブルグ協奏曲6番は僕にとって、あらゆる音楽の中で最も好きな作品の一つである。下宿で勉強の合間に癒された「あの音」がこうしてスピーカーから素晴らしい音で流れ出るのは感涙ものである。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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 J.S.バッハ ブランデンブルグ協奏曲全曲

 

 

 

 

Categories:______J.S.バッハ, クラシック音楽

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