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どうしてワタシがオペラに?

2017 APR 19 13:13:12 pm by 東 賢太郎

僕はワイン好きですが、ウンチクたれる奴が大嫌いです。英語でそういうのをワイン・スノッブ(俗物)と呼びますがちゃんとそういう連中の社会はできていて、ロンドンにいたころ爆笑して読んだ「一流のワイン・スノッブになる方法」という本があって『赤で高級そうなのが出てきて意見を聞かれたら何であれ「It’s big.」と言えば安全である。ただし白でそれは禁句である』なんてどうでもいいノウハウがたくさん書いてある。スノッブを茶化す本なのですが、恥をかかない実用本としてまじめに買う人もいるんでしょう。

フランス料理もおんなじで堂々たるスノッブがいます。パリのタイユバン・ロブションとかアラン・デュカスなんてそれだらけで、料理はお値段なりの味で全然どうってこともない。それがワイン・スノッブの巣窟でもあって、高いのを飲ませてふんだくって連れの女にいかに見栄を張らせてやるかの演出にたけた店だから高級店ということになってる。ジュネーヴやブリュッセルに半分の値段で良心的でもっとおいしい店があります。

オペラにもいるんですね。ザルツブルグ音楽祭なんてオペラのタイユバンみたいなもんで、カラヤン・ウィーンフィルの薔薇の騎士なんて劇場に入っていく着飾った客を見る群衆がわんさかいて貴婦人気取りの女のファッションショーでもあった。女に見栄を張らせてやる代金が乗ってるからチケットは馬鹿みたいに高いし、逆に高くないと女にお値打ち感が見えないから男に売れない商品でもあるのです。

そういうのがいると庶民は気後れして「どうしてワタシがオペラに?」となりがちですが、そんなもったいないことはない。ああいう女はどうせ音楽なんて聞いてないでしょ、ワタシは楽しんでるわと上から目線で見てやればいいのです。モーツァルトは「オペラでは音楽が劇のしもべじゃいけない」と言ってます。音楽がわからないオペラゴーアーはただのスノッブです。

「わかる」というのはアンダースタンドでもコンプリへンドでもなくて、アプリーシエイト。良さを知っている、それでいいんです。良さというのは自分の趣味(好み)であって教科書で習うもんじゃない。だから音楽を楽しむとは実は自分の趣味を知ること、自分探訪なんです。それが「うきうきする曲」でも「悲しい曲」でもいい、なぜならそれが自分だからです。

ところが「わかる」は知識やウンチクからくると思ってる人がたくさんいます。二百年も前の曲は確かにそれがいくらもあります。でもそんなのは音に関係はない。音楽は音だけでできてます。モーツァルトが早死にして可哀そうだから彼のレクイエムが悲しく響くわけじゃない、音そのものが、雄弁に、悲しい、だからそれは名曲なのです。これを聴いて悲しくなれば、それで十分に「レクイエムがわかった」でいいのです。

モーツァルトは原因不明で若死にしたためやたらと同情票が入って、音楽とは無縁な所で都市伝説まみれになってる、僕はむしろそれに同情票を投じます。彼の音楽は同情のしもべでもない。映画のおかげで知らなかった人に曲が聞かれるなら悪くはないけれど、彼がその手の理由で聞かれる必要のある他の作曲家と同列に思われたらあまりの冒涜でしょう。天才は音楽だけによって判断されなくてはなりません。

僕の音楽の趣味はけっこうはっきりしてますが、バッハもシューマンもメシアンも好きです。それがどういうことかというと、例えて言うならワインは品種の味わいが基本でありそれが音楽なら「音」に当たります。葡萄はシャルドネでそれがモンラッシェになったりシャブリになるのであってそれは枝葉です。そしてウンチクは葡萄でなく枝葉に実るのです。同じことで、よく聴きこめばハイドン、モーツァルト、ベートーベンが「同じ葡萄」からできていることがわかります。

バッハの子だくさんやシューマンの自殺未遂やらメシアンの音の色彩やらは、ソムリエ検定試験には必須の知識ですが、鑑賞にはまったくどうでもいいのです。そんなことに時間を割くぐらいなら1曲でも多く聴いたほうがいい。それで面白くなければ自分探訪はハズレだから他のを聴く。そうやって探し当てた「あたり」の曲は一生の友です。それが自分の趣味とわかるから、そういう特徴の曲を集中的に聞けばさらにあたりを効率よく探せます。

クラシック・スノッブになりたい人はなればいいし、それにも一流と二流があって、一流になれればそれはそれで社交には役に立つかもしれません。しかしこれから聞こうという人はスノッブはノイズをまき散らすだけの御仁なので完全無視で、自分の趣味だけを信じ、その曲を誰が何と言おうとお構いなしで覚えるまで聞きましょう。音楽の魅力のエッセンスは音に、それを記号化した楽譜に詰まっています。それを忘れなければクラシック攻略は極めて近道を通れるのです。

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