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鈴木雅明/読響のメンデルスゾーンに感動

2018 OCT 28 10:10:46 am by 東 賢太郎

指揮=鈴木 雅明
ソプラノ=リディア・トイシャー
テノール=櫻田 亮
合唱=RIAS室内合唱団

J.M.クラウス:教会のためのシンフォニア ニ長調 VB146
モーツァルト:交響曲 第39番 変ホ長調 K.543
メンデルスゾーン:オラトリオ「キリスト」 作品97
メンデルスゾーン:詩篇第42番「鹿が谷の水を慕うように」 作品42

 

仕事の準備等で忙しくあまり眠れていない。だから読響は行くかどうか迷った(居眠りでは申し訳ないし)。結局行くには行ったが前半はだめ。意識が飛んでしまう。39番はモダンオケでピッチの恐怖はなかったもののアンティーク解釈は好きでない。ブリュッヘンのライブを聴いたが、読響もほぼ同サイズの編成でティンパニの位置まで同じだった。僕が39番の真価を初めて知ったのはフリッチャイ盤だ。あれがおふくろの味なんだから、ほんとうはこうなのよと言われてもどうしようもない。

睡魔に参ってしまい、15分の休憩でセイジョーイシイに駆けこんで高濃度カテキンのお茶を買って一気飲みした。カフェインぬきだったらなんのこっちゃと思ったがどうやら入ってたんだろう、目はパッチリしてきてひと安心。ぎりぎりで席に戻る。すると今度はトイレが心配になってくるという塩梅で、コンサートひとつにこんなに苦労するようになった。もうバイロイトなんてありえねえやと思いつつ指揮者の登場を待つ。

メンデルスゾーンの宗教曲というとエリヤが忘れ難い。フランクフルトの部下にドイツ人 H 氏がいて、博士だったのでDr.(ドクトル )Hと呼んでいたが、年上だった彼はクラシックが博学、博識だった。僕はほぼ無知に等しかった宗教音楽を彼に習った。エリヤを聞けといわれアルテ・オーパーに一緒に行ったのがきっかけだ。神々しい音楽だった。ドクトルぬきにキリスト教徒でない僕がバッハ、ヘンデルを含めて宗教音楽をいっぱしにわかるなんてどう考えても無理だった。

後半は楽しみだった。そして報われた。鈴木 雅明さんはバッハを何枚か持っていてみんな良かったが実演は初めてだ。なんとドイツ人が敬服してついて行っているぞ。僕にはわかる。そんな簡単な人たちじゃないのだ。ソプラノのリディア・トイシャーは美声だ(美人だしフィガロのスザンナを歌うビデオがyoutubeにあるが全曲聴きたくなる)。櫻田 亮のテノールも見事だ。眠気などすでにおさらばだった。そしてなによりRIAS室内合唱団!うまい、最高!

鈴木さんの指揮は人柄まで見て取れる気がする。音楽に奉仕する魂が音楽家の共感を呼んでいると感じた。聴く方だってそうだった。マリア・ジョアオ・ピリスのリサイタルを聴いて自分が何に感動して涙まで流しているのかわからない。音楽を聴いてそういうことは、長い記憶をたどってもあまりないと書いたが、鈴木さんのメンデルスゾーンに同じことを記すことになろうとは、行くかやめるかなどと迷っていたぐらいなのだから想像だにしなかった。

心の底から突き上げてくる感動。わけもなく涙が止まらなくなった。歌われた言葉ではない(なにせ読んでもいない)、音楽の力、歌の力としか考えられない。ドクトルHはメンデルスゾーンがナチスのせいでいまだに正当な評価を得られていない理由を説いた。ドイツでユダヤ人問題を正面から論じるのは現代でも重たいことなのだが、彼も僕も金融証券界という、あえてアーリア人的視界に立つならばユダヤ的業界の住人であった。だからだろう、彼とはミュンヘンのオクトーバーフェストでビアホールで乾杯しながらそんなことを話しても平気だった。

金貸しは非道、金利を徴収するのは肉を切り取ることという世で富裕な銀行家の息子だったメンデルスゾーンはキリスト教に改宗した。しかし彼が生きるためにアイデンティティまで売ったとは思えない。彼は深いバッハ信仰がありルター派になったが心のルーツはユダヤ教徒であり、旧約・新約両方の聖書に出てくる聖人エリヤを描いたのは深いわけがある。ドクトルHは熱かった。ナチスは同盟軍と教わっていた僕は、アンネ・フランクがフランクフルトから逃げて隠遁したアムステルダムの家を見て深く同情はしたが、彼のメンデルスゾーン講話でいよいよ憎むようになった。

そのような知識も信仰もなくとも、メンデルスゾーンの音楽は訴求力があると思う。彼の音楽は、今流に中国語でいうなら全球的であって、大方の聖書も読んでいない日本人がバッハのマタイ受難曲をあるべき姿として理解するのは至難であったとしても、エリヤは自然に耳から共感できる。今回の曲目、未完に終わったが完成していればエリヤ、聖パウロと並んで三大オラトリオを形成したはずであるオラトリオ「キリスト」作品97もそうだった。そうだ、キリストはユダヤ人なのだ。信仰はないのに涙があふれ出てくる。ドイツの保守本流の音楽でしかこういうことは起きないことを僕は知っている。どうしてかは知らないけれど。

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Categories:______メンデルスゾーン, ______演奏会の感想

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