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自由が丘を走っての軍事的雑感

2024 SEP 16 1:01:15 am by 東 賢太郎

人間ドックで体重を5キロ落とせと言われた。2年ご無沙汰だったのは採血と胃カメラが嫌なのもあるが、コロナ入院から解放されて安心してしまっていた。その間にあれだこれだの数値がメタボ級になっており「このままだと糖尿まっしぐらですよ」と脅かされ、「5キロ落とせばみんな戻るでしょう」と励まされる結末に至った。ものぐさなのでシンプルな解決が好きである。よし、それならという気になった。

土手で転んだ傷もきれいになった。夜の9時ごろからのジョギングを再開したが、川は懲りたのでとりあえず自由が丘を目ざすことにした。この街、通過はすれどよく知らない。故中村順一が近くなので詳しく、行きつけの緑道沿いのナポリタンの旨い店とバーに行ったぐらいか。通りの表裏に居酒屋、ショットバー、あまり気取ってないイタリアン、フレンチもあったりと、世間ではこじゃれたイメージがあるが、江戸の老舗や個性的な中華などはないからあんまり興味ないというのが本音である。

駅前のロータリーから東横線のガードをくぐる。ラーメン屋、てんぷら屋のあたりにかけて看板やチラシを手にした男女がずらっと並んで客引きに忙しい。このごちゃごちゃした小路、「美観街」とあるがウィットだろうか。「自由」ってのも「なんたらが丘」ってのも、この辺は東急が開発するまで野っぱらだからで、良くも悪くも毒がない。新宿、渋谷、池袋あたりの裏路地のヤバそうなムードはないが、水清くして魚棲まずの感無きにしも非ずである。新しい街の住人はみな「移民」である。地縁がないからつき合いも希薄で共同体より個の意識が強い。ざっくりいえば、徳川時代の江戸だった東京の北東は村社会的で、南西は都会的だ。都会は個を気ままに貫けるが助け合いより競争的である。

自由通りの方に進むと、やおら高校生らしき男女が道にあふれ出てきた。9時半を回ってる。線路のあたりに駿台、河合塾、四谷学院、Z会などがこうこうと明かりをともしており、一斉に授業がはねたものと思われる。あたりに幼稚園の予備校まである。一緒に祭りの神輿をかつぐなんて土地柄でなく、都会の住民の子たちであろう。クモの子を散らすように猛スピードで暗がりに散っていった彼らは、本当に勉学が好きなのか親の管理下でそうなってるのか。ふと思い浮かべたのは「猫カフェ」だ。あんまりじゃれない猫たち。奔放にお客に嚙みついたりひっかいたりすると営業に向かないのだ、可愛そうにともう行ってない。

面白そうなのも見つけた。朝8時閉店までどうぞ、気絶するまで営業します!という人情居酒屋だ。こういうのがあるだけで元気をもらえる。それにしても徹夜で焼酎飲んで朝飯食って帰る奴ってどんなだろう、よほどの時差ボケか昼夜逆転した人か、いやいやそれでも普通は朝まで飲まないだろう。あんまりまじめなイメージはないが人間は面白いんじゃないか。イタリアみたいだなあと思う。奴らは明るくて遊び好きだ。クソまじめなドイツ人より面白いと思っていたらそのドイツ人だってアルプスを越えるとなぜか明るくなると自分で言ってたっけ。オペラやサッカーが11時ぐらいにはねてから騒いで朝帰りなんてあたりまえで元気であり、それでも優秀な奴がたくさんいたし、そんな中からヴェルディもプッチーニも出た。間違いない。人間力をつけるのは断然遊びだ。

このあたりに住んだのはプライベートは静かな処でと思ったからだが、転んで死んでても朝まで発見されないぐらい静かである。時に人恋しくなる。そういえば浅草は良かったぞ。演芸やお笑いが好きで仕方ない連中がたむろす人情味どろどろの世界で、恋も喧嘩もいいじゃないか、人間は持って生まれたものを全開にして生きた方がパワーも出るし幸せだ。落語、義太夫、見世物、そんな地酒、どぶろくの中にワインみたいなオペラを持ってくるとスッペのボッカチオが「ベアトリ姉ちゃん」に化ける。種子が根づいたのは鹿鳴館じゃない、パワー全開で人間くさい浅草だった。いやスッペなんてウィーンのどぶろくみたいなもんで、そういうかっこつけない生き方こそ正統派と思う。

明治の大衆はエネルギッシュだった。これがあったから日本は強国になれた。廃藩置県で幕藩体制が壊れ、刀もちょんまげも取り上げられたのだから武士の剣術でそうなったわけではない。ただ武士の子は藩校という世界に例のないエリート養成学校で幼時から文武を叩きこまれ、文にも武にもインテリジェンスのある傑物がいた。米英仏の口車で再三そそのかされても内戦をせず、無血開城で江戸を火の海にしなかった西郷と勝はそれであり、植民地にされる瀬戸際で命を賭したからそうなれたのであり、こういう者をエリートという。ガリ勉していい地位について国を売ってでも私益だけは守ろうなどという者を大量生産するなら、それは教育と呼ばない。

日本は西洋から船で来れば最も僻地である。米国からも遠い。外圧を防ぐ地の利はあったが、それでも薩長は大変にアウエーである英国と戦火を交え、ホームで大敗を喫した。弱かったからではない。徳川の世で戦さがなくなり、種子島の火縄銃を数日でコピーする知恵と器用さがありながら技術を進化させるには欧州に周回後れをとっており、気がついたらアームストロング砲の時代だったからである。だから両藩のインテリジェンスに攘夷などという言葉は最早ない。公武合体派の薩摩は薩長同盟で倒幕に切り替え、そこに「尊王」という定冠詞をまぶし国民国家の宣言となる王政復古の大号令を発して慶喜を賊軍に押しやった。我が国に王政の時代などなかったからこれは官軍の旗と同じくフェークであったがこういうことはやったもん勝ちである。

欧米は日本の何倍も大きい中国の解体を狙い、日本はそのための闘犬に仕立てるべく開国させて不平等条約で囲い込む戦略で一致した。明治新政府の「富国強兵」とは武器開発の後れをリカバーし、犬でなく人に昇格するインテリジェンスであり、これなくして不平等条約のタガがはずれることはなかった。その証拠に、英国が条約改正したのは日清戦争に勝って軍事力を認めてからである。これを愛国ともいえるが、犬扱いされた人間の当然のプライド、自尊心である。それを勝ち取るには軍事力が必要。きれいごとではないこと、実効性があることを北朝鮮が実証している。さらに闘犬は猛々しく露西亜も破り種子島での能力が伊達でないことを見せつける。これは欧米を恐怖させ、ワシントン海軍軍縮条約で主力艦の総トン数比率を米・英・日・仏・伊の軍縮に至り、対英米6割という屈辱を甘んじて受けたものの三大列強の一角になったのだから驚くべきことだ。戦後の高度成長は朝鮮特需であって新技術、新製品があったわけではない、まったくのアメリカさんの都合、棚ぼたであり、それを短期に供給できたことぐらいだ。我々が真に世界に誇るべきは近代国家の創成期に、短期間に軍艦建造大国になった工学力、つまり理系の技術である。

戦艦大和(左)と武蔵

この過程で米国が将来的な仮想敵国となるであろう事を軍部は強く意識した。統帥権干犯問題を盾に単独行動を強化し、国際連盟脱退、ロンドン海軍軍縮会議脱退から巨大戦艦の「大和」と「武蔵」の建造を開始、そして、その行く末に対米戦争に至るのである。この戦争の終結において米国は総トン数から核弾頭数へと武器のフェーズを更新し、英国を蹴落として世界覇権を奪取した。それをもたらしたのは核開発に枢要な理系人材の確保であり、敵国ドイツでナチに殺されかねなかったアインシュタインらユダヤ人物理学者を迎え入れアメリカ国籍も与える戦略をとった。同じことが音楽界でもおき、ユダヤ系のワルター、クレンペラー、シェーンベルクなどが続々と米国に亡命した。日本は法律も科学も欧米から輸入しひたすら翻訳、コピーした。だから東大という富国強兵のための官僚を作る大学の学部は法医工文の序列になり、法は不平等条約改正、工は軍艦や兵器の製造(工学部が大学に入ったのは日本だけだ)、文は洋書の翻訳だった。いまだに序列はそのままだ。東大法学部卒は海外へ出ると何でもないが国内では幅を利かすルーツはここにある。

政治家に理系がおらず、そうでなくとも思考訓練をしていればいいのだがそれもなく、ド文系が国を支配しているルーツも無縁ではない。これは「世の中は理屈じゃない」と神風を信じる日本人の精神構造そのものにも膾炙しており、政治家に理系が揃う中国はそれを是非とも温存させたいだろう。日本は欧米の科学を迅速にコピーして世界をあっといわせたが、それにかまけて最先端の基礎理論から自らの手で新技術を生むことを重視しなかった。ナチスに迫害されていた多くのユダヤ人にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで「東洋のシンドラー」と呼ばれた外交官、杉原千畝がいたのだからドイツ人物理学者は日本が保護する可能性もあっただろう。核爆弾はドイツも日本も研究しており、先に開発すれば広島・長崎は救われた。こういう手は奇策でも謀略でも何でもない、いわば喧嘩に勝つ悪知恵を考えて巧妙に手を回すインテリジェンスであり、米国ならCIAが堂々としてることで、だからその “I” が名称に入っているのである。杉原の善行を汚すことにはならない、なぜなら外国との虚々実々の立ち回りはそういうもののオンパレードであることは外国に住んで厳しいビジネスをした者にとっては常識であって、それでこそ国も助けた、国益に資する行為だったとなり、日本人は侮れぬと一目置く国際評価になるのである。「日本人はいい人だ」ではなんにもならないのだ。

くりかえす。米国にあって日本になかったのは情報(information)以前に諜報(intelligence)だ。真のインテリがいなかったのである。こういうことは学校でも塾でも教えない。わかるのは喧嘩や野球をしたり麻雀をしたりの「遊びの場」であると実体験から僕は確信する。秀才だけ何人いても国はだめなのだ。神国日本を信じ、理屈が嫌い、欧米が嫌いで反知性主義に傾きがちな保守的国民もそれで良しとした。そして、その嫌いな最先端科学技術で無抵抗に殺されたのである。無学の大衆は仕方ない、これは文系エリートの大失策である。最強の武器を持てば襲われることはない。自ら襲うことをせず日本人が古来より誇る賢さと謙虚さで生きていけば国民は安寧に生きていける。保守的国民、大いにけっこうだ(僕もその一部ではある)。しかしこれぞ幕末の「尊王攘夷」なのである。薩長は幕府に先駆けて英国と殴り合いの喧嘩をし、勝てないと知った。これがintelligenceであり、勝てない喧嘩をするのはただの馬鹿である。半藤一利氏は薩長史観を否定し尊王攘夷は倒幕の口実とする。その結果起きた戊辰戦争は暴徒と化した新政府軍の東北、越後への侵略戦争になってしまったという部分は同意するにせよ、薩長が動かねば国ごと英米の謀略と武力でじわじわと侵略され、明治維新などと美名がたつ国造りなどおぼつかなかった可能性がある。

「大和」と「武蔵」。僕は英国のヨークにある鉄道博物館で、新技術だった電気機関車にとってかわられる前、1938年に時速203キロを記録した最新式蒸気機関車マラード号を見た。この数字は驚愕だった。

ヨークの国立鉄道博物館に展示されているマラード

マラードの速度記録銘板

ひとめで「戦艦大和」だと思った。奇しくも大和の起工は1937年である。英国の凋落、米国の勃興の象徴。新幹線ができる26年前に200キロ出した機関車を生む技術、安全走行させる保線技術もが世界一でないはずがない。きかんしゃトーマスのスペンサーとして今も愛されており、現在もマラード号の記録は破られておらず、ギネス世界記録にも「世界最速の蒸気機関車」として認定されている。しかし、電気機関車の出現で1963年に消える。時代遅れの技術で最先端に立っても意味ないばかりか、依存してしまえば自信をこめて国運を過つのである。世界に冠たる大和、武蔵は世界一のスペックを誇る戦艦であったが、完成したその頃に海戦の主役は戦艦から空母機に代わり、沖縄へ向かう途上に多数の米軍艦載機による攻撃を受けて鹿児島県の坊岬沖で撃沈された。だから国民を安寧に生活させるためには常に最先端で競って勝っていなくてはならないのは自明であり、なぜ2番じゃダメなんですかという馬鹿な女が政治家をやり、1番は保安官におまかせなどという精神構造が国民にできてしまえば、それだけで国家の滅亡は予定されたようなものである。

いま海軍軍縮条約は核軍縮条約になり、国際法はあっても拘束力は何もない。無法者が何千発でも核弾頭を装備しいつでもミサイルをぶっ放せる中で核保有なしというのは、西部劇で「殺し合いはいけません」と銃を持たない処女ばかりが住んでいる清廉な街のようなもので、それが今の日本である。守ってる保安官は実は自分たちを襲った奴であり、そいつは他の街で喧嘩を煽って何十万人も殺してる。こんなお人よしの街はないだろうというと、世界史上に前例がひとつだけある。カルタゴだ。案の定、いちゃもんをつけられ保安官のはずだったローマに撃ち殺されて歴史から消えた。いま総理になるとかならないとか言われてる連中はカルタゴの名前ぐらいは知ってるんだろうか、いやそれも危なそうだと不安になるのがちゃんと総裁候補に用意されているではないか。イケメン俳優で台本どおりにもっともらしくセリフを吐くのだけがうまく、何も考えずに保安官が飲み食いしまくった領収書を経理部である国会に通すだけ、それでも国民から人気をとる芸がうまい。すばらしい。保安官からすれば、日本国民から税金を巻き上げて何も考えずに自分に貢いでくれる、そういう壮絶な馬鹿をおだてて総理に祭り上げてもらうのが何よりありがたい。幸い国民はそこまで馬鹿でない。そんな職業に就きたくないから傑物が政治家にならない。政治は互助会みたいなファミリービジネス化して、ビジネスだから株主利益追求が目的となり国民の命などどうでもよい。これを変えるに派閥潰しなどは国民の目くらましで何の意味もない。我々は真剣に選挙制度を根底から変えないとだめだ。西郷や勝のような傑物が政治家を志し、金も地位もない身でも総理大臣になれる制度を作ろう、そういう国会議員、まずそれに命をかける議員を選べばいい。

自由が丘で夜の9時半まで塾でがんばってる子たち、勉強は大事だよ、塾通いも結構。しかし勉強は偏差値を上げるためじゃなく、インテリジェンスをつけるためにするのだ。ぜひエリートになってください。

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