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広島カープ奇襲に敗れたり

2017 OCT 25 17:17:45 pm by 東 賢太郎

史上初の10ゲーム以上の差からの「ウルトラ下克上」だったというが、公式戦で勝ち越したほうがやっぱり勝ったということでもあった。まあ、プレーについてああだこうだ言うのもむなしい。どうしてこんな強いDeNAがペナントレースを制しなかったんだろうという疑問だけを残してセリーグの覇者カープは消え去った。

公式戦でのカープは僕も黄金期を予感したほど圧倒的に強かった。ポストシーズンもそれをやるだけという緒方監督の「いつものどおりの野球」は批判できない。それを自ら崩すリスクを取る理由はなかったと思うからだ。1位チームの宿命である対戦相手未定のままの10日のブランク。これが命運を握ったように感じる。その間、まじめなカープが準備を怠ったはずはない。ソフトバンクだって同じシチュエーションで最初の2つを落として冷や汗をかいた。カープのほうは本領が戻る前にあっけなく倒されてしまったという印象が強い。

 

戦い前のカープ関係者の心境というと察するにこんなものだったろう。

投手陣は休養充分、相手は疲れてる、真っ赤に染まるズムスタの大歓声、相手はずっとアウエーだ、台風で雨が降れば日程有利だ、社会人との練習試合で準備はしてる、去年も勝ってる。俺たちはリーグ王者だ、有利、有利、有利・・・。

えっDeNAか、巨人か阪神ならよかったのに、あそこには負け越してるし、あの歴史的屈辱の3試合連続サヨナラ負けがあったよな、鈴木誠也、安部、エルドレッドがいない、石井、河田コーチは辞める、嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・。

誰にだってあるプラス思考とマイナス思考の葛藤だ。ただ、考える時間がけっこう長かったのと、マイナスの方にちょっとしたトラウマがあったのがやや特別だったかもしれない。みんなあれは忘れようぜと「なかったこと」にはなっていたろうが。

 

それはこれだ。8月22日のハマスタ、先発はカープがエース野村、DeNAは実績のない飯塚。終始楽勝ムードの中、3点差で勝っていた9回裏に筒香、ロペス、宮崎の3連発で信じ難い逆転サヨナラを喫した試合である。屈辱の3連敗はここから始まった。そのシーンをご覧いただきたい。

昨日の勝利シーンより盛り上がってるではないか。この試合、実はその3ホーマーには伏線となる号砲があった。8回裏、好投していた野村が代打・嶺井に打たれた本塁打である。夏場の連戦で疲れている救援陣を休ませたいから完投してあげよう。点差は4もある。嶺井はホームランはないだろう(今年はそれを入れて3本)。やさしい野村の気がゆるんだかもしれない一球だった。

しかしそれでも差はまだ3点あった。9回表そのまま捕手についた嶺井は、敗戦処理で出てきた投手・尾仲を強気にリードして菊池・丸・鈴木誠也を三振・三ゴロ・三振に切り捨てたのである。これでやや空気が変わった。その裏、2番柴田がヒット、そしてとうとう出た筒香のツーラン。空気は完全に変わった。野村にかわって急遽登板となった今村が2連発を食らって、あっという間にカープは撃沈されたのである。ちなみに尾仲はシーズンこの1勝のみだった。

ひとつだけ緒方に苦情をいうなら、このCSファイナル、2戦目は野村でなくジョンソンでいくべきだった。8月22日を覚えているならだ。9点取られて万事休した昨日の屈辱のゲーム、そのローテーションなら先発は野村ではなくジョンソンだったのである。第3戦でカープ投手陣で唯一好投したジョンソン。たら、ればを言っても仕方ないが彼をたてて第2戦を取ってればそこでもう王手だった。先行きは変わっていただろう。

8月22日の捕手・曾澤は野村をリードした昨日の2回、宮崎を内角シュートで攻めた。黒田流だこれはいい。しかし野村が頭を振って全力で投げたそのシュートを会心の一撃で左翼席に運ばれた。初回に2点先取してはいたものの、この1点でもう嫌な予感がしたカープファンは多かったのではないか。8月22日を覚えているならば・・・。そのシュートはさらに甘くなって今度は桑原に左翼ポールに当てられた。その瞬間に、僕のなかではそれはほぼ確信になってしまった。ラミレスなら野村を3回も引っ張らず、宮崎の一発を見てすぐ替えていただろう。

昨年10月のCSファイナルS。広島相手に1勝4敗で散ったマツダスタジアムのロッカーで、DeNAはほとんどの選手が涙を流していたそうだ。今回そのリベンジにかけて一丸になっていたのはあまりに当然で、シーズン勝ち越しや3連続だってそれがモチベーションの根底にあったろうし、あれをもういっちょうかましてやろうと燃えていただろう。かたや筒香に打ちのめされKOされてベンチでへらへら笑ってた大瀬良、こいつはなんだったんだろう。開幕前にラミレス監督は「優勝ラインは80勝。だから80勝つ野球をする」と言った。米国流の合理主義者で知将なのだ。だから彼にきいてみたい。「どうして戸柱でなく嶺井を使ったの、8月22日だよね?」と。そう、もうひとつかな、「孫子は読んでるよね?」なんて。

総力戦?ちがう。弱い方が総力つくすのは当たり前。ラミレスがしたのは奇襲、撹乱、瞬殺だ。孫子の兵法そのもの、桶狭間の信長もしたことだ。奇襲とは敵を混乱させて反撃の猶予を与えない攻撃方法である。自分から仕掛けないと撹乱、瞬殺できないから奇襲は受け身ではできない。野球でいうと打撃は受け身であり奇襲は代打起用や盗塁の程度だからどんなにやっても想定の範囲内にとどまる。本当にええっと相手を驚かす奇襲は投手起用でしかできないのである。

先発石田を1イニングで替える、優位な試合なのに前半からめまぐるしく7人も投手をつぎこむ。しかもエース級の濱口が4回に、今永が7回に出てくればもう何をしてくるかわからない、これぞ奇襲でなくてなんだ。そこでカープ打者は嫌なのが来たなと心が乱れて打ち損じる、これぞ攪乱でなくてなんだ。そして最後にパットン、山崎という絶対の2人による瞬殺が待っているのである。

この監督の兵法を現場でまかされたのが嶺井捕手だった。僕はこのCSは嶺井にやられたと思っている。阪神戦は嶺井、戸柱、嶺井の順だった。広島戦は戸柱、高城、嶺井、嶺井、嶺井だ。ラミレスが8月22日を意識したかどうかはともかくジョンソン先発の第3戦で完封した嶺井に賭けようと腹をくくったようで、どの時点だったかは知らないが「チームを日本シリーズに連れて行くのはお前だ」と嶺井に告げたときく。正捕手の戸柱でない人にである。捕手が変われば配球が変わる。これも投手起用の奇襲効果を増幅した。カープ打者は左右高低を派手に揺さぶられて徹底的に嶺井に攪乱された。

つまり、ラミレスは意図的に「いつもどおりでない野球」をしたのであり、緒方は「いつもどおり」にこだわった。公式戦で勝てたのは長丁場の戦いでは相手もいつも「いつもどおり」にやるしかなかったからだ。カープサイドの視点からすれば今回の負けはバッテリーの負けである。投手ウィーランドを3回も出塁させてあげる優しいお嬢さん配球。いやらしさ皆無。これじゃ抑えられんぞと見て取った打線が焦る。そこに相手の投手起用と嶺井の奇襲がドンピシャでハマって新井と田中以外おかしくなった。「いつもどおり」は「いつも」を忘れた人にはできない。ベンチとちぐはぐになり、さらに焦ってさらにおかしくなった。

そのいい例が5回の松山のファウルフライ失策だ。失策がついたがひとりボーンヘッドである。フェンスまで少しあるぜんぜん何でもない高いフライをさわれもせず、球はグラウンドでむなしくはね返った。直前、筒香にバックスクリーンにぶち込まれたツーランのショックがありありとしていた。アナウンサーまでなぜか失策に無言という野球放送でも稀に見る悪い空気がただよってしまった。それで打てと言われても誰だって無理だ。終戦後ベンチでどす黒い顔でうなだれて動けなくなっていた松山が気の毒でならない。松山気にすんな、僕はシーズン優勝のMVPは君だと思ってるよ。

すべては優勝、短期決戦の豊富な経験があるラミレス、ない緒方の差だった。経験してないことは人間はわからないのだがこうして大本営が戦略を間違えると兵が悲惨なことになる。前回の戦争みたいに。基本を大事に、努力はこつこつ他人より多く、やることやればできる、平常心、不動心で黙々とというカープ野球は日本人の精神構造に根強い農本思想によくマッチする。奇襲とは相いれない。このCS、カープのベンチや選手を驚かせたのは奇襲だが、心底おののかせたのはそうではない。焦って混乱してびびってしまった自分たちが眼前で目にしたDeNA選手たちの躍動する姿は、今年自分たちがやってきたカープ野球、いつもどおりの野球そのものだったからである。

木鶏のような強さは理想だが達成は難しい。2千年も前から群雄割拠があたりまえの欧州、中国で孫子やマキアベリが木鶏になれなどと言うはずもない。相手を欺け(奇襲、偽装、スパイetc)と説いている。木鶏であろうがなかろうが奇襲はされる、ではされたらどうするかも計略のうちなのだ。緒方はこの悔しい敗戦を農本主義の精神論で克服するのではなく、それを学ばなくてはと思う。ラミレスが奇襲するならどう来るだろう、それならあの8月22日に違いないぐらいは指揮官として読んでおくべきである。彼は「なかったことに」派の気がするのだ。ゼロ戦を恐れた米軍がそれを丸ごと捕獲して解体して調べあげた、そういうことが大本営には一番大事な仕事である。

 

(PS)

せっかく奇襲に成功したのに自分がすでに木鶏だと勘違いして兵をかわいそうなことにしてしまった小池百合子はこのCSをケーススタディにしたらいい。

 

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