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男の子のカン違いの効用 (5)

2014 NOV 14 19:19:46 pm by 東 賢太郎

もしヒラリー・クリントン大統領の治政になるとすると、それにならって世界中が「女王蜂」の時代に突入します。

それは自然界の法則にかなったことですから容易には逆行しません。生物としても実は相手の方が強い。ところが「か弱い」ということになっていて攻撃もされにくい上に、女王蜂がそれを逆手にとって男にとって逆差別的な制度がどんどんできてくる。そこいらじゅうが「女性専用車」状態になるぐらいの覚悟が必要でしょう。

肉体的なパワーが統治の要件ではない時代、つまり戦争がない時代ではそれが社会の進化のひとつの到達点でしょう。いや戦争はあっても核のボタンを押すのに肉体的パワーは必要ありません。核の抑止力こそが第2次大戦後60年を経て社会を変質させ、女性でも序列の上位に君臨できるようになってきた。高崎のサル山でおきているのと根本的には同質の現象が人間界でもおきていると僕は理解しています。

これからの男子諸君は、したがって、女王蜂さま、つまり女の上司のもとでいかにタンパク源として食われずに生きていくかという術を身につけなくてはなりません。僕のように男にしか通用しないのはもう役立たずなのです。そのためには男はテキを冷徹に観察して行動原理を分析しなくてはなりません。つまり母親の支配下にあって女をカン違いして始まる人生の旅路において、どこかで、なるべく早めに、厳しい現実に目覚めることが大事なのです。

しかし、僕はカン違いを排除しなさい、とくに男の子を持つ世のお母様方にそう教育しましょうと申し上げているわけではありません。第1話に書きました通り、男のカン違いはどんな世になろうと生きていく強い原動力になることは変わりはなく、それがツボにはまった時の破壊力において男しか成しえないパワーを秘めているからです。クラーク博士がどうしてBoys and girlsにしなかったかは知りませんが、世界景気が停滞期に入るかもしれない今こそBoys, be ambitious.であるべき時代なのです。

ところで、フラれた相手のことをいつまでもうじうじと覚えているのは圧倒的に男なんだそうです。女はバイバイと別れればスパッと忘れてしまう。相手が浮気するとだいたいの男は相手を責めますが、女は往々にして浮気相手を攻撃するというのはそれと関係あるかもしれません。

ところがショーペンハウエルが別な側面から面白いことを書いています。女は嫉妬で相手の女を責めるばかりではない、男を縛りつける結婚という制度を脅かす不届き者に女性共同体として制裁を加えているのだというのです。さすが大哲学者、なるほどとうならされます。

女は化粧して着飾ってみてそれで寄ってくる男を大事にしますが、来なくなればポイです。平安時代の通い婚はそれそのものです。いっぽう男はけなげなのもので気に入った女は自分のイメージの中でアイドル(偶像)化しています。相手にポイされても忘れないのは、現実に恋が実ろうと実るまいとそのイメージだけは残像としてのこるためでしょう。やっぱり、女王蜂さまに気に入られようと頑張る雄蜂に見立てるべきは、男です。

大作曲家の伝記を読むと名曲の陰に女ありというのがあまりにたくさんあって、尊敬するマエストロが雄蜂に見えてきて困ります。

ベートーベンにインスピレーションを与えたカノジョはたくさんいました。それにベルリオーズのハリエット・スミッソン、ワーグナーのマティルデ・ヴェーゼンドンク、シューマンとブラームスのクララ・シューマン、ストラヴィンスキーのココ・シャネル、もう数えきれないほどの女が男を迷わせ、「名曲」を書かせたと思われます。

モーツァルトなんか可愛そうに妻のお姉さんアロイジアにつれなくポイされ、熱愛したナンシー・ストレースにはあっけなくロンドンに帰られてしまいました。それぞれのアイドルに愛に満ちたソプラノの名曲を捧げましたが、捧げ物のでっかさではなんといっても妻になったコンスタンツェでしょう。彼女が書いてもらったハ短調ミサ曲k.427の素晴らしさ!これひとつだけでも彼女の人類史への功績をたたえて銅像を建ててあげたいぐらいです。

ところが、逆にそういうことが女性の側から起きた、つまり、男を想うあまりに女が人類史に残る何かを創ってしまったという話はきいたことがないのは僕の勉強不足でしょうか。モーツァルトの姉、メンデルスゾーンの姉、シューマンの妻、みんな弟や夫に劣らない並々ならぬ楽才があったのはきちっと記録にある事実ですが、誰もそれに値する作品を書いていません。それは才能の問題ではなく「女王蜂と雄蜂」だからなのでしょうか。

これは示唆に富むところです。作曲家、画家、科学者、哲学者、教祖がほとんど男ばかりなのは「脳差」であり男と女の脳は構造的に違うのだとするか、前回に書いたように脳の構造、性能ではなく「男女の気質の違い」に帰着させるべきなのか。今回こう書いてきて、どうも「女王蜂はオスを使い捨てる」というのが正解かもしれんぞと思いだしています。

弱いオスが女王に気に入られようと必死に働かせる脳、そういう脳じゃないとできないのが芸術や科学技術なのかもしれません。子供はメスしか産めませんが、オスしか産めないものもあるかもしれません。

たぶん女性には信じられないでしょうが、その昔、アイドルの権化のように輝いていたころの吉永小百合はトイレに行かないと心の中で信じているサユリストがたくさんいました。そう思ってたよという男を僕は何人も知っています。生身の人間を偶像化するというのはカン違いの最たるものですがそれは男のお家芸のような所があります。

もはや宗教みたいなもので本気で信じられてしまえば誰も何も言えず、たぶんその勢いで舞台上のハリエット・スミッソンに見とれていたベルリオーズは一気に幻想交響曲を書いてしまったのです。そしてそれを傍の人間は「才能」と名づけているのです。

女の時代になっても、男の子のカン違いの効用は永遠です。

(こちらへどうぞ)

男の脳と女の脳

女の上司についていけるか?(ナタリーとユリアの場合)

「女性はソクラテスより強いかもしれない」という一考察

 

 

 

Categories:______日々のこと, ______男の子のカン違いの効用, 徒然に, 若者に教えたいこと

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