Sonar Members Club No.1

日: 2016年12月13日

ポゴレリッチのラフマニノフ2番を聴く

2016 DEC 13 23:23:12 pm by 東 賢太郎

デュトワのカルメンと前後してしまうが、今日の読響について。指揮台に立ったオレグ・カエタニはフランクフルト駐在時代によく聴いていて、ヴィースバーデンでのリング全曲は彼の指揮だった。なにせあのマルケヴィッチの息子だ、もっと硬派なプログラムだったらよかった。

いつも感じることだがボロディン2番はライブだとオーケストレーションに空隙を感じ粗野な原色ばかり目立ってしまう。かと思えば終楽章のあの素敵な第二主題の伴奏になにもトロンボーンを重ねなくてもいいのにというベタ塗りがあったりもする。シンセでたくさん演奏するとスコアを見てヤバいなあというものを感じるようになって、これはやってないがきっとトロンボーンは超弱音か無しにするだろう。

カエタニはまったくその辺を気にしてない風情であった。チューバまで入った金管群であるわけだしこれがロシアの感性と言われれば仕方ないが、そうであるなら男同士がキスする感性など日本人の僕にはわかりようもないというものだ。フランス系のアンセルメやマルティノンは薄口でうまくやっているし、人工的であってもミキシングでうまく化粧した録音で聴く方が僕はずっと楽しめる。カエタニは低音を鳴らすので特にそう思ってしまった。

交響曲が先でトリが協奏曲というのも珍しいが、ポゴレリッチあってのことだろう。

ラフマニノフの2番だったがこれはproblematiqueだ。強めに始まる鐘の音は途中で弱まり、再度強くなる。こんなのは初めてだ。テンポは不可解に遅いと思えば第2楽章の主題は無機的に速く、つづく右手の単音の旋律はなんとフォルテに近かったりする。遅い部分はルバートがかかりまくり、終楽章のピアノの入りのアルペジオは真ん中の数音符だけ突然フォルテで弾いたり、まったくわけがわからない。

それでいてフォルテは強いだけでちっとも美しくなく、細かいパッセージは弾けていないしミスタッチもある。アンコールの第二楽章がほぼ同じだったから即興でもなさそうであって、つまり考えぬかれた解釈のようなのだがではどうしてそうなるのか理解に苦しむばかりだ。演奏家の感性や哲学は尊重するしありきたりの美演より僕はそっちを採る主義なのだがこの曲にそんな深い哲学があるとも思えない。

グールドのモーツァルトはなにくれかのirritationを聴衆に与える意図が隠されていて、彼はそういう屈折した心理を持つ天才だったと思っているが、ポゴレリッチもそうなのか推察するほど僕は彼をよく知らない。記憶にあるのはあの流麗で瑞々しく神のgiftを強く感じさせるスカルラッティやガスパールなのだが、彼のその後の人生には何があったのだろう?拍手をする気分ではないままそういう疑問ばかりが心を占めてしまいサントリーホールをあとにした。

 
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大山鳴動して・・・

2016 DEC 13 1:01:51 am by 東 賢太郎

昔から物を忘れたりなくしたりは慣れているが今度ばかりは参った。あの日の午後のこと、昼にオフィスを出て、天気がいいのでちょっと遠くに弁当を買いに行った。目がよく見えないので小銭で払わず、千円札を出してお釣りはジャラジャラと財布に流しこむのが常套手段だ。この日もそうして財布をズボンの右ポケットに入れた。それが少しハミ出していたのかもしれないなあと後で後悔することになるのは、この時は知らない・・・。

翌朝、カバンの中にそれがないのに気づいた。そんなはずはない。逆さにして全部出してみる。ない。部屋中思いつく箇所をくまなくさがす。ない。そんなはずない、財布だぞ。やがて家中大騒ぎとなり、そうだ昨日は告別式で喪服だったんだよなと一縷の望みを託してガードローブから上下を引っ張りだしたが、ポケットはもぬけのからだった。

これはまずい、もしやと会社に電話する。しばし待ってデスクやら屑篭の中まで探してもらうが、答えはやっぱりありませんだ。参った。どこにもないわよ〜、30分もたったころ、下の階から家内と娘の声が響いてきたあたりで、何か間違ってるんじゃないかと疑心暗鬼になりつつも最悪の事態が頭をよぎる。ついに捜索を断念する結論に至ったのだった。

お〜い、すぐカードを止めてくれ〜。

会社にも家にもない、帰宅途中に触った記憶もないとなると論理的な帰結は一つしかないのである。弁当を買った帰り、会社までの道すがら落としたかスられたかだ。すぐ家の近くの交番に届けたが、連絡は来てませんねとつれない。午後には現場から目と鼻の先の紀尾井町の交番に望みをかけたがやはり答えは同じであった。

結局、警察からの連絡を首を長くして待ったものの財布は三日たっても現れず、一週間待っても、そしてついに一カ月が経過しても何らの音沙汰も得られなかったのである。

カネだけぬいてあとはポイッて道端に捨てるケースもよくあるらしいよ、それにかけるしかないよねという慰めの声もいただき、期待したのだがそれすらない。これは明らかに盗まれたうえ、証拠隠滅で処分されてしまったに違いない。くそっ、きっと川に投げ込んだか燃やしでもしたんだろう。

落としたのを拾った人がネコババということはないよ、場所柄からしてあの辺の人が出来心ってのは考えづらいし交番が目の前だよ。拾うのを誰か見ていたろうし普通すぐ届けるさ。とすると残る可能性は一つしかないのだ。最初っから目つけられてたね、喪服でポケットが浅くてズボンからはみ出てたしね、こりゃあスリしかないな。

そういう解釈に落ち着いた僕は家族に冷静に説明したが、事態はそれで済むほど甘くはなかった。お父さんあの財布わかってるの、ついこの前じゃないあれあげたの、せっかく家族みんなで選んだプレゼントよ、6万円よ、と財布そのものにはあまり執念や惜別の感情を見せなかった僕に手厳しい非難の声が浴びせられたのである。たしかに財布は大事にしてたし申しわけなかった。しかしそこにはもう買いなおせないし手に入れようもないあるものが入っていたのだ・・・。

そう、白状しよう。僕がまっさきにがっくりしたのは、入っていた現金でも財布でもクレジットカード類でも運転免許証でも保険証でもイオンのポイントカードでもなくて、2年前に屋久島で不思議なイスラエル人女性を助けてお礼にともらったユダヤ教のお守りだったのである。「アズマはヘブライ語で強いという意味です。このお守りで必ずあなたにいいことがあります」と決然とした眼で手渡された銀色に輝くそれは、羊にも見える金属製のヘブライ語のHの文字だった。

10月27日に忽然と消えた財布。何枚もあって面倒なカードの停止と更新を何度もくり返しつつもお守りのことがずっと喉にささった骨のようであったが、そこから海外に4度も出張するなど目が回る忙しさでそれも忘れていた。鮫洲で運転免許の再発行をしたのはやっと先週の月曜、12月5日のことだ。そして、長女からラインでそのメッセージが入ったのが、忘れていたビックカメラのカードを使用停止にした12月8日木曜日の午後4時のことだったのである。

「お財布、お父さんの部屋で発見されたよ」

・・・これが何のことか、わかるのにしばらくかかった。お父さんの部屋???そんなはずはない、あれだけ探したんだぞ。

「どこ?」

「クローゼットのケースの中だって、お数珠と袱紗といっしょに入ってたみたい、お母さんが発見しました」

どうも喪服を脱いでポケットのものを全部出したときに財布も取りだして、数珠と袱紗と一緒に祭礼用のプラスチックケースにばっさり入れてしまったらしい。こりゃわからんわけだ。

「気が動転してたんだね・・・」

家族には慰められたが恥ずかしいやら嬉しいやら。動転?たしかにしていたが、ひょっとして中村順一氏のいたずらだったかもしれないなあなんて思いつつ帰宅。ダイニングテーブルにでんと僕を待ち構えて鎮座する我が財布は神々しく見えた。よかった。これであのユダヤのお守りも無事だ。

ところが、なんとしたことだ!お金やカードはそのまま入ってるが、あのお守りは財布を逆さにしても振ってみても出てこない。影も形もないのである。

「ユダヤのお守りがないけど・・・」

「えっ、お父さん、あれ?あれはこっちにあるよ」

娘が台所のパソコンのあたりからそれをひょっこり持ってきた。

「お父さん、これお財布と関係ないよ、だってクルマの中に落としてたのよ、だから拾ってここに保管しておいてあげたの」

わけがわからないが、しかし、どうもそういうことらしい。いったい俺は何が大切だったんだろう?いつ、どんな因果でこれを車中に落っことしたんだろう??

「11月はお守りがなかったんだね、だからエライ大変だったんだ」

そう納得することにして大山鳴動のお財布事件は無事に、しかし不可解な謎を残したまま幕を閉じた。

「これでケータイと2度目だね・・・」

そうだった。ケータイ事件も大騒ぎになったが、電車の網棚にあってちゃんと終着駅に届けられていたのだった。若い時からの所持品健忘症は救いがたい。小物をあまりになくすからと大き目のカバンに替えたら安心してそのカバンごと飲み屋に忘れた。これはどうしようもないのだ。ということで、目前の旅行は財布、ケータイの類は自分でいっさい持たず娘にまかせることにした。

 
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