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ブリス 「色彩交響曲」(1921/1932)F. 106

2021 SEP 29 13:13:34 pm by 東 賢太郎

ロンドンのことを書いていたらこの交響曲のことが頭に浮かんだ。

まずは英国音楽について述べてみよう。ドイツ音楽やイタリアオペラに比べると日本ではあまり人気がない。誰でも知ってるメロディーとなるとエルガーの「愛の挨拶」や「威風堂々」、ホルスト「惑星」のジュピターぐらいだろう。ところがロックとなると景色がガラッと変わる。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、クイーン、レッド・ツェッペリン、ピンク・フロイド、ディープ・パープルなど門外漢の僕すら聞いたことがある名前がずらりと並ぶ保守本流の国なのだ。

その理由を探るとひとつの文化論になろう。英国ロックの席巻は、植民地の米国が繁栄して英語が世界言語になったことと無縁でないと思う。第九や蝶々夫人を好きな人がみなドイツ語、イタリア語を理解しているわけではないが、イエスタデイやウイ・ウイル・ロック・ユーを英語で歌える人は多いだろう。音楽はやはり原初的には言葉と一体なのだと思う。そしてもうひとつはビートルズ、ストーンズという巨星が現れたことだ。それが英語という言語の伝播と相乗してロックのディファクトを形成したと思う。

英国のクラシックにもオペラはある。いやむしろ声楽はメインの存在であって、合唱曲、オラトリオ、歌曲に良い曲がたくさんある。だから明治政府の「お雇い外国人」の約5割は英国人であったのになぜ西洋音楽輸入はドイツ中心の器楽曲重視になったかは不思議ではある。想像だがクラシックでは英国にはドイツ3大Bに匹敵する人がなく、各界の「いいとこ取り」ができた政府が選ばなかったのだろう。英国自身もヘンデル、J.C.バッハ、ハイドンら「外タレ作曲家」を輸入してきた歴史もあるから訴求力がなかった、これは仕方がないことともいえる。

しかし英国のクラッシックには独特な魅力があるのだ。私見だがそれはこの国の気候風土と密接な関係があって、シベリウスの音楽がフィンランドのそれにとても親和性を感じさせるのと似たことだと思う。ではその気候風土はどんなものか?英国に住むと良い事もたくさんあるが、たいていの日本人はあの暗くて長い冬に参ってしまう、これぞその特色だ。雪が降るほど寒くはないがじとじと小雨が続き、陽の光を見るのは週に何度かというイメージで、僕も毎年9月ごろになるとああまたあの季節が来るのかと憂鬱になった。慣れるまではけっこうメンタルにくるので鬱病の人が増えるともきいたがよくわかる。

ちなみに推理小説はこういう所で出来るというのが持論だ。暗いから細工の効いた犯罪ができ、細工をリバースエンジニアリングすると犯人が特定できるという知的プロットの小説が書けるのだ。コナン・ドイルの出身地はエジンバラ、クロフツはダブリン、クリスティーはデヴォン、チェスタートンはロンドン、エドガー・アラン・ポーはボストンからロンドン。みんな緯度は樺太の中央よりも北の都市で冬が暗い。陽光がさんさんと降り注ぐイタリアやスペインにだって知能犯はいるだろうが、虫眼鏡とピンセットでその悪党を追い詰めて捕らえるシャーロック・ホームズよりも、痴情のもつれで恋人をブスッとやっちまったドン・ホセを逮捕はせずむしろ感情移入する方が南の国では受け、だからそれはオペラになる。ホームズはならないし、今後も多分ならないだろうと思うのだ。

英国音楽を聴いていると、やっぱりこういう難渋な旋律や和音はあそこに住まないと出てこないだろう、南国の人には書けないなと強く思わせるものがある。感情表現も回りくどい。オーソレミオなんて言わない。そういうメンタリティーを英語で reserved というが、慎み深く無口で誇大な表現を避けるのを良しとする文化だからだろう。それって日本人に近いといえないこともないから親しみやすいかというとそうではない。いいなと心から思うようになるには、英国で越冬しろとはいわないが行って肌で気候を感じてみて欲しい。できればレストランでハギスやブラック・プディングやキドニーパイを注文してみて欲しい。意外にいけるじゃないとなれるぐらいならもうその域にあることうけあいだ。

アーサー・ブリス

A Colour Symphony、色彩交響曲、何だそれは?と思ったが、そういうものの存在は日本にいる時から知っていた。実際に聴いたのはロンドンに行ってシャンドスのCDを買ってのことだ。作曲家アーサー・ブリス(1891 – 1975)の代表作だが彼の名さえ知っている日本人はごく少ないだろうし、本国でもこれを演奏会できくことはなかったからそう一般に知られているとも思えない。僕が関心を持ったのも、まずその第1~4楽章が順番に紫色、赤色、青色、緑色という標題だったからである。色が音楽になるのか?と思いきや、色そのものを描き出そうとしたのでなく、紋章学で色には象徴的な意味があることに着想したものだから、グスタフ・ホルストの「惑星」が星の物理や情景には関係なく神話から得たインスピレーションから書かれているのと同じだ。僕としてはちょっと物足りない。火星が戦争の星だなんて与太話はどうでもいい。できれば木星や海王星など、宇宙船でそこに行った驚くべき情景をイメージして誰か音楽にしてもらいたい。ベテルギウス、ベガ、プロキオン、スピカなんて恒星ならもっといい、ぞくぞくするなあ、絶対にCD買うけどなあ。でも色はどうなんだ、赤、紺、オレンジ、金、銀を眺めたイメージ。宇宙旅行ほど難しくない、作曲科の学生さん僕だったらやるよ、面白いと思うんだけど。

しかしだ、それはともかく、人間臭さや古典的感性での自然賛美から自立した星やら色やら抽象的、即物的な視点で大曲を書いてみようという精神が僕は好きだ。曲がりなりにもそこにはルネッサンス、啓蒙思想の香りを作曲に投影してみようという実験精神が感じられるのであり、さすが科学、哲学、民主主義の先進国だという心のあり様を見るのである。思えば倒幕を画策し薩長に最新兵器を提供してそれを成さしめた英国が「お雇い外国人」を5割も送りこんだのは自明であり、明治政府がそれに学んで日英同盟に進んだのは良かったし、しかし全面依存でなくドイツ、フランスの知恵も導入してバランスさせたのは賢明だった。洋学の輸入にもその痕跡を見る気がしている。

ブリスは1942~1944年のBBCのミュージック・ディレクターだった。サラリーマンだったわけではなく、前任のエドリアン・ボールトのリプレースだ。僕もよく聴いていたBBC Radio 3の前身の番組を作ったらしい。交響曲は本作だけで、オペラ、バレエ、室内楽、映画、舞台、ミリタリー、ファンファーレと手広い。本作も英国音楽の難渋さからは逃れていて(彼は英米のハーフだ)非常にわかりやすい、耳になじむ音楽と思う。特にオーケストレーションがカラフルであり、それで色彩交響曲でもいいぐらい。僕はむずかしい音楽がちょっとしんどいなという時にヴァーノン・ハンドリー指揮のアルスター管弦楽団のCDを聴いているが、この音響はなかなかゴージャスである。

 

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Categories:______イギリス音楽

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