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オリビア・ニュートン=ジョン「そよ風の誘惑」

2022 AUG 15 12:12:38 pm by 東 賢太郎

何をやっても挫折挫折の暗黒期だった高校時代、そして、俺は何をやってるんだろうと迷う退屈男だった浪人時代を終え、昭和50年に晴れて大学生になれた僕にとって、FMで耳にしたこの人の澄んだ歌声はまさにそよ風だった。いろいろ思い出がある。まず見たこともない金髪美人である。さらに名前が変てこりんだ。オリビアはいい、ニュートンもファミリーネームでわかるが、ジョンって男名は何だ?いちいちこういうことが気になりながらも、この歌はすぐに気に入った。当時の僕にとって絶対的な歌姫はカレン・カーペンターで歌唱は及ぶべくもないが、この人の透明でなんだか素人っぽい歌声は、それはそれで可愛らしかった。その後にそこかしこのカラオケで聞くことになる日本人女性の喉声によるこの歌だが、ご本尊自身が先駆的な存在であったといえよう。伴奏セクションもカーペンターズの大理石みたいに盤石の造りに比べると隙間だらけでほのぼのだ。勉強に疲れていた僕は素朴なそれがリラックスできて好きだった。タイトルのHave You Never Been Mellowは「あなた、まったりしたことってないでしょ?」ぐらいのもんで、まるで当時の僕にふさわしい。大流行したこの歌が聞こえるたびに耳を澄ましてまったりさせてもらっていたが、歌詞の意味はぜんぜんわかってなかった。レコードは買ってない。買ってもよかったが、もう難解な音楽をたくさん聴いてしまっていた僕として、オリビアさんのLPを抱えてファンですなんて公言することは自分が許してくれなかった。難しい年齢だったんだ。

容姿にそういうイメージがあったんだろうか、今の今までフォークかカントリー好きの市井のお姉ちゃんと思ってたこの人、wikipediaを見たらなんとあのマックス・ボルンの孫であった。ニュートンじゃなかった。量子力学の確率解釈でノーベル賞をとったドイツの理論物理学者である。アインシュタインの歴史的名言「神はサイコロをふらない」は親友ボルンへの手紙の一節なのだ。そうか、ユダヤ系ゆえにナチを逃れて英国に亡命したんだね。さらに彼女の父親はケンブリッジ大学のドイツ語教授で、曾祖母の父は法学者のルドルフ・フォン・イェーリング。凄い血筋だ。そんなやんごとなきお方がこうしてお歌で癒してくれていたなんてもったいない。まあそんなことは日本ではどうでもよく、歌姫さんのイメージにはどうかというのもあったろう、報道もされなかったと思われる。

これが実物

もうひとつwikiで知ったが、この曲を書いたジョン・ファーラーはクリフ・リチャードのバックバンドだった「シャドウズ」にいた(後期の方だが)。懐かしい。4ピースのバンド編成を確立したパイオニアで、ビートルズ登場以前に英国のポピュラー音楽シーンをリードしたのはシャドウズだった。カリフォルニアの同じ編成のサーフ・バンドだったベンチャーズとはレパートリーも重なり、その例として「アパッチ」がある。小学校4年ごろ、僕はその曲に完全にハマってしまったが、レコードが擦り切れるぐらい聴いていたのはベンチャーズのカバーのほうだった。そのEP盤の解説に「オリジナルはシャドウズ」と書いてあるのが滅茶苦茶に気になっていて、成城学園の駅裏にあったレコード屋で青いジャケットのそれをついに見つけだし、お年玉をためた大枚500円で親には内緒で買ってしまった。これはクラシックのクの字も知らなかった僕が後に猛烈に熱中することになる「同曲異演盤のきき比べ」の記念すべき第1号であったが、そういうことをするのがコモン・プラクティスであるクラシックの雑誌等で知って始めたことでなく、誰に教わったわけでもなく、10才の「本能」で始めたことだったのだ(ベンチャーズ 「アパッチ」)。

「そよ風の誘惑」のコード進行は清水の流れのようにきれいだ。ハ長調。このまっさらな感じも彼女によく似合う。ド・シ・ラ・ソと白鍵を順番に下がるバスの有名な例はサージェント・ペパーズの「A Day in the Life」(ト長調、1967)である。いとも自然な歩みであるのが、サビの入り口でイ短調の翳りを入れ、少々ギターっぽい無理くり感で変ホ長調になる。こういうのはカーペンターズもあるしそれはいい。問題はこれをどうやってハ長調に戻すかだ。いったんCに戻るには戻るが、もしそこでそのまま頭のメロディを出してたらこの曲はヒットしなかったことを僕は確信するしかない。そうでなくCmaj7を経てC7にして、今度は聴き手の心を明るくして希望を与える効果のあるサブドミナントのヘ長調に転調し、心弾むサビのメロディを2度繰り返して強いメッセージとして全曲の頂点を作る。そして十分な納得感をもってハ長調に戻るのだ。

8月8日にオリビアさんが亡くなったというニュースを見て、50年近く前の若いお姿のまま時計が止まっていた僕は、Have You Never Been Mellowを何度も聴いて当時をしのんだ。73才。7才上のお姉さんである。心からご冥福をお祈りしたい。

 

 

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