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64本のスピーカー・オーケストラに絶句

2019 JUN 18 1:01:14 am by 東 賢太郎

ヒビノ株式会社は「音と映像のプレゼンテーター」として類のないわが国を代表する企業である。今回あるプロジェクトで新木場にある工房「シンフォキャンバス」を訪問した。

ビルの7階を占める大空間に64本のスピーカーが並ぶ壮観。一本一本がオーケストラの個々の楽器音を出すシステムは僕も夢想はしていていずれ作りたいと思っていたが、まさかそれがこの世にあるとは!

そう思ったのは僕自身がシンセサイザーを演奏してMIDIで多重録音を膨大にしたことがあるからで、楽器を重ねていくと徐々に音の混濁がさけられなくなり、マルチトラックの本数を泣く泣く減らして本物っぽくした経験があるからだ。しかし作曲家が心血注いだスコアに無駄があるはずはなく、それをさせられる不快感を解消する唯一の方法はシングルトラックをマルチにする、すなわち、楽器の数だけスピーカーを鳴らすしかないという結論に至っていた。だからこの「スピーカー・オーケストラ」は究極の世界なのであって、それをやっていただいた方がこの世にいるということ自体が夢のようであった。

これを作られたのはシニアネットワークスペシャリスト宮本宰(みやもと つかさ)さん。このシステムはまさに人生賭けた入魂の作品である。早稲田大学理工学部在学中にフォークグループを結成してアルバム1枚、シングル3枚をリリースするが、そこで録音作業の妙に魅せられて音響技術者を志すこととなり、故冨田勲氏に信頼された斯界の大家である。「部屋(空気)が音楽を作る」という哲学が合致することを知り、僕が「リスニングルームを石壁にした」意味を完璧に理解していただいた。写真の通りバスドラにウーハーが組み込まれエレキベースはアンプが置いてある。お察しいただけるだろうか、これは空気を振動させる道具であるという合理的思考の貫徹である。素晴らしい。隣で聞いていた岩佐君によると僕は「鳴るのは部屋。スピーカーじゃない」と自宅で力説したらしく(覚えてないが)、宮本さんと「まるで兄弟の会話」だったらしい(氏は7つ先輩)。たしかに、こんなお兄ちゃんがいても不思議でないと思うほどそっくりな嗜好で似た路線を追求されておられ、ただ、こだわりの徹底ぶりは足元にも及ばない。

どんなものかこの動画をご覧いただきたい。

宮本さんはクラシックはベートーベンの運命から入り、オーマンディーで覚えた。「だからカラヤンも小澤もぜんぜんだめなんです。物足りない。第4楽章へのブリッジなんかもね。だから自分でMIDIで作ってしまいました。音質は落ちますが音楽はやっぱりグルーヴなんで酔えるんですよ」なんと、まったく僕と同じことをされている。ひとりぼっちじゃなくてよかった!こうしていきなり話がストライクゾーンに入って延々と続いてしまい終わりがない、仕方なく、ではそろそろと「演奏」していただいたのがこの曲。ワーグナーのタンホイザー大行進曲である(このビデオではない)。

名古屋フィルを合唱付きでマルチマイク録音したその迫真の音は衝撃だった。正直のところこの手のもので僕が驚くなどということは自分で想定もしていない。かつて人生でスピーカーからこれ以上のものを聞いたことはないし、オーディオなどというものの次元であれこれやってきた自分が馬鹿らしくなってしまった。音ではなく音楽に心から感動し、鳥肌が立った。弦楽器の生々しさ、管の質感、重低音の空気感!目をつぶれば掛け値なしにそこにオーケストラが「ある」。奏者が「いる」。

「宮本さん、これで春の祭典とダフニスとクロエをやりたい」とほざきながら、もうそれが頭の中で響いている。あのブーレーズのCBS録音の質の演奏をこれでやったら、もう鼻血ものだ。ワーグナーをサンプルに選ばれたのにも表敬したい。僕自身の経験からマルチトラックの混濁はスコアのパート数だけではなく作曲家のオーケストレーションの癖にも依拠して発生する。中音部が厚くてだぶる傾向のあるワーグナーは非常に鳴らしにくい作曲家なのだ。MIDIでないとはいえ、そこに声楽まで出されてしまうと二の句がつけない。これで作曲したらとぞくぞくするが、人生それで終わってしまうかと不安にもなってくるほど。

ポップスもということでホイットニー・ヒューストンのライブを、これは映像付きできいた。劇場の特等席で舞台を見上げている感じだ。これまた絶句するほど凄い。故人のアーティストが生きてそこで歌っているようにというコンセプト。まさにそう感じる。DVDなのにサラウンドで鳴るのはどうして?ときくと、「ピアノを含めて楽器をダビングしました。だから40数本のスピーカーは楽器ごとに鳴ってます。ぜんぶ耳コピです」。いや耳も素晴らしい。

宮本さん、そしてご紹介いただいたヒビノサウンドDiv.大坂ブランチ所長の徳平さん、ありがとうございます。末永くよろしくお願いします。

 

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Categories:______音楽と自分

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