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ルロイ・アンダーソン「忘れられし夢」

2017 NOV 11 0:00:06 am by 東 賢太郎

ルロイ・アンダーソンはアメリカのヨハン・シュトラウスと言われるが、僕はちがうと思う。父子共に宮廷舞踏会音楽監督だったシュトラウスはまだハプスブルグ家に取り入って名を成した、貴族社会に目線のある音楽家だった。アンダーソンは貴族の無い国で、ポピュリズムに徹しながら大衆にわかる音楽を書いて(ここだけは結果としてはシュトラウスと似るが)、しかし、そうなれば容易に消え去ってしまう音楽の本来持つ高貴さを断固失わせなかった人だ。

アメリカという国に希望の党は不要である。希望は政府がくれるものではなく人民が持っているからだ。移民だけの国。祖国より何かの光明があると信じてきた人たちの国である。今日より明日のほうが良くなるさ、と疑うことなく信じる。僕が1か月放浪し、1か月遊学し、そして2年学んで、骨の髄までしみ込んだのはその「信心の炎」であったと思う。

留学してすぐだったか、家内とフロリダに旅行してディズニーワールドに遊びに行った。ついでにマイアミからキー・ウエストまでいくぞと32本もある長い長い橋をわたって車をぶっ飛ばしたのだが、あるところで道がゆるやかな勾配をのぼっていってピークまで道路しか見えなくなった。道の先端にはブルーの空だ。てっぺんになって、すると、行く末の地球のかなたまで、広大で紺碧に光るサンゴ礁の海と一筋の白い橋が視界にどかんと開けた。

あの空にむかっていく、まるで飛行機になったみたいな、てっぺんのむこうに新婚の俺たちの素晴らしい未来が待ってるぞという無上の輝かしい気分こそ僕の人生のファンファーレだった。そして、あの空に映った目もくらむほど眩しい希望こそ、まぎれもない僕にとってのアメリカであった。

どうしてアンダーソンの曲を知ったのか好きになったのか、皆目記憶がないが、レコードではないからラジオだったのだろうか、昭和30年代初頭、そのぐらい幼いころである。家族で過ごした居間の陽だまりのあたたかさに親密にシンクロナイズしてくるのが心地よく、そういう家庭で愛情をそそいで育ててくれた両親に感謝の念がわきおこる、そんな音楽だ。

このビデオ、知らない人たちの思い出の写真なのだが、ただただ、Forgotten Dreams(忘れられし夢)という音楽にあまりにそぐわしくて感動する。

親族一同か親しい友人たちか、とにかくみな素晴らしい笑顔で楽しげで晴れやかで、心が和む。アメリカでホームステイしたこともあるが、こういう優しくて良い人たちだった。彼らと戦争をしたということなど考えたくない。

音楽って、ほんとうの役割はこういうことなんじゃないか。人のこころの善良で美しい部分をひき出してあげること、きれいな自分を本人にも見せてあげることだ。これを見て、聞いて、戦争をしたり人を殺したいと思うだろうか。自殺したいなんて思うだろうか。うちの親がくれたようなごく普通の愛情をもらえなかった子たちがきっと多くいるのだろう。いかにも不憫でならず、しかしそれでも、音楽はそういう子たちをきっと救ってあげることができる、人間に必ず備わっているはずの良心と希望というものを見せてあげられると僕は強く信じている。

 

ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)

 

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