モーツァルトはポール・マッカートニーである
2017 APR 26 1:01:14 am by 東 賢太郎

某人気企業に内定したという人と話してたら、「モーツァルトはきいてみたいけどクラシックコンサートはちょっと・・・」といいます。「そんなこと言わないで、5月7日に豊洲でジュピターやるからどう?」とおさそいすると、「ジュピターなら知ってます」だ。「それならあなた、ちょっと努力すればザルツブルグ音楽祭で堂々とお姫様できるよ」と申し上げるとホントですかと目が輝く。
「ホントだよ。そういうのはね、やったもん勝ちなの、どうしてワタシが ? なんて言ってると一生そういうワタシで終わります。敷居が高いなんて思ったら損。だってモーツァルトは当時の売れっ子シンガーソングライターで、言ってみればポール・マッカートニーなんだ。ポップスに敷居ないでしょ」。
かように「クラシック=お堅い、音学、音が苦」のイメージは日本人の間に根強いのです。僕自身、音楽の教科書で面白いと思った曲は一つもなく、そんなのをさも「美しげ」に全員で歌わなくてはいけないあれはファシズムでした。「美しい」ってのは個人的な繊細な感情であって、ぜんぜんそう思わないものを賛美されてもカルト教団にしか見えなかったのです。
いっぽうで音大生の子と話すともう見事に自分の楽器のことしか知らない。政治経済など世事に関わる知識の欠如は百歩譲るとして、他の楽器のコンチェルトや交響曲もほとんど興味ない。パソコン教室の生徒とはいわないがそっちもカルト教団化してますね。カルト同志でやってればクラシック人口なんて増えるはずもないのです。
「モーツァルトを聞くとIQが高くなる」「牛の乳が出たり植物が育ったりもする」なんて真面目に信じられるのはカルトの秘儀で誰もわかってないからこそ。そういえば小学校のころビートルズは「不良の曲で聞くと頭が悪くなる」なんて声があったしどっちもどっちだ。僕には「朝だ元気で」より「Good Morning,Good Morning」のほうがいい曲でしたが。
「父はビートルズのアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を毎晩聴き、ポール・マッカートニーさんにファンレターを書いていました」と語ったのはお堅いクラシックで我が国を代表する作曲家であられる武満徹の娘、真樹さんです。
すごいことですね、僕もポールの大ファンですがさすがにファンレターは負けます。その代りジュピターの第2楽章をピアノで弾いて、ここのところですね、
(譜例1)
A7、D7、G7、C7、F なんてコード進行、セブンスが4つも続いちゃってすごい! ぶっ飛んでる。それも A から F なんてサージェント・ペパーズとかルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイヤモンドじゃないかなんてひとり悦にいってます。
この直前の和音は C ですから、のちにベートーベンのトレードマークとされる3度の転調が直感であっけなく書かれてるし3拍子を3+3でなく2+2+2のへミオラにしてる。だからお堅いクラシック正統派路線でも「和声とリズムの迷宮に誘い込む」なんて真面目な人が書いててもよさそうなんですが、こういうことでモーツァルトが天才だという論評は見たことがありません。
我々はいろんな音楽を(それこそビートルズを)聞いてるのでそのプログレッションに不感症になってますが、当時は聞きなれなかったでしょう。だからこそハイドンは交響曲第98番で追悼としてここの目立つコード進行をコピーしたのだと思います。
しかし、それに続くここですね、2小節目までフルートも忠実にコピーしてますが3小節目(f のところ)になるともう絶句ものだったのか、してません。
(譜例2)
ハイドンの辞書にこういう音はのってないのであって、彼はぎょっとしたと思います。それもそこでクレッシェンドして聞かせどころにしちゃってるぞ、物凄いやつが出てきちまったなと。嫉妬したのは彼であってサリエリではなかったかもしれません。
楽譜の部分をぜひ聴いてみてください。上のほうが2分24秒から、下が2分37秒からです。
えっ、なんでもない、普通に聞こえる?
そうなんです。その通りなんです。だからビートルズとおんなじなんです。
(ご参考)
譜例2のクレッシェンドの部分のオーケストラスコアです。最初の8分音符、フルートの入る f の8分音符の2か所で第1オーボエと第1ヴァイオリンが短2度でぶつかっており、後者ではさらに第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、および、バスとヴィオラ・第2オーボエが(別々の)長7度でぶつかっています。
後者が昔から変な音に聞こえていて、ひょっとして間違いじゃないかと気になってモーツァルトの自筆譜ファクシミリを見たのです。
間違いなわけはなかったですね。ごらんの通りで、crescendo を思いっきり書いてるわけだし。フルートだけが先に f で入ってメロディーっぽく聞かせ、裏の不協和を巧みに「隠し味」にしてるわけで、しかしながらその割にヴィオラの縦線がバスとそろってなくて、彼の音の思考回路はまことに不可思議であります。
(補遺、22 june17)
ライヴ・イマジン演奏会(5月8日)のレクチャーで僕がファツィオリで弾いたのが、ジュピター第2楽章の楽節(上掲、「譜例1」の前後)とハイドンによる98番第2楽章の引用部分でした。そこの和声進行と同じのがルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイヤモンドにあるんです。そっちも弾いて話はビートルズに飛ぶ予定だったのですが、舞台の袖からマネージャーさんの「お時間です」のサインが出て断念。モーツァルトとビートルズは魅力あるテーマと思います。
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中島 龍之
4/26/2017 | 10:51 AM Permalink
モーツァルトがポール・マッカートニーというのは、万人に受けるイメージ的にピッタリだと思います。となると、じゃあ、ジョン・レノンは誰に例えるということになり、ベートーベンだと、言ってしまいそうです。ジョンの方が重いというだけのことですが。しかし、武満徹がポールにファンレターとは、驚きですね。その感情のエネルギーが凄いです。
東 賢太郎
4/27/2017 | 1:20 AM Permalink
そうですね、武満徹の感情の大きなエネルギーからすれば、いい音楽に垣根はないってことだったのでしょうか。彼は音大出てなくて独学で、ポールもジョンもピアノもろくに弾けなかったし、でも3人とも作曲であれだけ成功したんだからよくわかりませんね。演奏するのと作曲するのと、全然違う能力と僕は思ってます。
西室 建
4/28/2017 | 2:58 PM Permalink
我々の小学校から中学の不良はローリング・ストーンズを聞いてたんじゃなかろうか。