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「フランス学序説」に教わったこと

2017 NOV 15 0:00:47 am by 東 賢太郎

僕はフランスに住んだことがないし仏語はだめだからいつも不案内だったが、そのくせ自宅のあったやドイツ、スイスから車で国境を超えるたびにそこに住みたいと思った。ロンドンからだともっとそうだ。ドーバー海峡を越えて仏領カレーに入ると畑の色がゴッホの絵みたいにぱっと黄色く、明るくなる。いかにも肥沃な土地に思え、そこでいつも心に浮かんだのは早く仏料理が食いたいという願望だった。英国のどんより曇った気候のせいもまずい食事のせいもあったが、あのわくわくする景色にそういう記憶しか残ってないのはけっこう恥ずかしい。

中央集権制の強い国家であるフランスで、パリというのは他国の首都であるワシントンDC、ロンドン、ボン、ベルリン、ローマ、マドリッドなどに比べると圧倒的な存在感と影響力がある。権力に限らず文化、伝統、生活様式などにおいてフランス的なものとはパリ的なものであり、東京とて京都をさしおいてそこまでの位置にない。対してドイツは地方分権的で官庁は各都市に分散していてベルリンとミュンヘンは政治も文化も気質や言葉までもがほぼ別の国といってもよく、ベルリンやフランクフルトの高地ドイツ語(標準語)を話さないと方言と見下されるようなこともない。僕の実感として、ドイツとフランスを同じ国民国家とくくることさえ違和感を覚えるほどだ。

パリをなんど訪問したか数知れないが、そのたびに住みたいと思ったのは絵画や音楽のせいだけではない。地方都市に行ってみても、そういうものと縁のない人々の生活圏にまで深々と浸透した「フランス的な精神」があるのを見て好ましいと思ったからだ。それがなにであるかは冒頭にギブアップしたように不案内であるが、もしパリ的であるのなら、パリという都市に「それ」が在るはずであり、それをあまねく敷衍させる普遍的なパワーが潜んでいるはずだ。古代ローマはそれを辺境にまで敷衍したが、パリにはローマの軍事力も先進的産業を生む米国流資本主義の推進力もない。そんな都市は僕の訪問した限りほかにはなく、だからそれが何かを探究したいという欲求が常に湧いてくるのだ。

大学時代に桑原武夫著「フランス学序説」(講談社学術文庫)を読んで、大いに仏国がわかった気になった(実はまったくそうではなかったが)。仏文学者、桑原武夫(1904-88)は京大名誉教授で戦後の京都学派の中心的存在として、戦後のさまざまな文化的活動に主導的な役割を担ったとされる。本書は1976年11月10日に第1刷出版とあって、日記によると77年1月10に読了しており、どこでどう出会ったかは記憶にないが渇望の書だったようだ。この書は僕に2つのことを教えた。学問を専門領域を超えて多角的に見る学際的(interdisciplinary)な考え方、もう1つは日本語の作文である。

真理に境界線はないが、学問は専門家という人間集団が行う以上、動物の習性が混在して派閥(学閥)ができることから完全にフリーであることは困難だろう。学問は実証的でなくてはならず、フランス文学、フランス史の研究を実証的に行うことはできても「フランスとは何か」でそれを行うことは難しそうだ。フランス学という学問分野がない理由につき著者は、「(学際的な方法は)実証性に欠け非学問的とみなされる恐れがあるので、学者は必要性を知りながらこれを避ける風潮がある」と書いている。

同書が冒頭いきなり「フランスは日本で十分に知られていない」と切り込むのはいくら昭和51年のこととて挑発的で、必要ならば避けずにやってみればいいではないかという学会に対する著者の経験的実証主義の宣戦布告にもきこえる。経験は実証ではないが、僕はわかるし同感でもある。余談だが、こういうのは関西的、京大的だなとは思う。関西に2年半住み関西人が家内の身にしてこその気づきかもしれないが、「桃太郎を知っていますか?」みたいな上から目線でふざけんなとなりかねないし、我々東京人は憚る。

この本の題名は悪く言えばギミックがあって、「体感されたわが身の経験を重視する」氏の研究は書物での深い学識あってのもの、学会の閉じた研究姿勢への対抗軸として初めて存在意義のあるものであって、ベーシックな学識を欠く者が学際的にフランスを知ることなど実はもとからあり得ないのである。氏が「序説」としたのは学者の良心からなのか単なるヘッジ感覚だったのかはともかく、正しいことだったろう。本書は研究書ではなくエッセイの類であって、教養書のジャンルにおいて一級品である。

しかし、ということは、21才の僕が知ったのは、当時そう思いこんでいたフランスの実像ではなく、実は方法論の方だったわけだ。それのおかげで、やがて渡英して6年ロンドンに住み、数多の観察と経験を経て英国経験論信者になる僕の精神の基盤ができたからそれはそれで幸運だった。二十歳前後までにできる精神の骨格というのは一生にわたる堅固なものと思うが、僕の場合は、受験勉強が「筋トレ」であり、根岸先生の数学、村上先生の科学史と並んで、桑原先生のフランス学がフォームを固める「トスバッティング」だった。

もう一つ学んだことは、明快で中学生でもわかる文章だ。僕は日本語の作文に於いて、『文章作法』の著書もある氏の影響を受けていることを、上掲書を読み直していて気がついた。物事を実証精神で活写しようと志せば誰もに「わかりやすい」ことが当然の前提であり、文章はわからせるために書くものでそれ以外になんの意味があるかは知らないが、わからない日本語文というのは学術書であってさえ多々遭遇する。

仏文学の碩学である著者は「フランス的ということ」の章で、その証(あかし)をクラルテ(明晰性)と合理性と看破しているが、氏の文章はそのものがそれを具現しているのだ。「『語られる言語』から、理性に支配されるべき『書かれる言語』を抽出、純化せしめ、現実の人生からいちおう離れつつ、しかも人生を知的に掌握する文章を創出した」のがフランス古典主義文学だと書かれているが、スタンダールやボードレールを訳すことのない僕には、先生のクラルテな文章からエッセンスを盗んでしまうことには価値があったと今になって感謝している。

「フランス人と日本人はともに芸術を愛するが、芸術という言葉の受け取り方は同じでなく、パスカルは『幾何学的精神』と並んで『繊細の精神』を尊重した。日本人もまた繊細を高く評価する。しかし、日本芸術では、繊細は、むしろ幾何学的精神を排除するものとして受け取られている。フランスでは、繊細を尊重すると同時に、これを生み出す芸術家には幾何学的、論理的な精神、合理主義を踏まえたクラルテがなければならない。論理と美の共存こそ、フランス芸術の誇るべき特性である

この驚くほどクラルテな説明文で、僕はフランスの音楽、絵画、彫刻に対する自分の理解、そして印象派というものの解釈が根本的に間違っていたことを知った。幾何学的精神を排除する繊細、すなわち「曖昧模糊を愛でる精神」でモネの睡蓮やドビッシーの海を味わっても別にかまわないが、クラルテの存在に気づけばぐっと知覚の奥行きが増す。プーシキンは「フランス人は最も反・詩的な国民である」といったが、詩的だから美しいとはフランス伝統的文化人は考えないのだ。経験論的にいえば知覚しないものはその人にとっては無いものだから、知らずに死んでしまう。それではもったいない。

霞の向こうの「見えないもの」や「余白」に繊細である日本人の伝統的な美感と、光の変化を微細克明に写実するゆえに見えないものは描いていないモネの絵は結果として類似の印象を与えるが、まずはいったん違うと認識することだ。それなしに浮世絵の印象派への影響を論じてみてもただのイメージ論にすぎない。こういう部類の、それこそ繊細な知的領域の正確無比な理解は、幾何学的精神をもってする論理と美の共存した桑原先生のような文章でないとリアルに伝わらない。「フランスは日本で十分に知られていない」。いまだって、まさにその通りと思う。

ところで、本稿を起草した契機は、4月にこの記事を見て唖然としたことだ。

「遺族が京都市に寄贈した桑原武夫氏の蔵書1万421冊を2015年、当時、市右京中央図書館副館長だった女性職員が無断で廃棄していた」

「蔵書は1989年に市国際交流会館(左京区)が開館した際に寄贈され、一般公開されていた。市教委によると、2008年に京都に関する資料を収集する機能を備えた右京中央図書館がオープンしたのに合わせ、蔵書を同館に移動させたが、保存場所がないとして、向島図書館の倉庫に移した。15年に向島図書館の職員から、「置き場所がなく処分したい」と女性職員に相談があり、了承したという。」(以上、京都新聞より)

こういう公的判断が下されることはフランスや英国では考え難い。管理費用の問題があったならば一定の理解はできるが、その場合は遺族の許可を取ってオークションにかければよかった(僕が買いたかった)。故人もさぞご無念だろう。安倍政権と文科省が大学授業料を無償化すれば、知的財産と粗大ごみの仕分けを適確にできる図書館職員が育成されるのだろうか。いまのところそうも思えないので、僕は音楽資料のたぐいの寄付はやめとこうと思う。

 

 

 

ドビッシー 交響詩 「海」

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Categories:読書録

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