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ショーペンハウエルの人生論

2013 MAY 25 12:12:40 pm by 東 賢太郎

東南アジア出張はやや難儀が伴う。ベトナム(ホーチミン)へは往路は約7時間、復路は約5時間半かかる。帰りはナイトフライトで朝7時着だから眠るしかない。往きが問題だ。高所、閉所が嫌いなので、そういう所にいるという意識は消したい。だからふつうはワインを飲んで寝る。ところが、ここは夜中2時着だからそれだとホテルで眠れない。映画を見て興奮すると着いて眠れないかもしれない。ということで、以前はよく楽譜をもって乗った。これを見ながら頭の中で勝手演奏する。他人のを耳で聴くより集中できる。自分の好きなように鳴らすのだから感動もできる。時間はつぶれて、しかも結構疲れるのでよく眠れるようにもなる。

しかし最近これも飽きたので、今回は本を読むことに。僕は仕事関係の書物は一切読まない。過去にもほとんど読んだことがない。興味もないし役にも立たないから時間の無駄だ。経済書、金融関係書を読んで仕事ができるようになったり投資して大金持ちになったという人を僕は見たことがない。もしそうなら著者自身が社長や起業家になっているだろうから本など書いている暇はない。うまい投資法があるならその実践に忙しくて、それを人に教えて印税で小金を儲けようなどという人は出てこない。

ということで今回はショーペンハウエルの人生論を読んだ。これは最高の機中での暇つぶしだった。昔、一高生がデカンショ節というのを歌っていてそれがデカルト・カント・ショーペンハウエルの略だとききこれをたしか読んだ。たしか、というのは中身はほとんど覚えていない。今回味読して、当時わからなかったのも仕方ないことに気がついた。これは高邁な哲学書ではない。著者の人生思想であり、著者の嫌いな社交界の俗物やライバルのヘーゲルを平易な箴言をもってこきおろした痛快な思い込みの書でもある。

この書物、文章は中学生、高校生で充分理解できるだろう。しかしこれを味わうにはそれなりの人生経験がいるのだ。ライバルに地位を追われたり、富や名声というものを一度多少は持ってみてその重み軽みを自らの手で斟酌してみるような経験が。それは20代、30代ではちょっと難しく、恐らくはここに書いてあることは大方が他人事でしかない。しかし50代のシニアなら、たぶん心当たりがあろう。こんなに面白く、時にはニヤリとし、時には隣の座席の人に憚りながら笑いをこらえるというたぐいの人生論はあまりないだろうと思う。

人のあり方(人品、健康、力、美、気質、知性など人の中にある宝もの)が幸福の源であり、外的に得られるもの(富や位階、他人にどう思われるかという印象、名誉)はそれを変化もさせなければ幸福を生む源でもない。人間の2大苦は困窮と退屈であり、内なる宝を持っている人にとって退屈はないから「困窮のない余暇」、孤独こそが幸福である。そういう人は、最大の敵である「同時代人の嫉妬」に妨げられてなかなか評価されないが、いずれ必ず、嫉妬のない後世の知性によって良いものは良いものと評価される。現世的な名誉の効果は擬態的な尊敬にあり、徹頭徹尾、大衆に見せるための喜劇にすぎない。だから内なる宝を持たない人、つまり名誉にこだわる人の給料の半分は名誉で払われることになる。

伸びのある高めのストレート!実に小気味よくズバズバと決まる。

彼の主張に我ながら見事に共感するし、自分がそれをわかる年齢になったという感慨も深いが、彼が人生哲学(要は思い込みだが)を語るための「哲学としての方法論」、この書のおそらく最も優れた部分はそこにあろうという関心も持った。そして、そういう所に58歳になった自分という人間の投影を観る。内容が平易だけにショーペンハウエルの知性と技巧の切れ味がわかる。これは音楽であればプロコフィエフの古典交響曲なのだ。

 

著書なんていうものは鏡のようなもので、猿が覗けば、天使の顔は映らない          (リヒテンベルク)

 

 

(こちらへどうぞ)

ますます大事な「ひとりで強い人」

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Categories:______哲学書, 徒然に, 若者に教えたいこと, 読書録

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