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大和、武蔵、五十六、慰安婦、そして戦争という愚

2015 JUL 21 18:18:57 pm by 東 賢太郎

「夏島」(トノワス島またはデュブロン島)は戦時中つけられた和名であり、前回は時間がなく上陸できませんでした。このブログに書いた春島の「ザビエル高等学校の高台から眺めた」写真の島です。

チューク島にて(その1) 

この島こそが、このブログで「お気の弱い方はご覧にならないことをおすすめします」と書いたビデオにある、米軍による真珠湾攻撃の報復とされる大空襲の標的となった夏島です。

チューク島にて(その3) 

1944年2月17、18日、戦死傷者は1万5千人、環礁内に沈められた日本軍船舶は100隻近く、撃墜された航空機(2百数十機)に至ってはその実数は不明のままです。連合艦隊は敵の無線を傍受してパラオに移動しており被害にあったのは基地と輸送船でした。

戦艦大和と武蔵が並んだ写真はこれ1枚しかないそうです(右が武蔵とみられる。「戦史叢書中部太平洋方面海軍作戦〈2〉、朝雲新聞社)1943年5月とあるので山本五十六長官の戦死直後の姿と思われます。

YamatoClassBattleships

 

 

 

 

 

これはそのあたりと思われる船上から後方の春島を撮ったもの。島の形はそのままです。

 

 

 

 

 

 

 

 

船の前方に見えるのが武蔵を係留していたブイです(後方は春島、ここまで流された)。

 

 

Yamamoto-Isoroku

 

 

写真下は夏島の水上艇飛行場です。ここから第27代連合艦隊司令長官・山本五十六(右)はラバウルに向けてトラックからの最後の離陸をし、ゼロ戦滑走路だった写真対岸の竹島からゼロ戦数機が護衛についた。そしてラバウルから前線視察のため向かった1943年4月18日にブーゲンビル島上空で撃墜され戦死しました。山本五十六の視察飛行は戦艦武蔵からの無防備な暗号電文が米軍に傍受され狙い撃ちにあった。海軍派遣でハーバード大学に留学しナショナルジオグラフィックまで定期購読していた山本五十六ですが、配下の軍はそのレベルになかった。敵将である太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツは山本を殺せばもっと優れた司令長官が現れるのではないかと暗殺命令を下すことを逡巡したが、太平洋艦隊情報参謀エドウィン・レイトンから「山本より優れた司令官が登場する恐れは無い」との回答を得て命令書を作成したそうです。敵ながらあっぱれの諜報力であり、傍受にとどまらずそこまでつかんでこそインテリジェンスを成すのです。そしてそれほどの将が戦死すれば日本の士気、モチベーションが大きく低下することを見越した狙い撃ちだった。これまで僕はブログでインテリジェンスとモチベーションの重要さを何度も指摘してきましたが、それをご理解いただけると思う。あの戦争は物量で負けたことになっているが僕はそうは思わない。智恵がなかったから負けたのです。「東さん、知ってるかい、今の子はやまもとごじゅうろくって読むんだよ」、そういう危機感から東映に役所 広司主演の映画制作を働きかけた僕のお客さんが言ってました。名前を覚えるのも大事だが彼の戦死から敵軍の意思決定の要諦を学ぶことが弔いになるのではないかと思うのです。

yamamoto

 

山本五十六ら司令長官公邸があり帝国海軍司令本部を置く要塞と化していた夏島には2万人の日本人が住み、港の周辺に商店街、学校、病院、百貨店、映画館、野球場、芝居小屋、料亭、遊郭までありました。遊郭は女性が900人おり軍の職位で格式が決まっていたそうです。料亭、商店等と同様に経営側からはビジネスでもあり客側からは慰安婦と言わば言えぬこともない。

下の写真は商店街跡です。この道の両側に商店がびっしりと立ち並び、雨が降っても店先の軒を伝って濡れることがなかったそうです。今はただ灼熱のジャングルをぬう一本道であり、往時をしのぶものはかけらもありません。2万人の居留がうたかたの夢の如し、秀吉が朝鮮出兵の根城とした佐賀・松浦半島の名護屋城跡の光景を思い出しました。

狩り出され何か月も故国、家族と隔絶された幾万の男たちが明日死ぬかもしれないという環境におかれて管理される事態というのは南洋のジャングルのど真ん中に百貨店が出現するほど異常なことです。そういう状況において慰安がいいことだ悪いことだと言ってみても仕方なく、女性がかわいそうでもあるが意に反して徴兵され戦火で殺されていった男たちもかわいそうなのです。男女平等に全員が戦争遂行責任者である国に補償、賠償を求めたらいいのだろうが、戦争という行為においてそんな議論が出た国は聞いたことがありません。人間はそんなによくできた理性的な動物でもないしそうだからこそ戦争をした。まずどうしたら戦争が起きなくなるか、智恵を磨いて考えるべきではないでしょうか。

natu

 

(こちらへどうぞ)

戦争の謝罪をすべし、ただし日本史を広めるべし(追記あり)

 

 

 

 

 

 

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