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スイトナー/ドレスデンの「フィガロの結婚」

2019 JUL 14 1:01:37 am by 東 賢太郎

もしも、モーツァルトの良さがぴんと来ないという方がおられたら、ここにご紹介する「フィガロの結婚」の序曲をお聴きになるといい。オペラは長い? いえいえ、序曲だけで充分なのだ。所要時間はポップス並みのたったの3分45秒。それで人生が変わるかもしれない。

この3枚組のレコード、当時モーツァルトの名手とされたオトマール・スイトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏である。当時はオペラの知識なんか全然なかったから何もわからなかったが、それでも歌手陣に聞いたことのある名前が多かった。それが大幅値引きで売られていたのを発見し、何かあるな?と疑問は持った。値引きの理由はドイツ語版であることなのだ。そのため国内の評論家がリザベーションをつけ売れなかったのだろう。後述するが、それを問題なしとはできない時期もあったが、大事の前の小事であったことを悟ったのはさらに後になる。

 

フィガロを良く知ってしまった今となって、数多あるレコードの中でどれが好きかと問われれば僕はためらいなくこれを挙げる。長いどころかあっという間に4幕、3時間が過ぎ去るこの演奏の魅力を上回るものが出現する可能性はないだろう。いやあれこれ御託はよそう。申し上げたように、このオペラを知らない方はビデオの冒頭から3分45秒までの「序曲」(Overture)だけお聴きいただきたい。モーツァルトが人生の絶頂期に書いた最も有名な曲のひとつ。覚えておいて損はない。

断言しよう、いまお聴きになった序曲は僕の知る限りこの曲の存在する最高の演奏だ。それも、もう二度と現れない。なぜならこの音はドレスデン国立歌劇場管弦楽団(以下、DSK)の固有、唯一無二のものであり、なおかつ、このオーケストラは現存するがもはやこういう音はしないからである。

僕はDSKを欧州駐在中に何度か聴いた。コンサートしかり、オペラは本拠地ドレスデン・ゼンパーオーパー(Semperoper)で「さまよえるオランダ人」を。しかし「こういう音」はついぞ聞けず、どれにも失望した。理由は二つある。東独消滅後のオーケストラそのものの変質。もうひとつ、この音は録音会場であるルカ教会(Die Lukaskirche)のものであったということだ。第2次大戦の連合軍の空爆で破壊されたこの教会は再建され、東独時代のドイツ・シャルプラッテンによるDSKのプローべと録音はここで行われた。スイトナーのフィガロはEMIが1964年に行ったそのひとつの名録音であったのだ。

ドレスデン・ルカ教会

ルカ教会でのカルロス・クライバーによる録音風景(魔弾の射手)

皆さんは東独時代(1964年)のDSKをこのドレスデン・ルカ教会の音響で楽しまれた。いかがだろうスイトナーのフィガロ序曲。小気味良い、シャンペンが泡立つ如き、これ以上の快速は難しいという息もつけぬテンポ、高雅で繊細なニュアンス、曲線的で流動的なロココ調、感情をくすぐるユーモア、あたかも大きな室内楽である絶妙のアンサンブル、シルクのような弦、馥郁たる香気を添える木管、燻んだホルン、いぶし銀のトランペット、皮革のティンパニ!ワインならこれがロマネ・コンティでありペトリュスである。この序曲をもって「モーツァルトはこういうものだよ」と世界の誰に向けて語ろうが結構であろう。

この録音のキャスティングの豪華さたるやため息ものだ。後に代表的フィガロ歌手になるヘルマン・プライが伯爵役と時代を感じさせる。当時の東独モーツァルト歌手オールスター・チームの観があり、この面々を前にしてディクションの面からもイタリア語で歌うのはナンセンスと思えてしまうし、さらに言えば、ドイツ語圏の人々のモーツァルトにのせたプライド、気概も僕は感じてしまう。これが録音された1964年に同盟国日本の首都で開催されたオリンピックがどれだけ国威発揚の気分に満ちたものだったかをわが世代の方々は実感されるだろう。日独はまだ「戦後」だったのだ。

ヴァルター・ベリー(バリトン:フィガロ)
アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソプラノ:スザンナ)
ヘルマン・プライ(バリトン:アルマヴィーヴァ伯爵)
ヒルデ・ギューデン(ソプラノ:伯爵夫人)
エディト・マティス(ソプラノ:ケルビーノ)
アンネリース・ブルマイスター(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)
フランツ・オーレンドルフ(バス:バルトロ)
ペーター・シュライアー(テノール:ドン・バジリオ)
ジークフリート・フォーゲル(バス:アントニオ)、他
ヴァルター・オルベルツ(チェンバロ)
ドレスデン国立歌劇場合唱団
シュターツカペレ・ドレスデン
オトマール・スイトナー(指揮)

これを聞きながら「大事の前の小事」にこだわった当時の日本人評論家の心情はいかばかりだったか第二外国語にドイツ語をなんの疑問もなく選択した僕には想像つかないが、このキャスティングがあれば誰よりモーツァルト本人がドイツ語台本を採用をしたかもしれない。

僕は8年前に上掲のなつかしいLPを、その音響をなるべく保持したままCDRに録音し(LPの第3面まで)その際に改めて感動してノートにこう書いていた。

奇跡的に美しいフィガロ。これぞオペラが始まるわくわく感そのものという序曲!DSKの見事なこと筆舌に尽くし難し。世界最高の、至高のオーケストラ演奏!しかしこのレコードの凄いのは、このDSK演奏クオリティが歌手も含めて全曲を一貫していることだ。ローテンベルガーとベリーの美声と共に一瞬にしてオペラに引き込まれ、釘づけにされてしまう。これに加えて大好きなエディット・マティスまで出てくるのだからたまらない。しかしこのレコードに関する限りローテンベルガーの声の方が良い。このLP、買った時はドイツ語になじめず敬遠していたが今や全く気にならなくなった。こんな楽しい音楽と歌の前には小さなことだ。この歌手の選択、オケの音作り、きびきびしたテンポ、完璧な音程とハーモニー、全てあの魔笛と共通するものであり、スイトナーさんの力によるものであること、論を待たない。スイトナーこそ私をモーツァルトの世界に導いてくれた大恩人であり、先生である(24 May 2011)。

僕が自室にまで「教会の音響」にこだわるに至ったのはこうした長い歴史がある。ではこの演奏の自室での再生はどうか?ここは重要だ。というのはいくら部屋の音響を整えてもCDはだめなのだ。皆さん、suitner mozart figaroでyoutubeを検索すればCDを音源にしたこの演奏のビデオがいくつも出てくる。ヘッドホンでそれと僕のLPバージョンをきき比べてほしい。CDへのトランスファーにあたってミキシングをいじったのだろう、歌が後退してオーケストラの音量が増している。ルカ教会どころかメットのような大歌劇場でオーケストラピットを覗き込みながら聴いているようで実に不自然だ。デジタル化の効用として解像度を商業的に謳うため楽器をズームアップする傾向は一般的に認められるが、控えめではあるがここにも感じられる。その結果Vnが分離してきつく無機的になりトランペットは浮き出る。DSKの木質の感触は失われ、教会のオルガンを模した古典的な管弦のバランスが無残に崩れている。アロマなきロマネ・コンティ、ペトリュスであり、これから嗜もうという若い方が妙な味で覚えてしまうことを危惧する。スイトナーはLPの音を許可したのであり、センスのないミキサーの余計な作業を僕は認容することはできないし、おそらくスイトナーもしないだろう。LPのほうがCDより音が良いとはよくいわれることだが、アナログ、デジタルの物理的特性の違い以前にこういう人為的問題があるということだ。

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Categories:______モーツァルト

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