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ここまで書いた「自分史」について

2021 OCT 11 17:17:39 pm by 東 賢太郎

このことは何度か書いたが、僕がブログを書く目的は「自分史」を書き残すことである。

自分史は伝記ではなく、書いている自分は生きているのでジ・エンドがない。不意に死ぬか、書けなくなるか、辞めようと決めた時のいずれかにジ・エンドを迎える「一種の日記」である。日記は公開しないが、僕は「千年後の子孫」という読者を意識しているから紙でなくオープンソースのソフトに書くことにした。それがWordPressでブログという形態のメディアだ。ウェブログ (weblog) の略であり、ウェブ上のlog(記録)である。

ウェブであるのでコンテンツの守秘性はなく、子孫も千年たてば不特定多数の公衆である。一種の日記のつもりではあっても、だんだん「一種の」の方が自分の気持ちの中で勝ってしまうことに気づいてきた。公衆に何か訴求をしてみようという試みである。そして、さらにだんだんと気づいてきたことがある。訴求はしても労多くして何も意味がないということだ。

僕はそのことに、母が逝って半年ほどしてから気がついた。そして、すぐにこう書いた。

西部邁さん死去、多摩川で自殺か

「言論は虚しい」「僕の人生はほとんど無駄でありました」。西部さんのこの訴求に逆らえるほど僕は自分を優れた人間と思わない。

いま書きかけている「我が家の引っ越しヒストリー」は66才になったいまの自分の解釈を最低限にして、記憶する限りの事実・心象(過去完了形の記憶)の描写にとどめた定義どおりの「自分史」の試みである。するとそこには、書いてのみぞ知る重要な発見が3つあることを知った。

① 住んだ家こそが自分史の元号である

② 家を思い浮かべるとそれ以外のことも思い出す

そして、

③ たくさんのことをもう思い出せない自分に気がつく

のである。

年齢はすべてを衰えさせる。ここ数日は毎日5千歩、つまり3.5キロほど走り、きのうは調子が良くて二子玉川までノンストップの37分で到達した。息も絶え絶えになり、復路はぜんぶ歩くことになって49分かかった。6年前は往復で60分であったこと、きのうは往路4キロを全力で走っても速度は歩きとたった12分しか違わないこと、かような限界数値を見ることで「衰え」を客観的に知るのである。

僕の場合、走力は高校で鍛えたお釣りがあるからまだ減衰が少ないほうだ。しかし記憶は鍛えようがないから自然のままに減るだろう。実感では7割はすでにブログに書いているが、残り3割はもう6年たったら半分に減っていることだろう。とすると、少なくとも人生の15%は無に帰して「なかったことに」なる。ブログは早めに書かなくてはならない。

しかし、ここで西部さんの最後の言葉が重くのしかかる。書くにはそれなりの時間がかかる。僕にそんな時間があるのだろうか。もしあるとしても、子孫でなく自分や家族のために使うべきではないかとも思うのだ。

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