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僕の「人生重大事件」リスト

2021 AUG 29 18:18:25 pm by 東 賢太郎

前にどこかに書いたが、もう欲しいものがない。もともと世俗的な欲はあまりなくて、子供の頃の “2つの夢” のひとつ「なにかで日本一になりたい」は駿台公開模試でやったし、もうひとつの「プロ野球選手になりたい」は「巨人の一軍選手の年俸を超えたい」にゴールポストを動かして達成している。しかし女房子供に自慢してもあっそうで終わり。役員になったとかMBAを取ったとか起業に成功したみたいな方がうける。でも世俗的な欲があまりない人間にとってそういうものは重大事件でないのだ。

僕の「人生重大事件」を時系列で書くとこんな感じだ。どれも他人様には何ら響かないだろうが人間形成に深い影響があったから重大だった。音楽については既にあちこちに書いたので省く。起業後は人間形成完了後なので割愛。

小学校時代

① 近所の野球仲間M君のお父さんに球が速いとほめられた

② いじめっ子から逃げながら小石を投げたらおでこに命中した

③ 祖父が灯篭に乗って天に昇る夢を見た

④ 先生のクイズ「西島君が鉄棒まで何歩で行くか」をあてた

人生重大事件とはこういうものだ。②は校外で遊んでいたらデカい年上の奴らにからまれ友達が殴られた。全力で逃走しながらとっさに石を拾って振りむいて投げたらそいつのおでこに見事に命中。当たる瞬間までスローモーションみたいに見えた。そいつはうずくまり、ふたりで「ざまあみろ~」と罵声を浴びせた。デカい野良犬に追っかけられた時も石を投げて額の真ん中に命中している。なにせ多摩川で毎日石を投げて鍛えていたのだ。①と②は絶大な自信となり、高1で硬式野球部のエースに選ばれた時も当然と思っていた。③は泣いて目が覚め、ほどなく祖父は亡くなった。手相を見て大器晩成だと太鼓判を押してくれた祖父がずっと見守ってくれていると信じて生きてきたから窮地に追いこまれても焦らなかった。④は「153歩」と確信をこめて紙に書き、西島君が校庭の向こうの鉄棒に到達する最後の数歩を自信をもってカウントしながら見守り、やっぱりなと賞品のシャープペンシルを予定されていたようにもらった。そういう能力があると信じて疑わぬ性格になり、腹がすわったビジネスマンになった。そのシャープペンシルは1学年上で後にテレビで有名人になるワルに脅し取られた。この手の種族の奴らには以後絶対に負けないと心に誓った。

中学時代

① パーカーの万年筆をもらった

② エラリー・クイーンにはまった

③ 気に入ってる女の子がクラスにいたが口もきけなかった

①は万年筆に憧れがあって天に昇るほどうれしく英語を勉強する気になった。くれたのは先の友達のお父さんで洋行帰りでカッコよく、叔父がフランス車 “シムカ” に載ってヴァイオリンを弾いてカッコいいのとダブって西洋に行くぞという気になった。②は夏休みに読みふけり「ロジックというものは美しい」と感嘆。論理=言語になりこのような文体になり数学的思考力がついた。③1年生のクラスの女の子に興味はあったがからっきし勇気がなく、ついに一度もまともに話したことがなく精神的には男子校状態だった。そうだった情けなさから勉強か野球でモテるしかないと思い野球に行ってしまった。

高校時代

① 現国の授業でプレゼンをやって予想外にうけた

② 肘と肩を故障して背番号14に降格された

③ 駿台の模試を受けたら偏差値40代だった

④ アジャンタのチキン・カレーに衝撃を受けた

人生初めて大勢の前で足が震えながら教材の好き勝手自己流解釈をしゃべり大拍手を受けた①は偉大な経験(故酒井先生のおかげ)。後のビジネス成功の絶対のルーツであり、ブログもその流儀で書いて既読7百万回に驚きもない。②で野球をあきらめ女の子にもてるには勉強だとギアチェンジした。そこで③という峻厳なる天の審判が下るが背番号14の屈辱よりましだと屁のカッパであった。失ったものがデカいので大学は東大文Ⅰにするしか自分を納得させられなかった。④で「食」の世界の深さに目覚めた。後に世界中で珍味を食べ歩く原点になる。

浪人時代

① 駿台予備校の根岸先生の授業で突然に数学に開眼した

② 公開模試で数学満点、総合点7番で記念品をもらう

③ ミステリーを書いた

④ 3匹の猫に遊んでもらった

①は天恵。これなしに今の自分なし。②で日本一は意外に大したことないと思った。だから現役で受かった私大に進んでいたら①②は存在せず、今の境遇はあり得なかった。③はクイーンをまねた答案。夏休みに熱中。④家族の協力とチビ、チャー、クロ(+トモ)との遊びは絶大な支援だった。

大学時代

① 2度アメリカ旅行した

② 家内と広島で知り合った

③ 自分の頭は大したことないと知った

④ スキー、麻雀を覚えたが下手だった

⑤ テレビに出たが失敗した

①④のように遊びを覚えたに尽きる。勉強は常にそうだが一夜漬けですぐ忘れた。②カープファンでなければ家内とは会えなかった。③そう思ったが勉強以外の頭は別だと正体不明の自信があった。⑤野村に就職が決まって出演させられたNHKの番組で失敗をやらかしたのにお車代を4万円ももらえてうれしかった。

会社時代

① 大阪の個人営業で仕事のすべてを教わった

② コロンビア大学ベイカー・フィールドで9回を投げて野球人生を終えた

③ ロンドンで外資に7千万円で誘われ自分の値段を知った

④ 香港の地下鉄公社オープンに出場して優勝(ゴルフ)

⑤ 野村を辞めたら年俸が億単位になった

すべては野村證券のおかげ。本当にいい会社に入って幸運だった。ゴルフは大阪で初めてやり香港でシングルになり香港金融界80社代表のコンペで個人優勝したがそれ以上は成長しないと悟った。サラリーマンは31年やったが下積み時代は上に忖度しないので苦痛であり、自分が上になると管理業務が苦痛になった。死ぬまでプレーヤーでいるためには起業しかないと悟ったが、最初は銀行口座の資金が尽きるのが恐ろしくて地獄の日々であった。ほんの最近になって、誰のカネであれ100億も動かせれば自分の口座残高はあまり気にしなくていいことを学んでいる。それでもうかる案件は勝手に来るし人も寄ってくる。周囲の皆さんには不思議だろうが今年は一回も家から出ないで黒字になるだろう。なぜそうなれたかという答えは自分でも見つからないが本稿の「人生重大事件リスト」のどこかにあることは確かだ。

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Categories:自分について, 若者に教えたいこと

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