クーベリックのベートーベン3番、8番を聴く
2015 SEP 12 2:02:15 am by 東 賢太郎
今日は午前の会議とランチをやって、名古屋でひとつプレゼンを済ませてとんぼ返りして別件を片付けるという一日でした。頭が常時こういうモードにあるものですから、せっかく先日すばらしいワーグナーを聴いたのに気持ちが音楽に戻れません。
帰宅して思いっきりワインを飲んで、かなり回ってしまい、そこからは記憶がないのですがノイ(ねこ)を連れて地下に降りてピアノを弾きまくりました。このねこは弾いているとおとなしく寝るくせに、曲が終わるとニャーニャーとなきます。僕の猫語の解釈では「次たのむわよ」なんですが、「うるさいから終わってよ」だという意見もあります。
すぐネタ切れになって、今度はレコードをかけます。なんの脈絡もないですが、ベートーベンがいいよなとなって、なんとなくクーベリック指揮ベルリン・フィルの交響曲第3番「エロイカ」が鳴りはじめます。
さてしばらくして展開部あたりに来ると、こりゃ並み尋常じゃないなという気がしてきて、だんだん酔いがさめます。ノイはスピーカーの後ろで前足をたたんでペタッと座りこみます(これを僕は「おかみさん座り」と呼びます)。これはここに書いた、僕の最も好きなエロイカの一つなのですが、いやはや酔った耳にこんなに素晴らしいとは!
第2楽章のおしまいのあたりの意味深いティンパニの音色。終楽章のテーマを弦楽合奏が引き取って、強くなって、最後にふっと力を抜いてpになる、そこの絶妙な間合いとホールの残響!全曲にわたってリズムに細心の彫琢が施され、対向配置の弦が精妙に聴き取れ、木管は見事なピッチとデリカシーに満ち、重心が低く古き良きドイツの音を残すベルリン・フィルの音が活き、浅薄な自己主張が一切ない。
この演奏を形容するとなると、言葉が語弊を呼びそうですがそれしか浮かばないのでご容赦いただきたが、「貴族的」ということになりましょう。アリストクラティックです。風格と気品は音楽に秘められているわけで、クーベリックは全身全霊をもって、ベートーベンへの限りない敬意をもって、それを音にすることに奉仕しているのです。
フルトヴェングラーとは対極にあります。こちらは彼の意識と情動のフィルターを通して描いたエロイカであって、とても人間くさい。ヒューマニスティックなのです。エロイカにそういうロマン派に接近した実験的要素がないとは言い切れないので、これはこれで、そういう路線の代表格です。
貴族が選良と言うわけではないが、クーベリックを支持する人のほうが数はずっと少ないでしょう。フルトヴェングラーのほうが人を泣かせ、感情をあからさまに掻き立て、英雄の絶頂と悲嘆をドラマティックに描ききっています。今やそこまでやる指揮者は絶滅したほど、彼の顔がくっきり見えます。
ドイツにいた頃に話をしたお客さんや聴衆でフルトヴェングラーを神と崇める人はひとりもいませんでした(名前は知ってるが)。彼がほとんど日本だけでいまだ熱狂的なファンにCDが大量に売れているというのは、演奏がなにか国民的に訴えるものがあるんでしょう。これも語弊ある言葉かもしれませんが、浪花節的と思います。
我が国では熱く盛りあがって頂点に達し、カタルシスを解消するような曲や演奏が一般の聴衆には人気を得ていると思います。第九がそうだし大方のマーラーもそういう側面を持った音楽ですし、個性を見せないと手堅い中堅指揮者だなどと貶められる。
クーベリックがそういう評価ということはないですが、浪花節をしない、頂点で沸騰させることを目的としない指揮ですからあまり本質を理解されていない。チェコ音楽のスペシャリスト的に思っている人も多いように思います。
最後に、同じく高く評価している8番もききました。こっちはクリーブランドO.ですが、同じく圧倒的に貴族的ですばらしい。ここに書きました。
音楽のリズムの美しさ!こういう演奏はすべてのジャンルでなかなか聴けるものではありません。ぜひプロの演奏家の方にこそ耳を傾けていただきたい。指揮者がうなり声を上げたりジャンプしたりの「熱演」がいかに安っぽく聞こえてくることか!こんな素晴らしい音楽に芝居などまったく必要ないのです。
ところが、指揮者は芝居して個性を見せないと売れない。有名になれない。もしそういう動機が微塵でもあるならそれはもう猿芝居であって、一部のファンを熱狂させたとしても短期に滅びます。ホンモノの音楽家はそんなことはしない。スコアに秘められた美を抽出して、そのまま彫琢して提示するだけ。だから演奏は曲が忘れられない限り永遠に聴き続けられます。それこそモノの価値というもの。それ以上何が必要なんでしょう?
実はそれが一番難しいと思います。何も足さない、何も引かない、それで人を感動させるのは至難であって、だからお手軽に軽薄なパフォーマーになったほうが現世的には成功してしまう。世の中は受容する側もそういう性質の人がマジョリティーだからです。僕はホンモノと信じるものだけを支持し、ご紹介したいと思っています。
クーベリックの全集はCDも持っていますが、主にLP(写真)を聴いています。LPの方が格段に音が良くて、このドイッチェ・グラモフォンの独プレス盤はうまく再生すれば音に深みがあり演奏の奥義まで聞こえます。評論家の評はさほどでもなく9つのオケを振ったという話題性だけで語られますが、この全集は音の再生が難しいですね。みなさんどんな装置で批評をされてるのか。youtubeなんかの平板な音じゃあ魅力はわからないのであえて貼りません、ご興味ある方は少なくともCDで聴いてみて下さい。ノイだけじゃもったいない、SMCのメンバーにいつか我が家の音でホンモノを味わっていただきたいと考えております。
(ご参考:8番です)
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