クラシック徒然草-ベートーベン7番 聴きこみ千本ノック-
2013 AUG 12 0:00:09 am by 東 賢太郎
ベートーベンの交響曲第7番イ長調作品92。この曲のファンはたくさんいらっしゃると思います。のだめカンタービレで若い方にも広まり、ひょっとして第九と同じぐらいポピュラーになっているかもしれませんね。この曲の強靭なリズムの波状攻撃は人を興奮させる点でロックに近い何かを秘めています。こういう僕もクラシック聴き始めのころフリッツ・ライナーのLPを聴いて感激していました。そういう皆さんには大変申しわけなく思うのですが僕はこの曲が苦手です。いまや自分から聴こうということはまったくありません。11月にウィーンフィルが来るらしくてチケットをいただいたのですが、曲が7番ということでどうするか考えています。そのぐらい興味がないのです。
どういうことかというと、第1楽章は大変立派な音楽です。しかし第2楽章にはエロイカのそれのような血の出るような切実感というか、本当の悲愴感を僕は感じません。第3楽章はどうにも下品に思えて(すみません)むしろ聞きたくありません。ほかの曲では多少そういう部分はあっても何かの仕掛けでそれが最後は救済、昇華されて終わるのですが、この第4楽章はそんなことにおかまいなしで一人でイッテしまいます。良い指揮者ならともかくカン違い組の指揮者によるへたくそな演奏だと、いくらワーグナーが舞踏の聖化と持ち上げようがなんだろうが、それなら盆踊りのほうがいいなと思うばかりです。
モーツァルトと違ってベートーベンには出来不出来があります。この7番の前に「ウエリントンの勝利」という曲が書かれていますがこれは駄作の部類であって、7番はどうもこれと似た精神状態で書いたのではないかと思ってしまいます。ということで曲には関心がないのですが、第4楽章を演奏するにあたってこの曲を指揮者がどうとらえているか、明確にわかるという意味で非常に興味深い部分があります。ここは弦楽器がしっかり弾かないといけない難しい個所です。下の楽譜の赤枠の部分、それから青枠の部分です。ここのリズムの取り方で指揮者の個性がよくわかるのです。
赤い部分ですが、ベートーベンの指示はごらんのとおり「タアアタタアアタタアアタタ・・・・」です。青い部分は「タタアンタタアンタタアン・・・・」です。1小節に16分音符8個ですね。ところがこれを「タアタタアタタアタタアタ・・・・」、「タタンタタンタタンタタン・・・・」と音符6個にしていい加減にやっている指揮者がかなりいます。i-tuneでこの部分が聴き比べられるので片っぱしから聴いていみると以下のような分類になります。数名だけどっちともとれる人がいますが、近いほうに入れました。
いい加減派
カラヤン、フルトヴェングラー、ザンンデルリンク、ケンぺ、シャイー、ライナー、スイトナー、ムーティー、フリッチャイ、コンヴィチュニー、クレツキ、ノリントン、アーノンクール、バレンボイム、ショルティ(VPOと第2回目録音のCSO)、ドホナーニ、クリップス、ミュンシュ、ワインガルトナー、ボールト、クライバー(父)、ブリュッヘン、ナヌート、アシュケナージ、フェドセーエフ、ティーレマン、デ・ヴィリー、ドゥダメル、モリス
正確派
R・シュトラウス、ワルター、トスカニーニ、クレンペラー、ケンペン、リンデンバーグ、レイボヴィッツ、シューリヒト、ムラヴィンスキー、クナッパーツブッシュ、ストコフスキー、チェリビダッケ、スクロヴァチェフスキー、ベーム、サヴァリッシュ、クライバー(息子)、ショルティ(第1回録音、CSO)、クリュイタンス、フレモー、H・シュタイン、バーンスタイン、アバド、ハイティンク、サンティ、マズア、マリナー、マーク、MTトーマス、ヘレヴェッへ、エッシェンバッハ、ヴァンスカ
いい加減派もいろいろあって赤の入りは正確な8個だったのがだんだんアバウトになって6個になってしまう人も最初から我関せずで6個の人もいます。正確派のほうも、弦がきっちりとしたボウイングで刻もうとするため、赤の部分からテンポを少し落とす人がいます(もともと速い人は減速しないと弾けない)。赤は正確、青はややアバウトという人も。スタッカート気味にしていきなりここから気合が入る人もいます。逆にレガート気味にすいすいと弾き飛ばす人もいます。本当に面白いものです。ご興味ある方はご自分の耳で確かめてみてください。i-tuneで Beethoven7 と打ち込んで第4楽章をクリックすれば以上の演奏の問題個所は全部お聴きになれますよ。これは「聴きこみ千本ノック」です。確実に耳が鍛えられます。
僕の好みとして、いい加減派はだめです。この譜面からどうしてそういう弾き方になるのか?身勝手なのか性格的にアバウトなのか?ともあれ僕にはついていけません。若手のホープと目される人たちがそっちなのはやや気になります。ショルティは1回目の全集は正確、2回目のはいい加減。わからない人です。分類結果を見るとこの曲に限らず僕が好きな指揮者は見事にほぼ正確派に入っています。皆さんのお好きな指揮者はいかがですか?
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花崎 洋 / 花崎 朋子
8/12/2013 | 9:22 AM Permalink
たいへん興味深いご投稿と感銘を受けました。フルトヴェングラーが、いい加減派の筆頭であるのは良く理解出来ます。自分の拘る部分は大いに凝りますが、それ以外はオケの奏者任せという感じですものね。正確派は、作曲家や楽曲に対する真摯な姿勢を感じる指揮者が多く、尊敬に値する方々ばかりです。
東 賢太郎
8/12/2013 | 8:46 PM Permalink
全曲を聴いて指揮者の個性を比較するのは情報量が多すぎて困難なので非常に容易なピンポイント比較から解釈の全体像の違いを想像してみようという実験です。できれば計測ポイントを3~4カ所は欲しいですが。よく楽章の演奏時間比較などされてる方がおられますが、速い遅いぐらいは時間を計測しなくてもわかりますし意味を感じません。この部分、舗装道路からでこぼこ道に入るぐらい曲想が変わる所なので運転手である指揮者が注意を払わないということはないはずです。そこをどう運転するかで資質やくせがわかります。印象的だったのはワルター、ベーム、サンティ、ストコフスキー、ヴァンスカです。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/13/2013 | 9:02 AM Permalink
「舗装道路から、デコボコ道へ」、とても的を得た例えであると感じます。正に指揮者の音楽に対する、根本的なスタンスが出やすい部分ですね。
「いい加減派」は、作曲家や作品に対する献身よりも、いかに自分らしさを表現するかという「自己顕示欲」が強いように思います。それに対して「正確派」は律儀で誠実な職人肌が多いように思いました。東さんご指摘のサンティは、METで一度、オペラのライブを鑑賞しましたが、正に玄人好みの職人肌であったと記憶しております。
東 賢太郎
8/13/2013 | 10:37 PM Permalink
そうですね。サンティはN響のボエームが素晴らしくて2日続けて聴いてしまいました。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/14/2013 | 8:39 AM Permalink
私は「ラ・トラビアータ」でした。主役のキリ・テ・カナワと、アルフレート役の男性歌手二人が病欠で、急遽、代役二人の舞台でしたが、サンティは物の見事にまとめあげていて、とても感心しました。
東 賢太郎
8/14/2013 | 12:44 PM Permalink
N響Aプロでサンティが新世界をやったのですが、初めて聴く曲のようでした。そういう読み方もあるのかというような。でも原典をはずしたものではなく彼の眼で見た楽譜を彼の感性のフィルターを通すとそういう音になるという強固な説得力があり感銘を受けました。上記の赤枠部分を聴いて、その演奏を思い出しました。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/15/2013 | 9:19 AM Permalink
サンティの譜面の読み方は、単なる珍妙で風変わりな演奏とは、完全に一線を画していますね。楽曲の本質を捉えているかいないか、聴く人に説得力と感銘を与えられるかどうかの、大きなポイントと思います。
東 賢太郎
8/15/2013 | 11:26 AM Permalink
ドイツの暗い森でなく地中海の明晰な感性ですね。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/16/2013 | 11:03 AM Permalink
ドイツの暗い森に慣れた耳には、地中海の明晰さは、新鮮に響きますね。
東 賢太郎
8/16/2013 | 5:33 PM Permalink
イギリスに住んでいた頃、ドーバーから陸路でフランスへ入ると空や畑などの風景の「明るさ」にびっくりしました。それが南フランスへ行くとまたどんどん明るくなるイメージでした。それがまたドイツへ入ったりイタリアへ入ったりすると変わります。そこに長年住んでそこの光線に目が慣れていないとわからない微妙な差と思いますが、これは絵画にも音楽にも現れてます。イタリアの人がチェコの風景を見たらああいう解釈になるんでしょう。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/17/2013 | 4:34 AM Permalink
現地を訪れてみて、初めて分かることは、とても多いのだと思います。私もニューヨークに2年半住んでみて、マーラーの交響曲9番の理解が深まりましたし、パリを訪れて、ショパンが亡くなった家の前に立つことで、特に彼のバラードの良さが良く分かるようになりました。
ベートーヴェンの生まれ住んだドイツに一度も行っていないのは残念ですし、ドイツの風土を良くご存知の東さんをうらやましく思います。
東 賢太郎
8/17/2013 | 3:10 PM Permalink
風土を肌で感じると理解が深まる。そうですね。やはりドイツの野原や暗い森を歩いていただくと花崎さんなら合点がいくことがたくさんあると思いますよ。ぜひ行かれてみて下さい。そう考えますとサンティの視界良好なリアリスティックな楽譜の鳴らし方、トスカニーニもそうですが、ああいうのがヴェルディやプッチーニの求めた音だということですね。ワーグナーみたいなドロドロねちねちではなく。面白いのはサンティやトスカニーニがワーグナーを振ることはあっても、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュが椿姫というのはちょっと難しい。イタリアオペラは根っからラテン的感覚の人じゃないとだめというか、外人に演歌が歌えないみたいなものがあるのかもしれません。
花崎 洋 / 花崎 朋子
8/18/2013 | 6:46 AM Permalink
はい、ドイツの野原や森を歩いてみたく思います。それから、東さん、おっしゃる通りですね。トスカニーニのワーグナーは大変、魅力的ですが(サンティのワーグナーは残念ながら未聴です)、フルトヴェングラーやクナのイタリアオペラ、想像してみるだけでも違和感がありますね。イタリア人の感性にも独特なものがあるのかもしれませんね。