クラシック徒然草ーフランス好きにおすすめー
2016 SEP 3 2:02:01 am by 東 賢太郎
ジャズやポップスはアルバムが唯一無二の「作品」ですが、クラシックはそうではなくて、作品が富士山ならアルバムはその写真集のような関係です。
しかし、中にはちがうのがあって、ほんのたまにですが、これは「作品」だという盤石の風格を感じる録音があります。風格というより唯一無二性と書くか、音の刻まれ方から録音のフォーカスの具合まで、総合的なイメージとしてそのアルバムが一個の個性を普遍性まで高めた感じのするものがございます。
演奏家と録音のプロデューサー、ミキサーといった技師のコラボが作品となっている印象でブーレーズのCBS盤がそれなのですが、DG盤もレベルは高いがその感じに欠けるのは不思議です。何が要因かは僕もわかりません。
名演奏、名録音では足らず、演奏家のオーラと技師のポリシー・録音機材の具合がお互い求め合ったかのような天与のマッチングを見せるときにのみ、そういう作品ができるのでしょうか。例えばブーレーズCBSのドビッシーの「遊戯」は両者のエッセンスの絶妙な配合が感じられる例です。
いかがでしょう?
冒頭は高弦(シ)にハープとホルンのド、ド#が順次乗っかりますが、ハープの倍音を強めに録ってホルンは隠し味として(聞こえるかどうかぐらい弱く)ブレンドして不協和音のうねりまで絶妙のバランスで聴かせます。聴いた瞬間に耳が吸いよせられてしまいます。
ここから数分は楽想もストラヴィンスキーの火の鳥そっくりでその録音でも同様の効果を上げていますが、いくらブーレーズでもコンサートホールでこれをするのは難しいと思われます。エンジニアの感性と技法が楽想、指揮者の狙いに完璧にマッチしている例です。
録音の品位、品格というものは厳然とあって、ただ原音に忠実(Hi-Fi)であればいいというものではありません。忠実であるべきは物理特性に対してではなく「音楽」に対してです。こういうCDはパソコンではなくちゃんとしたオーディオ装置で再生されるべき音が詰まっています。
僕がハイファイマニアでないことは書きましたが、そういう名録音がもしあれば細心の注意を払って一個の芸術作品として耳を傾けたいという気持ちは大いにあります。それをクラウドではなくCDというモノとして所有していたいという気持ちもです。
ライブ録音に「作品」を感じるものはあまり思い当たりません。演奏の偶然性、感情表現の偶発性などライブの良さは認めつつも、演奏会場の空気感や熱気までを録音するのは困難です。C・クライバ―、カラヤンなど会場で聴いたものがCDになっていますが、仮にそれだけ聞いてそれを選ぶかと言われればNOです。
「音の響き」「そのとらえ方」はその日のお客の入りや温度、湿度によって変わるでしょう。CDとして「作品」までなるにはエンジニアの意志、個性、こだわりの完璧な発揮が重要な要素と思われますが、彼らは条件が定常的であるスタジオでこそ本来の力が発揮されるという事情があると思います。
このことを僕に感じさせたのはしかしブーレーズではありません。右のCDです。これはSaphirというフランスのレーベルのオムニバスですが、同国の誇る名人フルーティストのオンパレードで演奏はどれもふるいつきたくなるほどの一級品。以下、曲ごとに印象を書きます。
ルーセルの「ロンサールの2つの詩」のミシェル・モラゲス(フルート)とサンドリーヌ・ピオ(ソプラノ)の完璧なピッチ、ホールトーン、倍音までバランスの取れた調和の美しさは絶品!これで一個の芸術品である。
ラヴェルの「 序奏とアレグロ」はフランスの香気に満ち、ハープ、フルート、クラリネット、弦4部がクラリティの高い透明な響きでまるでオーケストラの如き音彩を放つさまは夢を見るよう。パリ弦楽四重奏団のチェロが素晴らしい。この演奏は数多ある同曲盤でベストクラス。
ミシェル・モラゲス(フルート)、エミール・ナウモフ(ピアノ)によるプーランクのフルート・ソナタはフルートの千変万化の音色、10才でブーランジェの弟子だったナウモフのプーランク解釈に出会えるが、色彩感と活力、素晴らしいとしか書きようがなく、しかも音が「フランスしてる」のは驚くばかり。エンジニアの卓越したセンスを聴く。同曲ベストレベルにある。
マテュー・デュフール(フルート)、ジュリー・パロック(ハープ)、ジョアシン弦楽三重奏団によるルーセルの「 セレナード 」、これまた「おフランス」に浸りきれる逸品。この音楽、ドイツ人やウィーン人に書けと言ってもどう考えても無理だ。録音エンジニアもフランス、ラテンの透明な感性、最高に良い味を出しておりフルートの涼やかな音色に耳を奪われる。最高!
ドビュッシーの「 フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」は(同曲の本編に書きませんでしたが)、これまた演奏、録音ともベスト級のクオリティ。序奏とアレグロでもルーセルでもここでもフルートとハープの相性は抜群で、その創案者モーツァルトの音色センスがうかがえるが、そこにヴィオラが絡む渋い味はどこか繊細な京料理の感性を思いおこさせる。
以上、残念ながらyoutubeに見当たらず音はお聴きいただけません。選曲は中上級者向きですがフランス音楽がお好きな方はi-tunesでお買いになって後悔することはないでしょう(musique francaise pour fluteと入力すると上のジャケットが出てきます)。CDは探しましたがなく、僕も仕方なくi-tunesで買いました。間違ってもこんな一級品のディスクを廃盤に追いこんでほしくないものですね。
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Rook
9/3/2016 | 10:20 AM Permalink
東さま、Musique francaise pour flute、「ブラボー」です。
私はフルートを吹く(吹いていた?)ので、フルート音楽に興味を持っていますが、本盤を知りませんでした。流石にくまなく見渡されていて守備範囲の広さに感服します。カープ菊池並みですね!コンピレーションなのに、コンピレーションに聞こえません。それにジャケットにシャガールを使っていて、通常のコンピレーションとは違う製作者の想いが臭ってきます。その昔、レコードを買うか買うまいかの重要な判断要素としてジャケットデザインがありました。今は試聴が多くできるのでそういう勘に頼る作業が少なくなっていますが・・、何かを感じさせるジャケットは裏切らないことが多かったです。
全曲素晴らしく、且つアルバムとしても統一感があって魅力的です。おっしゃる通り、いくつかのお店でリストされているものの、すぐ買えるのかはっきりしませんね。
私の最も尊敬するフルーティスト/音楽家は、スイスのペーター=ルーカス・グラーフなのですが、この手の音楽はフランス人に任せた方が良さそうです。感性の仏に対し、知性の独・墺という図式は私も同感で、両者は互いに相容れないものです。
ドビュッシーの「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」は最晩年の傑作で大好きです。直腸癌と第一次世界大戦でドビュッシーは悲しみの底にあったとの事ですが、それを離れても大変魅力的で、よくぞヴィオラを入れたと感心しきり、数ある作品の中でもいぶし銀(ノイマン/チェコフィルのキャッチでした)の傑作です。フルートとヴィオラの音の引き継ぎがハッとさせられます。私は1962年エラート録音のランパル、パスキエ(本盤のブリュノのお父さん)、ラスキーヌ盤で長年楽しんでいます。本盤のランパルも死の前年の録音で、レーベル通りサファイア級の演奏です。
とても素敵なCDのご紹介ありがとうございました。
東 賢太郎
9/3/2016 | 4:09 PM Permalink
お気に召してよかったですね。長いこと独語圏、英語圏に住んだのでラテン語圏は煌めいたイメージがあります。ゲーテやブラームスがアルプスを越えた気持ちわかります。イタリア文化、歴史は大好きですがこと絵画、食事、音楽だとフランスなんです。高度の感覚的洗練ですね。ドビッシーの行く末にメシアン、ブーレーズが来ますが面白いです。メシアンが旋法、音色にこだわった、算数的には順列派ならブーレーズは数列派、確率派に進んでいて別脈(独墺)の新ウィーン楽派(バッハが数学的なところにルーツ)まで親和性を持たせたところが革命児です。その眼でやったドビッシー、ラヴェルが凡庸でないのは不思議でありません。フルートは独墺では旋律楽器ですがフランスでは音色楽器の意味合いを強く感じます(牧神、ダフニスetc)。このアルバムはその好例と思います。
Rook
9/3/2016 | 6:14 PM Permalink
東さま、よくよく調べるとAmazonにありましたので、早速発注致しました。大体わかってしまっているのですが楽しみです。ありがとうございました。
花ごよみ
9/5/2016 | 8:43 PM Permalink
「JEUX」を初めて聴きました。冒頭のハープにホルンを重ねているのは、たぶんハープの音を若干柔らかくしたかったのかもしれないですね。弦の「ビーン」とした響きに「プワ~ン」としたホルンの丸い響きを少し加えて。同じような使い方で、ホルスト「ジュピター」の中間部、3拍子になるところ「ソーシ♭ー ドードミ♭レシ♭ ミ♭ファミ♭ーレー~」という部分なんですが、(たぶん誰でも聞いたことがあるはず)学生時代にこれをFM放送できいていて、はたしてこのメロディが弦なのか管なのか???・・・
弦にしては、ちょっと「ポワ~ン」とした音で、管の割には「ビービー」とちょっときつい音なので、不思議ふしぎ(**?)
後日、オケのスコアを見たらホルンと弦のきれいなユニゾンになっているでは、ありませんかっ!! ☆彡☆彡
その演奏がとても上手くまるで(←強調)一つの楽器のように聴こえていたので、それが複数の楽器の音色を自由な割合で合成できる「シンセ」の出現の必然性を強く感じた瞬間でもありました。
東 賢太郎
9/5/2016 | 11:27 PM Permalink
遊戯は1912年7-8月作曲でストラヴィンスキーの「火の鳥」(1909)、「ペトルーシュカ」(1911)の直後の作品です。初演(1913)の評判は2週間後に初演した「春の祭典」にかき消されました。デュカスの「魔法使いの弟子」(1897)、ストラヴィンスキー「花火」(1908)そして何より「火の鳥」が聴こえてきて「ペトルーシュカ」みたいに終わる不思議なバレエ音楽です。バレエ・リュスによる甚だ霊感に欠けるストーリーに書けと言われてお金のために書いて、図らずも最後の管弦楽曲になってしまいました。ブーレーズが高く評価して上掲の録音をしたことで株が上がった曲といっていいでしょう。