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観光業は瀕死だから旅行しましょうの愚

2020 AUG 11 16:16:58 pm by 東 賢太郎

(1)意図と逆効果のGoToキャンペーン

観光業は瀕死だからとGoToを最悪のタイミングで強行して、やっぱり地方の感染者が増えだしてしまった。友人が「地方でかかっちまうと大変なことになるんだよ」と教えてくれた。「たちまち噂が広まって親戚中に叩かれちまう。へたすると引っ越しを迫られる」。まさかと思ったら、きのう青森だったかお盆帰省者の家にシニアの筆跡と思える字で「早く帰れ」と張り紙がされた。まるで横溝正史の世界だ。まだそうだったのか・・・。友人はお盆の帰省は断念した。GoToは地方にお金はあまりばらまかず、恐怖心をばらまくことになってしまったようだ。あれをやらなければお盆は帰れたと嘆く同僚が多いと後輩から聞いた。

「利用者はまだ多くないし地方の数字はGoToのせいではない」とTVで擁護する人もいるが、GoToが成功しようと失敗しようと関係ない。罪深いのは、あれを強行したことで都市部の若者の気がゆるんだことだ。“旅行は行っても大丈夫” と国がお墨付きを与えたのだから、だったら飲み会やカラオケやバーベキュー程度ならOKだろう、ばんばんやろうよとなった。そして3密となり、ウィルスは効率的にばらまかれ、無症状の彼らが出歩いて東京も大阪も名古屋も福岡も感染経路不明の数字が激増した。しかも沖縄のように明らかにGoToの客が感染元という事例が発生して「都会の人は来ないでくれ」になった。

ニュージーランドは新規感染者ゼロが100日目になっており、市民はマスクをせず普通に生活している。人口は大差があるが、ロックダウンしたのは3月26日だから4月7日の日本とそう違わない。日本も5月は数字がひと桁まで落ちた。違ったのはそこからだった。政府がバックギアに入れた論拠は不明だ。「夏は沈静化」「日本人は抗体がある」など俗説を信じたか、ウィルスを甘く見たか、「こんなに我慢したんだからそろそろ」だったのか、とにかく経済を回したい一心で「神風」が吹くと信じたのだろう。

太平洋戦争も「神国」で戦って「科学技術」に負けた。それでも科学や教養を軽視する反知性主義のセンセイがたが跋扈するのが日本の政治風土だ。彼らは興味も理解力もないから、そういう難しいことはセンモンカにふる。いまは分科会という。しかし、何度も書くが、データ集積のないコロナの専門家は世界にもいない。一寸先は闇だから誰もリスクを取らず、日々起きていることを見ながら用心深く発言する。業界から早く何とかしろと突き上げられる族議員のセンセイがたにそれが煮え切らなく見え、「ならばやってしまおう」とGoGoになる。そんなところだろう。バックギアで大迷惑なのはまじめに我慢してきた国民なのだ。

 

(2)贔屓(ひいき)の引き倒し

こうなってしまうと、そういう場所に都会から行くのは心のハードルになる。とくに高齢者は単価もリピート率も高く観光業にとって大事な客だが、時間も金もあるので行きたい時に行きたい場所へ行く人達だ。歓迎されない所でも安いから行こうというインセンティブはあまりない。むしろ若者が押しかけると怖いから避ける。カラオケやバーベキューをばんばんやろうよという人達は申込書類を見てもわからない。もとからあんまり “ソーシャル” でない人にソーシャル・ディスタンスを期待するのはインテリの勝手な思い込みだ。

初めて米国のグランドキャニオン国立公園へ行ったとき、高さ1kmの直角に切り立った崖下を流れるコロラド川を見おろして目まいがした。柵(さく)があるから安全なのだがこわい。考えてみよう。もし政府が公園の安全性を “監督” しているなら(つまり両者が対立関係にあるなら)僕は柵を信用する。しかし、もし公園が大赤字の経営危機で、政府が経営を援助すると宣言して「GoToグランドキャニオン・キャンペーン」をやっていたらどうだろう?

「柵は安全ですか?」

「はい、転落防止対策の実施状況について十分な調査を行い、実施が不十分な項目については、現場等を確認した上で、助言を行うとともに相談に応じています」

なんてことだったらどうだろう?

監督者でなく庇護者である政府は「柵の安全も大事だが、公園の売上げも大事だ」(コロナ対策に全力をあげながら経済を回す)といっている。国民はすでにそれは無理とわかっているし、身内の審査や監督は甘くなるのが世の中ということも知っている。まして、様々な “お友達優遇政策” を疑われた政府が「安全です」を言ってもなんのこっちゃで、ホテルや旅館はGoTo登録の手続きすらわけがわからない。かくして旅行先での柵(=旅館・ホテルによるコロナ対策)の安心感など吹っ飛んでしまい、感染者増のニュースで「やっぱりね」「アベノマスクが今ごろ届くんだものね」となり、「旅行は危ないからやめとこう」になり、なんのこっちゃで観光業界にツケが回るのである。こういうのを、贔屓(ひいき)の引き倒しと呼ぶ。

 

(3)国家が「需要創造」に加担するのは間違い

つまり、観光業の票田と献金が目当てなのではなく本当に経営を守りたいなら、国は監督者の立場に徹して「旅行先の安全性」のアピールだけしたほうがいい、というより、本質的な観光業救済策はそれしかない。観光需要は政府が余計なことをしなくても誰もが今すぐにでも旅行やお墓参りに行きたいように、ある。爆発的に、厳然とある。だからコロナ”不安”が収まれば勝手に戻る。不安はしばらくは消えないが、国民は学びつつある。どうやったら危なくなく外出できるかを。国民が学ばない限り、科学無視の政府が何度「大丈夫です」を繰り返してもかえって不安を煽り、せっかくの巡回転を逆行させるだけだ。あまりに馬鹿でみっともないを通り越して迷惑だからやめた方がいい。

厚労省、国交省は、見事にお役所仕事の域ではあるが、GoToに関わる感染防止対策はやっているように見える。問題は、そこに首相官邸が乗っかって「GoTo!」と “営業活動” をしてしまっていることだ。これは生牛肉料理「ユッケ」は禁止しますと政府が「食の安全」をうたいながら「焼肉キャンペーン」をぶちあげるようなものだ。いつぞや話題になり、族議員の利権と批判されて消えた「お肉券」「お魚券」というものがあったが、GoToは限りなくそれと同族の利権のにおいがする。そもそも国家がいち業界を応援し、セールスマンまでしてくれるなんてことが正常なんだろうか?非常事態だから?それは全ての業界にとってそうだ。

 

(4)国の仕事とは何か

国家の目的(仕事)は何かというと政治学の話になりマックス・ウェーバーなんかが出てきてややこしくなってしまうが、結論だけにするなら「国民に強制力のある規則の制定と維持」というところである。要するに、法律を作って、それを作った種々の目的が達成、維持されるべく行動する機関、過程の総称が政府(Government=統治すること)であって、国家は政府が運転するマシーンのようなものである(ああ、十分ややこしくなってしまった・・)。いいたいのは、「規則(法律)を作って」という部分である。規則とは基本的に「ああせい、こうせい」「ああするな、こうするな」と “行為” を強制、指示するものである。

もし国家が経済に関与したいなら対象は供給サイド、需要サイドの2つある。供給者は限られており指示して計画も調整もできる。一方、需要は国民・法人の数だけ意思がありそれは難しい。つまり法律の制定・維持が仕事である国家は、法律になじむ供給サイドに関与はできても、なじまない需要サイドは技術的に困難なのである。例えば、「郵便の業務は日本郵便株式会社が行う」(郵便法第二条)と事業者を限定して供給をコントロールすることはできるが、需要者(国民全員)に「お正月は年賀状を10枚出しなさい」という法律を作ることは私権(財産権)侵害であり法の目的になじまない。

さらには、物理的暴力行使ができる権限を持つ国家が需要を創造しようとする行為は本質的に危険をはらんでおり、一見そうは見えなくとも、市場にひずみや誤作動を起こしてしまう問題がある。例えば大阪の吉村知事のうがい薬発言である。それが意図ではなかったにせよ、買い占めという誤作動が起き、安易な使用による副作用のリスク、本当に必要な患者に不足するなど混乱を与え、わずか41人の事例で本気かよと知事の科学リテラシーへの疑念まで持たれてしまった。製造会社からのリベート(利権)を疑われてもおかしくない。かように、国家(政治家)の需要サイドへの関与は結果が読めず、政治家個人のレピュテーションリスクも高い。再度書くが、やめたほうがいい。

GoToは吉村発言と比較にならない規模の、政府による堂々たる需要創造行為である。(1)(2)のバックファイアーで観光業のためにもならないのみならず、現在の政治がかかえている問題を露呈して見せた。これは次稿とする。

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Categories:政治に思うこと, 新型コロナ・ウィルス, 若者に教えたいこと

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