Sonar Members Club No.1

日: 2017年5月21日

N響・スタインバーグの「わが祖国」を聴く

2017 MAY 21 10:10:24 am by 東 賢太郎

きのうは本当に久しぶりにブルックナー5番のいいものを聴いて、まだ頭の中でずっと鳴り続けている。この曲は主題そのものに転調のメカニズムが埋め込まれていて、ドビッシーがフランクを転調機械と揶揄した塩梅にぐるぐると調が変転して色彩が移ろうのが実に楽しい。

それで順番が前後してしまったが先週はN響でスメタナの「わが祖国」全曲をピンカス・スタインバーグで聴いて、これはこれで随分と面白かったのだった。

チェコ人に国民的音楽家はと問うと、ドヴォルザークという答えはまず返ってこないらしい。スメタナだ。「わが祖国」は英語でMy Homelandと訳され、英国でこれをプログラムで見て違和感があった。一方、ベルグルンドがSKドレスデンを振ったドイツ盤にあるMein Vaterlandはなぜか納得していて、我ながらまったく筋が通っていない。チェコ人はドイツ語で呼ばれるのが最も嫌だろうなと思うのだがそれは頭で考えてのことだ。

この音楽はいわば長大な国歌のようなものだ、君が代をYour reignなんてやめてくれよということであって、これはチェコ語でMá Vlast と呼ばれねば非礼だろう。そういえば来日したベームやカラヤンが君が代をやっていたが、あれもちょっと違う、そりゃウィーンフィル、ベルリンフィルなんだから響きは立派なんだけどと思ったりしたものだ。

音楽はユニバーサルなもので国籍はない、そんなのがあったら日本人はなにも演奏できないじゃないかということになる。幸い事情はアメリカもイギリスもほぼ同じであって、グローバル言語の英語で「音楽は無国籍である」と発信されているから心強い。しかし欧州大陸に5年半住んでみて心から思ったことなのだが、ドイツ、フランス、イタリアなど大陸では英語はマイナー言語であって、外国事情を悉く英語で受容している我々が想像しているほど英米人の都合で欧州文化が無国籍化されていることはないことを知るのである。

英米人が手も足も出ないウィンナ・ワルツというものがあるが、「今や時代はグローバルだ!」とあのズンチャ~ッチャを均等に振っても様にならない、どうしようもない。あのオケはウィーン人しか就職できない?雇用機会均等法違反だ!あっそう、じゃあ均等振りでやればいいよ、でもお客入らんから。そういうことだ。歌舞伎を英語でやったっていいがおんなじことだろう。それが仮に英語圏で流行ったとしても、それで本家の歌舞伎まで英語になる道理などどこにもない。

僕はクラシック音楽にローカルなものを積極的に聞きたい聴衆に属する。ドレスデン・シュターツカペレの音がベルリンフィルみたいになりつつあるのに憤りすら覚える者だ。英国EMIが録っていた時は良かったが、イタリア人のシノーポリが音楽監督になりドイツのDGが録り始めてからおかしくなってしまった。フランスもパリ音楽院管がなくなってあの音は消滅。パリ管などもはや至ってインターナショナルな音である。

はっきり言うがそんなものは僕には金を払って聴く動機がない。伝統の音色を捨てて技術だけを差別化要因とするなら、そのコンセプトで演奏家教育をしている米国のシカゴ響やフィラデルフィア管にかなうはずもないのである。後者を2年聴いて、ヨッフムとやってきたバンベルグ響の弦の音を聞いた時の喜びは忘れようもない。砂漠にオアシスとはこのことだ。オケはうまければいいというものでは絶対ない、僕は身をもって、渇望の中でそれを体で味わった。

そういう下地があるので、N響がわが祖国をやるといって期待しろというほうが無理だ。スタインバーグも親父が偉大過ぎて特に関心がなく、これが初めてだったからなおさらだった。

ところが、これが大変良かった。まず弦だ。素晴らしいピッチであり文句のかけらもなし。コンマスは伊藤亮太郎氏。以前に彼のことをポジティブに書いたが、彼がいる時で第1Vnの音に不満を持った記憶は一度としてない。不満がなかったほうが少ないのだから、それが彼の功績であると結論して問題ないのではないだろうか。この日の弦は5部すべてが同様に上質。いい時のドレスデン・シュターツカペレを彷彿させる東欧的な音とすら感じた。特にシャールカの速いパッセージは秀逸、ワールドクラスの出来として印象に焼きついた。

ピンカス・スタインバーグはサンフランシスコで聴いた親父さんウィリアム・スタインバーグの指揮姿を思い出し懐かしい。弦の音質に湿度があるせいでオケ全体の音に粘り気があり、いつもの薄味のN響と程遠いこってり味だ。すべての音に質量が付加され、天井に舞い上がることなく下へどっしりと向かっていく。N響に限らず日本のオケからこんな音がするのはあまり記憶がない(マタチッチが唯一近かったかもしれないと思う)。こういう音が作れるならオケの国籍こそ不問となるだろう。音楽の国籍は消しようがないが、優れた指揮者はこうやってそれを払しょくできるのだ。また聴いてみたい指揮者が増えた、ありがたい。

(ご参考)

米国放浪記(7)

スメタナ 交響詩「我が祖国」よりモルダウ

 

 

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