高木彬光「呪縛の家」を読む
2015 JUN 22 12:12:51 pm by 東 賢太郎
ミステリー作家にはクラシック音楽好きが多い印象があります。ヴァン・ダインやエラリー・クイーンの作品にはその薀蓄(うんちく)が現れるし、横溝正史は長男が音楽評論家(横溝亮一氏)になられたほど。そのほか名探偵がマニア(コリン・デクスター)だったり、音楽そのものを題材にした現代ミステリーもけっこうあります。
高木彬光の「呪縛の家」を読むと、連続殺人が交響曲の楽章に見立てられており、彼もその一人だったのかなと思います。
これを読もうと思ったのは新幹線でヒマなのが嫌だったからで深い意味はありません。ところがうれしいことに、この作品は終章にいたって「読者への挑戦状」がありました。
にこう書きました。
最後に「読者への挑戦状」があって負けたくないので緻密に読みます。それでも負けてしまう。というのは、実はクイーンのロジックは緻密でないからです。
さて、それでは「呪縛の家」はどうだったか?
犯人はわかってしまいました。第1の殺人の犯行方法も、そりゃないでしょという解答なもんでわかりようがない部分をのぞけば、たぶんこう落としたいんだろうという原理的なものは。
ということはですよ、この作品は緻密なロジックで書かれているということなんでしょう、少なくともクイーンよりは。「読者への挑戦状」があることでクイーンのまねであることは自明なのですが、筆者は作中にアガサ・クリスティとヴァン・ダインの古典的名作を引いていて、後者は犯人名まで堂々と書いてしまってます。
読んでない人は要注意ですが、書かれた1958年当時はそれらの古典の余熱が残っていて、ファンはそのぐらい読んでいてトリックは知っており、そういう通をだしぬこうと筆者が意欲作を書くという良き時代だったことがうかがえます。
トリックが出尽くしてしまったいま、こんなのに出会えてわくわくしました。
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Categories:______ミステリー, 読書録