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野球に「流れ」はある(野球以外にもある)

2022 JUL 24 12:12:27 pm by 東 賢太郎

土曜日。久しぶりにノイを連れてピアノを弾いていて、しまった始まっちまったと急いでテレビをつけると3回だった。広島・ヤクルト(神宮)だ。スコアを見ると13対0だ。またか、やばい!と目を凝らすと、なんと勝っているのはカープで怒涛の攻撃中ではないか。

交流戦覇者ヤクルトに2勝しかできずやるたびボロ負け(10敗)。アマならわかる。地方予選1回戦組が大阪桐蔭と何百回やっても勝てない。戦力差が圧倒的だからだ。でもプロにそれはない。その広島がDeNAには3つしか負けておらず(12勝)そのDeNAはほぼ互角(8勝6敗)にヤクルトを食っているから明らかだ。グー、チョキ、パーの三すくみなのである。

広島は昨日もヤクルト小川に7回まで0封。「またか・・」。まいど顔なじみの負けの貧乏神が降臨しかかっていた。ところが8回にサードの村上クンが信じ難い素人ポロリをやってくれる。なんだそれは?キミ、どうしたんだ、脳震盪でもなったか?するとすかさず秋山が右翼席に同点2ランを放り込んだのである。投手はガックリでヒザをついてうずくまる。貧乏神が退散する。すると9回に、打った記憶のないクローザーのマクガフから何ということか小園がソロ、松山が2ランをぶちこんで勝ってしまった。うーんあり得ん。何が起きたんだろう??

そうしたら今日はいきなり先発の原にライオンの群れみたいに襲いかかって一死でマウンドから引きずり降ろし、2番手からも打つわ打つわで、あっという間の13-0だったようだ。もちろんこの時点でカープファンとして万歳三唱したわけだが、不思議なことに、なんとプロ野球でこんなことが起きるのかと背筋がぞぞぞっともしていた。こういうところ、何やら幼少時からのつきあいで野球のグレービーソースみたいなのが体にしみこんでる。「見ろ、野球って怖いだろ」。いちおう僕の影響で野球はそこそこ知ってる家族にそう言って回った。反応は猫と変わらなかったが。

『ライオン狩り』(ウジェーヌ・ドラクロワ、1854)

この日も秋山が1回に3ランを叩きこんだのだ。まさに「流れをもってきた」というやつだろう。「流れ」なるものは、そんな英語はないしアメリカでは言わないし賛否両論あるが、僕は経験から存在すると思う。ベンチで真横から相手投手のタマを見て、誰とも何も話さないがヤジを飛ばしながら「速いな」とか「大したことねーな」とか思ってる(高校はほぼ初見だ)。でも大事なのはこっちの3,4,5番が打つかどうかなのだ(僕は6番)。自分は自分の打撃の世界があるが、やっぱり彼らが第1打席であっさりひねられると打席で緊張する。打ってくれるとのびのびいける。そういうのはあった。

流れというのは良い方も悪い方も「ハートのシンクロ現象」がもたらす結果だと思われる。集団心理とざっくり言ってもいい。ピッチャーが頑張れば野手も燃えるし、野手が点を取ってくれると投げる方もよしやったろうとなる。ひとつの四球、ひとつのエラーぐらいで普通そこまではいかない。だから村上クンのポロリは普通じゃなかったのだ。そこにヤクルトアレルギーに汚染されてない秋山が一発ぶちこんだ。こうなると初めて、ひとつのエラーで流れが変わる。だからデータで証明しようとすると、単に四球、エラーでなく条件を付けなくてはならないだろう。でも「どうしたらみんなのハートがキュンとなってひとつになるか」という条件を一般化するのは容易でない。Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島など真っ赤に染める3万人の観客まで「みんな」の一部になっちまうのだからほぼ無理筋だ。だから野球は面白いのだと僕は思う。

もとプロ野球のかたも東京六大学の4番のかたも甲子園ご出場のかたもおられたニューヨークの大会を思い出す。初戦の相手が優勝候補でこっちは初出場でみんなビビりまくってた。初回いきなりストライクが入らず四球と二塁打の5球であっさり1点取られた。みんなのビビりが2倍になったのがわかった。ヤバいと思ったので死に物狂いで4番を三振に取りにいった。要は味方の士気をあげるには大将の首狙いしかないと思った。高めの渾身のストレートで空振りで仕留めた。するとシーンとしていたスタンドでやおら大応援が盛り上がり、みんな「あれっ、意外にいけるんじゃねえか」と思ったろう。次の回にたまたま四球とエラーで逆転した。ベンチのアメリカ人たちが滅茶苦茶に盛り上がり、みんな気持ちがひとつになってお祭りみたいに打ちまくった。マウンドの僕はまったく打たれる気がしなくなって11対2の大番狂わせで勝って翌日の日本語新聞の一面トップになった。これは「流れ」の見本だろう。

あの時、それまで強烈に威勢良かった向こうのヤジが最終回は悲し気な「意地を見せようぜ」に転調し(マウンドはよく聞こえるのだ)、ゲームセット後もしばし茫然としていた相手ベンチはきっと「野球は怖い」と思っただろう。最後の方はとてもそういう風に感じていたので、きっとこの大会のため練習を積まれてきただろう素晴らしいチームだったし、なんとなくプレーヤーとしては他人事でなく、終わった後はみんなとはしゃぐ気になれず猫のように静かにしてた。翌週の2回戦も10対0の5回7奪三振のコールドで、しかもノーノーで当たり前のように勝った。半分アメリカ人のチームだったが彼らは僕のカーブは見たことなかったんだろう。もう強豪だ。明らかに相手がビビってた。それも、マイナスの「流れ」だ。二桁勝ちってこんなにいいものなんか。高校で味わえなかったライオンの気持ちがわかった。

カープはやっぱり秋山が効いたんだろう。やっぱり2百本もヒットを打つ人は只者じゃない。しかもカープはフン詰まりみたいに出なかったホームランをあっさり打ってくれ、みんなも便秘がなおったみたいに出るようになるんだから「流れ」のおかげとしか考えようがない。同じ左の野間や小園の当たりの良さも半端じゃなくなった。ちょっとしたことで実力は均衡したプロ同士でやってるのに二桁勝ちってのは、気持ちがシンクロすると劇的効能があるという証拠だろう。でも相手にそれが起こると逆に二桁負けもあるということだからこのままカープが強いかどうかはまったくわからない。集団心理はちょっとしたことで女心より変わりやすいと思うからだ。監督さんたちがいくら頑張ってもどうもならん世界でこういうことが起きる。ほんとうに命を削る思いだろう。

ことは野球に限らない。どんな人間集団にもそれはある。オーケストラにもそういうものがある。みなの心がシンクロすると、聴衆の心に強く訴える感動的な演奏になったりする。何度かそういうのを聴いたが、原因が指揮者の棒かというとそれだけでもない。いまも昨日のように忘れないのがリッカルド・ムーティがフィラデルフィア管でやったチャイコフスキー4番だ。帰りにまだ足がガクガクしていたぐらい凄かった。あれで、いつもはフツーの馬なりの演奏だったんだなということがバレてしまった(それでも芸になるスーパーオケだ)。その日は朝起きると大雪だった。2mも積もって交通が麻痺し、昔のパリーグの川崎球場みたいに客がいなかったのだ(オケの人数のが多かった)。ムーティがスカスカの客席をふりかえって「今日は来てくれてありがとう」ですぐ始まった4番、オケのみなさんの「ありがとう」がいっぱい詰まって尋常でない白熱の演奏になってしまった。やってみないと分からない。人間はだから面白い。

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