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フランク ヴァイオリン・ソナタ イ長調

2014 MAR 31 19:19:10 pm by 東 賢太郎

古今東西のヴァイオリン・ソナタで最高の名曲は?そう問われれば、ベートーベンの9番(クロイツェル)、ブラームスの3番に横目を使いながらも、セザール・フランクのイ長調と答えることになります。いやこの曲はヴァイオリン・ソナタというジャンルにとどまらず、全クラシック音楽の中で僕が好きな曲ベスト10に入るものであり、「無人島に持っていくCD」の有力候補であります。

初めて聴いたのは大学時代に買ったダビッド・オイストラフとスビャトスラフ・リヒテルによるメロディア盤LPでした。これがインパクトのあるライブ演奏で、なにせこの歴史的大家お二人ですから協演というより競演、いや最後は対決みたいな気迫になって押しまくられてしまい、一気に記憶に焼きついてしまったのです。もっとも音楽は当時の僕にはハーモニーがけっこう難しく、しっかり覚えたのはもっと後です。それがこれです。

第1楽章の暗い静けさの中に秘めた熱さはドラマを予感させ、第2楽章のリヒテルのピアノはこれを凌駕する表現をいまだに聴いたことがありません。中間部の音楽が止まりそうなppの集中力がものすごく、オイストラフに徐々に火がついていく様はライブならではです。もうこの楽章で1曲聞き終った充実感があるほど。第3楽章の夢のうちを歩くような仄かな和声変化へのデリカシーの不足がこの演奏の唯一の弱点ですがそれも圧倒的に素晴らしい第4楽章にいたって忘れます。

この終楽章でのリヒテルのオーケストラのようなピアノの向こうを張るオイストラフのヴァイオリンの表出力の強さは最高に素晴らしく、コーダはヴァイオリンがaのトリルに入る最後の7小節で楽譜にない興ざめなアッチェレランドをかける演奏(アイザック・スターン59年盤等)がままあるのですが、この演奏はpoco ritのあとのpoco animatoから徐々にテンポを上げてそのまま青臭い加速なく堂々たる終止に至ります。これぞ王道であり、ティボーとコルトーもそうですが、このテンポでこそ至高の終結感に至ることができると僕は思います。

この曲が本来こういうものかと問われれば考えざるを得ないでしょう。ベルギー人であるフランクのラテン的感性は消えています。これはフランクが後輩であったヴァイオリニストで作曲家のイザイの結婚祝いにプレゼントした曲です。披露宴でこの演奏となると主客転倒になってしまうでしょう。しかし、真の芸術作品というのものはもはやそういうストーリーを超えたところに超然と聳えているものだということをこの演奏は如実に示してくれています。二人の巨人が自己顕示ではなく自己のベストフォームを尽くして体当たりで完全燃焼し、それが作品に秘められたさらなる高みに登らせてくれる貴重な記録でしょう。

この曲をこういう良い演奏で聴いたカタルシスというのはあらゆる音楽のうちでも特筆すべきもので、ベートーベンやブラームスのシンフォニーのそれに一歩も譲るものではありません。玄妙なしかしほろ苦い味を含むフランス的ともドイツ的ともつかない和声法、宗教的な沈静感の中に浮かぶ不思議な明るさ、夢うつつと不意の覚醒、64歳の男の諦観とそれを振りしきって湧き立つ情熱、という風にこの曲は相対立する要素によって成り立っており、それを主要テーマを全曲の素材とした循環形式というラップでくるんで統一感を出すという凝った作曲手法になっています。何度聴いても飽きないのは名人の練達の手による白磁を思わせます。

オイストラフ/リヒテル盤に唯一対抗するのがアルトゥール・グリュミオー/ジョルジ・セボック盤です。ピアノのインパクトはリヒテルに劣りますがフランス的な軽さと香気はこちらの方があります。この曲本来の姿はこちらが近いでしょう。そしてグリュミオーのヴァイオリンの素晴らしさといったらもう説明する文章がありません。形容詞を並べるならこれは技術を超えた色香と気品と格調としか表現の術がなく、彼以外の誰もなしえない高貴なアートであります。

この豊麗なヴィヴラートを伴った魅惑は妙な例えですがあたかも全部をg線で弾いているような感じがします。この奏法はヨアヒム、イザイ、ティボー、エネスコ、ヌヴー、グリュミオー、フェラス、ボベスコとつらなるフランコ・ベルギー派というのですが、このソナタにはこの奏法がふさわしいと感じます。

その他、youtubeで聴けるものではアイザック・スターンもこの流れをくむと思われ、上記の59年盤の第1楽章は静寂の中、凛とした大家の至芸を聴くことができますがピアニストの人選が惜しかったです。カヤ・ダンチョフスカ(vn)とクリスティアン・ツィマーマン(pf)は美しい。

冒頭の属九のピアノによる浮遊する和音からどこか妖しい光に吸い寄せられるようで、ヴァイオリンもその世界に寄り添います。個性的な秀演ですが終楽章コーダなど若いの一言であり、64歳だった作曲家、贈られた若いイザイ、どちらの視点で曲をとらえるかです。昔はこの演奏が好きでしたがいま耳にしてみると僕も年齢なりに作曲家寄りの感性になっているなと思った次第です。

 

(補遺、3月13日)

ピエール・ドゥーカン(vn) / テレーズ・コシェ(pf)

doukan122これだけの名手が、何があったのかあまり録音されていない。芸能の世界は嘘に満ちあふれている。ドゥーカン(1927-95)はパリ音楽院でプルミエ・プリを取ったフランスの巨匠である。細身の音で滋味深くニュアンスに富んだフランク、奥方のピアノも不足なく対峙しており、実に楽しめる。コーダの安っぽいアッチェレランドなど薬にしたくも歯牙にもかけられていないのをぜひ耳にしてほしい。このCDセットはラヴェルやシューマンの1,2番も入っておりセンスが良い。ヨーロッパの知性と品位が詰まった音楽と演奏。どんなに地味でも、こういうものを僕は心から愛する。

(こちらへどうぞ)

ベートーベン 「クロイツェル・ソナタ」(ヴァイオリン・ソナタ第9番作品47) 

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 作品108

 

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Categories:______フランク, クラシック音楽

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