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2019 SEP 30 19:19:43 pm by 東 賢太郎

今年は蚊に食われなかった。人生初めてだ。体質によって狙われやすい人とそうでない人といるらしいが、僕は前者なので夏はいつも注意を怠らない。にもかかわらず毎年やられる。不倶戴天の敵であったのだが・・・。

ガキの頃は放課後も休日もほぼ屋外にいたから蚊にとっては格好の獲物であり、いつも手足がかゆくてムヒなしにいられなかった。部屋にも侵入されてしまう。夜中にプ~ンという不快な音で目がさめ、眠気まなこで電気をつけて逆襲にかかるとぱたっと気配が消える。これはなぜだろうと思っていたが、蚊は自分を襲った相手のにおいを覚えていて身を隠すそうだ。何億年もかけて吸血で生き残った生物だ、すごいセンサーを身につけている。まるで忍者みたいだが、こっちもスナイパーだ。睡眠時間をけずっても絶対殺すと意を決して家中さがしまくり、机の下の暗がりの壁にとまっているのを遂に見つけるのだ。

敵は血を吸って丸々と太り、もう逃げられない。この瞬間の気持ちをどう表現したらいいんだろう?快哉を叫ぶと同時に、明日は大事な試験があるというのに寝不足だと怒りは頂点に達しており、風前の灯火のこいつをどうやって殺してやろうと考えるのだ。キンチョールじゃ面白くない、手でぶっ潰してやろうなどと。この瞬間、僕はギャングを追い詰めた刑事のつもりでいるのだが、実はギャングは自分なんじゃないかと思ったりする。動物は相手を食うための殺しはやるが人間は怨恨でもやる。鶏を裂くに牛刀を用いるぐらいの勢いでそいつをつぶすと、壁紙が血で赤い。やったぞとは思うが、ごめんよ悪かったなという気も残る。幸福な幕切れではない。

いまの家は蚊が来ない。やられるのはもっぱら暗闇の帰宅途中の路上だ。スマホのながら歩きなぞしているとほぼ確実に腕や首をやられる。それもあっという間にだから大変な凄腕であり、敬意を表したいぐらいだ。しかし不思議だ。これらの個体は卵を産んで死ぬはずだが、毎年どういうわけかそのあたりで同じようにやられるのであって、凄技は子供に遺伝しているとしか考えられない。そう考えると、今度はギャングではない自分がいることに気がつく。そうかこの蚊も母親なんだと。

すべての生物にお母さんはいる。それで同情してたら世の中は大変なことになる。そこで刑法では罪刑法定主義というものが出てくる。人と罪は分離して、犯した罪を法律に書いてあることに従って罰する。罰せられるのはその人だが、そしてその人にもお母さんはいるのだが、それはそれこれはこれで刑は執行される。権力を持って裁く側の人間がギャングかもしれず、人間というものの愚鈍さを歴史から学んだ英知から出たスマートな考え方である。血を吸ったら死刑という法律はないから、僕はあの帰り道の蚊を殺してはいけないかもしれない。

蚊にはひとつだけだが感謝することがあって、それは蚊取り線香というものを日本人に発明させたことだ。あの紫煙の香りは風鈴の涼やかな音色と同様に欠くべからざる夏の風物詩で僕は大好きだ。家族で海水浴に出かけた伊豆白浜や勝浦の民宿の夜、蚊帳を吊って親父がさあ寝るぞと消灯するが、明日も泳げるのが嬉しくて興奮して眠れなかった真夏の夜の空気をありありと思い出させてくれる。

なんとなく、見つけても蚊は殺すまいと決めていた。そういう奴はつまらないから狙わないのだろうか、今年は蚊に食われなかった。

 

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