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読響定期・小林研一郎のマンフレッド交響曲

2018 JUL 7 2:02:31 am by 東 賢太郎

指揮=小林 研一郎
ピアノ=エリソ・ヴィルサラーゼ

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲 作品58

(7月5日、サントリーホール)

今や日本を代表する指揮者である小林さんには思い出がある。1996年だったと思うが、共通の知人の紹介でアムステルダムでゴルフをご一緒して、夕刻にコンセルトヘボウでコンサートがありご招待いただいた。オーケストラはオランダ放送交響楽団で前半がリストのピアノ協奏曲第1番、後半がチャイコフスキーのマンフレッド交響曲だった。残念ながらゴルフの負けの悔しさで頭がいっぱいであり、リストは興味ないし交響曲もいまひとつ馴染めておらずあんまり覚えていない。しかし正面に観ていた小林さんのオケの掌握ぶりは目覚ましく、その姿はしっかりと記憶に焼きついている。

僕はゴルフでコテンパンに負けた記憶はあまりない。だから小林さんは大変に、特別な方なのだ。とても気さくでよく語られ話題も豊富であり昼食は大盛り上がりで楽しかったが、たしか54才で始めたとおっしゃられたゴルフはとても強かった。初心者とナメていたらスタートの前に「僕は肘から出る『気』で人を動かす商売なんで、エイっとやって、みなさんここぞのパットは外させますよ」、なんて指揮者らしい手振りで笑わせた。もちろん冗談と思っていたら本当にパットが入らなくて調子がおかしくなり、ニギリでコテンパンに負けてしまったのだ。エイっをやられたのだろうか。

驚いたのは記憶力で、初めてのコースでホールアウトしてからなのに各人のホールごとのスコアはもちろん、何番ホールで誰が2打目を何番アイアンで打ったなんてことを覚えておられる。自分のことを自分より覚えている人に初めて会った。そんなに見られていたのかと唖然だ。こういう人が指揮台にいたらオケの楽員は気を抜けないだろうということがわかった。百人を同時に見ていて、各人が何をしているか楽譜を記憶しているのだから。暗譜で振るとはピアニストの暗譜と違う、支配するためなのだ。指揮者とはこういう超人なのだと思い知った。思えば僕は人生で数多の超人にお会いしてきたが、ゴルフという人間が透かし彫りになるゲームでの小林さんの超越ぶりは疑う余地もない。

そういえば芸大に入る前は「陸上をやってました」とおっしゃってたっけ、きっと足も速かっただろうし全身がアスリートなのだ。この文武両道ぶりは鮮烈であり、指揮者という職業は僕にとって神のようなものだから、その人に運動まで負けてしまうと男として完敗感は救い難い。だからコンセルトヘボウで音楽などそっちのけだったのだろう。済んだことは忘れる性格だから他人のクラブどころか自分のだって覚えてなかったが、これ以来悔しさのあまり僕は知らず知らず影響を受けていたと思われ、相手の成すことを細かく観察するようになってマッチプレーが強くなったとさえ思う。

だから、小林さんというと僕にとっては音楽以前にまずゴルフのニギリが強い人という印象が強烈なのだ。やわな芸術家などという感じはぜんぜんない、これは否定的な意味ではなく僕にとっては最大の賛辞である。音楽はそりゃあ子供の時から女の子と一緒にピアノやってたんでしょでおしまいだが、始めて日が浅いのにあれほど勝負が強いというのは、まったく捨て置けない、ただ者ではないのである。あれがゴルフであり、野球でなかったのが唯一の救いだ。

この日の読響の掌握ぶりはまずあの時のエイっそのもので、懐かしくさえある。あれならオーケストラは動かせるだろうと納得至極だ。近くで拝見していたが、肘の『気』は健在で棒の動きのイメージ通りに弦が深みある音を発する。マンフレッドはN響でもアシュケナージとペトレンコで2回聞いて、それでもつまらない曲だと思っていたが、ついに初めて楽しめた。4番と5番の狭間の曲だがロ短調でもあり悲愴に通じる音もする(プロットもマンフレッドの死で終るから似る)と思えば、白鳥の湖であったりロメオとジュリエットであったりもする。

前半のベートーベンP協1番。はっきり言って、良かった。エリソ・ヴィルサラーゼは初めてい聴いたが、1番の実演では僕のきいたベストの一つ。打鍵は強くフレーズは明瞭に弾き、歌うべきは歌う。終楽章の強靭な推進力、骨太な輪郭、愉悦感はなかなか出るものではなく、あのように弾かないと曲に埋没して負けてしまうから意外とこれは難しいのだろう。タイプこそ違うがギレリスがマズアとやった演奏を思い出した。これが存外に良かったものだから後半も集中力が切れなかったと思う。オケもティンパニを強打してメリハリと色彩感にあふれ、小林さんこの1番は素晴らしい、ヨーロッパのオケを思わせるあの彫りの深さは日本のオケからあまり聞いたことがない

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