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日本は「反知性主義」によって戦争に負けた

2022 JAN 11 18:18:05 pm by 東 賢太郎

今年でブログ執筆10年になる。やってみて知ったことが幾つかあるが、その最も重要と思うものの一つが英語と日本語の違いだ。本稿は未来の日本を背負う若者に読んでいただきたい。

ウォートンスクールでの課題や論文執筆、後の証券業務でのレポート作成など僕は英文をたくさん書いたが、その経験からすると、日本語は物事を説明するのには非効率な言語だと感じざるを得ない。娘とその議論をして教えてもらった下のデータは8言語でそれを比較したフランスのリヨン大学の研究チームによる「複数の言語におけるスピーチ情報密度の違い」(原題”A cross-language perspective on speech information rate”)で、単位時間内に伝達できる情報量は、英語を1とした場合は日本語は0.68である。

この結論に至るデータマイニングの是非は日本語を母国語とする立場から検証の余地があるかもしれないし、日本語には逆に情緒的な表現に適するメリットがあるので一概に優劣を論じるものではないが、僕はブログで情感を訴える気はなく何かの「説明」をしたいので 1 : 0.68 には重みを感じる。単位時間内のスピーチ語数が同じと仮定すれば同じことを伝えるのに日本語だと47%も余計な文字を使うことになるからだ。それはブログを日本語で書く感覚とも合致するし、日本のニュース番組とCNN、BBCのそれを比べた体感としてどなたも納得できるのではないか(ちなみにニュースの時間内語数も日本はとても少ない)。

このことはエリン・メイヤーINSEAD教授の以下の研究とも関係があろう。

1.における「ハイコンテクスト」とは言外の含みを読み取らないといけない、つまり「空気を読んで」判断し、京都の「ぶぶ漬けいかがどす」は「早く帰れ」という意味だよというコミュニケーションをする国という意味だ。2.ネガティブな事は間接的にほのめかし、4.上下関係をはっきりさせ、5.みんなで物事を決め、7.なあなあで収めたい、となる日本はそのための語彙が増え、物言いが長くなりそうだということは直観的にも感じられよう(言語別の語彙数は日本、中国が多く仏が少ないようだがデータの信憑性からここでは取り上げない)。

面白いのは3.説得である。独仏が「原理優先」、日中米が「応用優先」だ。理屈で納得しスペックで物が売れる独仏に対し、日中米はそれだけではいけない。独仏と米が対極にあるのは要注目で、「接待が効く」点において米は独仏よりも中に近い(先の大統領選を思い起こされたい)。仲良くなったり、所属階層の権威をちらつかせたり、誰誰の紹介ですと関係性を強調したりする必要があり、逆にそっちだけに注力して理の通らぬことを押しつけるのも可能になってしまう。

そのことを日本について述べると、大半の日本人は理屈を嫌う。原理に適った正しいことを主張すればするほど、論旨と1ミクロンも関係ない「でも人間それだけじゃないよね」という風がどこからともなく吹き始め、全員がオセロのように「だよね」「だよね」となって「原理主義」は「反論」によってではなく、「理屈が嫌い主義」によって制圧されてしまうのである。それを広い意味で「反知性主義」という。国会には顔つきからして「歩く反知性」のような議員が政党を問わず在籍しているが悪いとは思わない。彼らは国民のマジョリティーである「理屈が嫌い主義」の代表者で、民主主義がワークしている証しということではあるからだ。

しかし個人的な事を述懐するなら、小学生のころから「原理主義」で「空気」は読まず、「評価」はストレートに口に出し、「階層」は無頓着で「自分」で決めたく、「関係者(友達)」だからといって一概に信用はせず、「対立」は構わず「スケジュール」がきっちりなのは性に合わない子供だった僕は非差別少数民族であって競争上は不利であり、逆に欧米ではそうでもなかったことになる。自分はインテリだと主張する気も利益もないが、反知性主義者と合わないことだけは間違いない。「原理主義者」が「理屈が嫌い主義」の人と気が合うなら僕はチンパンジーとだって一緒に住むことができる。

それほどに自分を特徴づけたのは「原理主義」だったと知ったのがブログを10年書いたことによる第2の発見だった。僕はまず原理を理解しようとする。義務感や功利性によるのではないと思う。それがないと記憶を拒む働きすら頭にプリセットされているので生まれついた性格だろう。ロジカルな事柄は当然だが、そうではないこと、例えば「NFT」という言葉を覚えるかどうかという時にもそれが働く。だから「それ何の略?」と必ず尋ねる。するとその単語を使ったほとんどの人はそれを知らず、疑問に思ってもいないことを知る。僕の質問は non-fungible token の定義(原理)を正確に知ることも意味しており、それなしにエヌエフティーと音韻だけ覚えたふわふわな状態でその単語を使用するなど吐き気がするほど気持ちが悪い。

ところがそうした横文字は音韻だけで思考停止という人が日本にはとても多いのが現実の僕の観察である。simulationのことを高学歴の人でもシュミレーションと10分のスピーチで5回も連呼して平気だったりする。もっともらしい顔しているが実はなんにも考えてない。シュミレートなんて動詞が英語にないことはウチのシロでも 0.1 秒でわかるだろうに、12才から英語を習っているのに脳にそういう回路が存在しないのである。ということは、この人の言葉はすべからく定義が曖昧であり、もっと大事なことも抜け落ちているだろうなと考えることになる。彼のプレゼンに乗ることは100%ないし、ストレートに評価すれば「地アタマ悪いな」と判断するしかないのである。繰り返すが、いくら高学歴であってもだ。

ここで数学が登場する。数学=計算と思っておられる人はここからは時間の無駄となるからやめられた方がいい。

僕は昔から計算がへたで遅く、暗算はほぼできない。だから計算ばかりやらされる算数は嫌いだった。しかしそれは無料の電卓アプリがする作業である。受験数学程度ならハンディでないのはクイズ王がインテリとは限らないのと同様だ。例えば「集合論」は難しいが計算は要らない。「集合」が理解できないと物事の厳密な意味での「分類」ができず、「分類」ができない人は定義(原理)を正確に知ろうという頭の働きが生まれず、シミュレーションだろうがシュミレーションだろうが気にすらならない脳が完成するわけである。その人が仮にソロバン名人で暗算が常人の百万倍速かろうとも数学ができる保証はない。そういう人に「クイズ王がインテリとは限らない」と集合概念で物を言っても概ね意味がない(正確に事の重さが伝わらない)というのが僕の経験である。

「頭の働き」「気にすらならない脳」と書いた。強調するが、「うまく働く脳」「気にする脳」は自分で作れる。簡単だ。まず自分の脳が「働いてない」「気にしてない」という嫌なことに積極的に気づくことだ。次に「働かせ」「気にして」みて「なるほどこうか」と「腑に落ちる」”感じ” を体で覚えることだ。どうなれば腑に落ちたかは人による。だから「これだ!」という自分固有のシグナルを見つける。僕の場合、理解できないものは記憶回路に入らないので「記憶した」シグナルと同じものが出ることがわかっている。それは187という数字だとすれば「ひゃくはちじゅーなな」と音でリフレーンが聞こえる。新しい物事に出会うと「働いてない」「気にしてない」かもしれない。そうでないなら「腑に落ちた」リフレーンが聞こえるはずだと常に自分を疑って客観評価している。聞こえないならわかってない。だから覚えない。既述のように、ここまで回路化しているので僕は無意識に日々それをしている。

情報量は英語を1とした場合は日本語は0.68しかないことは銘記すべきだ。それが母国語である非効率は存在する。インテリジェンスを正確に伝える(そうでないならそもそもインテリジェンスではないのだが)なら、僕は英語を使いたい(そう思うインテリが多いから英語はビジネスの世界言語になったのだ)。

これを指摘されると、認めたくない多くの日本人は否認すべく次の2つの誤りを犯すだろう。

①「日本語は美しい」「情緒表現においては優れている」と論点変換する

②「英米人より47%多い努力で補えばいい」と非効率の上塗りを主張する

これが「でも人間それだけじゃないよね」に等しいことを賢明な読者は見抜くだろう。これで日本は戦争に負けたのである。

①  美しさ、表現力のコンテストではない

②  47%余分な努力をするうちに負けてしまう

で議論は2秒で終わる。

あるべき考え方はこうだ。まず気持ち的には認めたくない欠点を素直に認める(これがすべての前進の第一歩だ)。次に、抜本的打開策を第三者的な目線で考える。つまり、こうなる。

非効率は存在する。47%努力せずに埋める方法は何か。

先の戦争であれば、日本は「鬼畜米英」でも「月月火水木金金」でも「欲しがりません」でもなく、トップに立つエリートが「情報戦」を仕掛けるしかなかったと僕は考える。対米戦の話ではない。物量で圧倒的に勝る相手に情報戦まで主導され、原理(=言語)無視の反知性主義に陥っていた国に勝つ道理は100%なかったのであって、負ける戦なら蒋介石を奸計であろうと何であろうと情報戦で篭絡して彼の計略を打ち砕き日米開戦を回避すべきであったしその余地はあったという意味だ。彼に対抗できるエリートがいなかったのか、いたが「応用優先」「合意志向」のハイコンテクスト・コミュニケーションの国ではトップダウンが効かなかったのかは不明だ(統帥権を持つ大元帥であられた昭和天皇はできたのだが)。反知性の者に知性なきことを知れと言っても「でも人間それだけじゃないよね」の風が吹くというのが実相だったのではないかと思う。

今更ではあるが、敗戦を認め客観的に事実を知り、そこから日本が賢明に生きる道を学びとらずして失われた310万の尊い御霊に何の申し開きができるものか。

 

なぜ「平成は大没落の暗黒期」になったのか

日本人の9割は反知性主義である

 

 

 

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Categories:______気づき, 若者に教えたいこと

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