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朝比奈隆のエロイカ

2019 OCT 30 18:18:38 pm by 東 賢太郎

 

はるか昔に買って忘れていたLPレコードを棚から引っぱり出して、片っ端から聞いている。千枚以上あるから時間がかかる。きのうは朝比奈隆のベートーベンがでてきた。中身の記憶はさっぱりないが、なぜこのレコードを買ったかは推察できる。このひと、80年ぐらいに神戸でエロイカをきいて面白くも何ともなかった。大フィルも二流と思った。しかし当時は大阪に住んでいて、世間の評判は高いしこっちの耳がおかしいかもしれない、また聴く機会もあるかと思い、確認する意味で買ったと思う。それでどう思ったかはこれまた覚えてないが、記憶がないのだからやっぱり感心しなかったのだろう。

ところがだ、きのうエロイカをお終いまでじっくりきいてしまったのである。このLP、1977年10月6日のライブで、オケはやっぱりうまくない。冒頭から遅いテンポでバランスも音程も甘い弦、なんだこりゃと立ち上がって止めかかったが、なにか予感があってMov1だけ聴こうと思いとどまった。熱が入ってきて、これならばとMov2に行く。さらに良い、この楽章の後半は非常に良い。そこから最後まで、出だしと同じ演奏と思えないコクと熱量が横溢してきて耳はくぎ付けだ。まぎれもなく、優れたオーケストラでないと出ない性質の音が出ている。

こういう演奏はもはや世界的に絶滅しているのである。

僕は1982年から16年欧米語圏に住んで、20世紀終盤のカラヤン、バーンスタイン、ショルティ時代の世界のオーケストラを現地のホールで聴きまくった。人間のやることだから、トリプルAランクのオーケストラがいつも良いわけではない。シカゴ響はロンドンでショルティ、ドホナーニで何度か、フランクフルトでもバレンボイムで聴いたが、ショルティのマーラーのレコードみたいな超弩級のものはなかった。ベルリン・フィルは何度も色んなホールで聴いて、カラヤン最後のブラームス1番はたしかに凄かったが、心底震撼したのはブーレーズのダフニスとカルロス・クライバーのブラームス4番だけである。2年間定期会員だったムーティのフィラデルフィア管だって信じられないほどさえない日もあった。彼らがアウエーでやる日本公演は、ホールのプアな音響の問題もあるが「頑張って帳尻合わせたね」という以上の記憶はない。

しかしここで書きたいのはそういう事ではない。朝比奈は練習を見るに旋盤の微細な角度にうるさい中小企業メーカーの社長のような人であり、クライバーのような「テレーゼ、テレーゼと恋焦がれて弾けとか」と直観にささる指示より即物的な弾き方の指示をするタイプだ。エロイカの出だしのテンポはベートーベンの付点二分音符=60の指示に対し朝比奈は48でありとても遅いわけで、だから伴奏のヴィオラのタタタタの伸ばしに微細な指示をしているのがyoutubeのビデオで分かるが、緊張感が出ない。そうやってMov1が開始するものだからいきなり背筋が伸びるカラヤンのエロイカのようなインパクトが全く希薄である。

これで思い出したのはクナッパーツブッシュだ。彼のも46~48で超低速でごわごわもっさり始まり、イメージが良く似ている。

今どきこんな田舎くさいエロイカをやる指揮者はいないが、明らかに彼らは全曲の焦点をMov2に置いているのであって、ベートーベンがそう意図したかどうかは別として、強いインパクトのある解釈と思う。

最晩年のショルティのをチューリヒで体験したが、ここまでではないがやはり極点はMov2に置かれており、エロイカを見る視点が変わった。しかしあれはショルティという超大物だからオーケストラ(トーンハレ管)を乗せられた観もあり、若いお兄ちゃんが気軽にできるものでもない、楽員が心から納得してついてこないと浮いてしまうリスクのある解釈だ。朝比奈がそこまで意識して48のテンポにしていたか知る由もないが、若いお兄ちゃんであった僕には良さがさっぱりわからなかったのを恥じ入るしかない。蛇足ながら朝比奈の1977年10月6日ライブはクナッパーツブッシュよりずっとすぐれている。

朝比奈・大フィルのエロイカ(6年後のもの)

 

 

Categories:______ベートーベン

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