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日: 2017年1月20日

クラシック徒然草《フルトヴェングラーと数学美》

2017 JAN 20 22:22:02 pm by 東 賢太郎

シューマンの3番聴き比べをお読みの方は僕がいかにテンポにうるさいかお分かり(というか辟易?)でしょう。しかし仕方ないのです。世の音楽評論はそれに触れるのが稀ですが僕にはそれは文系的感想文であってグルメ日記と変わらない。音楽には計量的な要素が多くそれを明示しないと同じ好き嫌いでも根拠が不明です。

指揮者のすべき最大の仕事はテンポ(timing)設定だと僕は思います。たぶんほとんどのプロの指揮者にも同意していただけると思う。テンポの変わる音楽は基本的にクラシックだけで、指揮者がいるのもクラシックだけだという事実にそれは現れています。

アレグロ、ラルゴのように楽曲全体の基本となるテンポは指定されていても、それ以外に細かくは楽譜に書いてありません。楽曲を構成する複数の主題、経過句、変奏さらにそれらを構成するひと塊りの音符群(フレーズ)にもテンポという可変的要素はあって、さらにそこからピッチを除いたものをリズム細胞と呼べば、それにもあります。

有名な例ではウィンナワルツの1・2・3というリズム細胞で1が短い。3つが等価でも青きドナウは演奏できますがそれらしくならないわけです。記譜するなら1:2:3の数値比を示せばいいがシュトラウスはそれをしていません。そういうものが総じて伝統であって、同じことは世界の古典芸能、雅楽にも歌舞伎にもあるでしょう。

主題や曲想に合わせて場面場面の速度をどうとるか、緩急の継ぎ目において時々刻々の速度の変化率をどうとるかで演奏の印象は千差万別となります。フルトヴェングラーはその達人でした。ブラームスの交響曲第1番には彼しかできない痺れるような、多くの指揮者がそれをまねているが一向に様にならない至芸と僕が思う部分が2箇所あります。

今日はそのひとつ目をお話しします。

第1楽章展開部の最後のところ、293小節で一旦音楽は静まり返り、ppのコントラファゴットの低い呻吟のようなf#・g・a♭からだんだんクレッシェンドが始まりますがスコアにはちゃんとpoco a poco cresc.とありますからこれはブラームスの指定です。それが頂点に達するのが下のスコアの K(321小節)です。

bra1

フルトヴェングラーの演奏を僕のイメージで書くと、まずコントラファゴットに向けてテンポも音量もだんだん減衰してきて、呻吟のppのところで世界は冷え込んで奈落の底で時が止まります。そこから今度はテンポも音量も徐々に上がって音楽が延々と加熱していき、トランペットの運命動機  ♪♪♪♩  が鉄槌のごとく鳴り響き、ついに K の直前で音楽は灼熱のピークに達して一瞬のタメをつくりつつ Kに至って一気にすべてのエネルギーを放出する大爆発を起こします。するとぐぐっとテンポの腰が落ち、弦のユニゾンの音色が吹きすさぶ突風のように驚くべき急変を見せ(!)、ティンパニの ♪♪♪♩  が地獄に落ちるかのような恐ろしい審判を聴く者に告げるのです。実に凄い。

以上のことが下降、ボトム、上昇という美しいV字のループ状の曲線を描いて展開するさまは一個の芸術品をみるようで、音量を形(shape)と感じたバランスかと思われますが、実は音量に伴って速度も同じ方向に変化しているのです(それはスコアにない)。Kに至る上昇過程で、音量および速度をY軸に、時間をX軸にとってグラフ化するとxで微分した速度、音量の値は常に合致しているのではないかと感じており、計測してみたい衝動に駆られます。彼にそういう意識があるとは思いませんし天性の直感なのだと思いますが、フルトヴェングラーの演奏にはいくつかこうした神懸ったものがあって、その裏には何らかの数学的な美が隠れている気がしてなりません。

お聴きください(コントラファゴットが8分45秒です)。

9分48秒から再現部ですが、その直前の「ティンパニ ff 強打」が鳥肌のたつ激烈さで、こんな凄まじい音がする演奏は彼の他に聴いたことがない。

これは伏線があって、フルトヴェングラーは3小節前の第1ヴァイオリンの c、c#、d にスコアにはないトランペットを重ねて f で吹かせているのです。この部分、展開部前の8小節はブラームスがスコア改定後に挿入したもので、オリジナルのままの主題再現で物足りず Bm、Dm、Fm、G7 を入れて第1主題回帰へのエネルギーを和声の進行推力で増幅しようというものでしょう。

それに加え、ブラームスはその個所で低弦にそこまでの1拍3つの音価を2つにしてリズムに「つんのめり効果」まで作って ff で弾かせている。つんのめりの姿勢が g⇒c のティンパニ ff 強打の強烈なドミナント回帰の勢いで持ち直して、その反動の加勢も得てどかんと第1主題にエネルギーをぶつけようというものです。

トランペット追加、ティンパニ ff 強打(スコアは f)ともスコアにはないのですがあたかもブラームスが書いたかのように自然である。上述のように分析すれば、彼自身がスコアに追加までして補強したかった方向にベクトルが合致しているのだから当然でしょう。フルトヴェングラーのデフォルメは「ワタシを見て!」ではない理にかなったものがあり、その場合は余人の及ばぬ名演奏を成し遂げていると思います。

彼の1番は優れた有名なものが2つあって①52年2月10日(BPO)と②51年10月27日(NDRSO)です(どちらもライブ)。②の美も認めつつ、僕はここに挙げた①を選びます。例えば再現した第1主題は②では挿入した8小節のままの速度で進みますが①では少し戸惑ってから速くなります。その速度が僕は好適と思うからですが、この辺はもう好き好きの領域です。

もう一つの至芸は第4楽章にありますが、次回に述べます。

 

フルトヴェングラーの至芸の解明(その2)

 

 

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