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今年の野球は大谷サンに尽きる

2024 OCT 1 16:16:52 pm by 東 賢太郎

飛ばない球か何だか原因は知らないが、今年はNPBはホームランが激減し、ちんまりとしみったれた野球だった感は否めない。1-0、2-1の真の投手戦はあるにはあったが、そのスコアでも実は貧打戦というのも多く、それなら貧投の乱打戦のほうがよほどエキサイティングだ。4番打者がおらず目下のホームラン数が12球団最低の51である広島カープが8月までセリーグ首位でいられたのは、他チームもホームランが出ないためアラが目立たなかったメリットが大きい。9月に投手が力尽きるや20敗と歴史的大敗を喫してCS進出すら危うくなったいま、残り4試合あるにもかかわらず「大谷サンの54本を上回らない方に賭けたい」とファンに言わしむる非常事態だが、それが今年のカープの地力であって現場は本当によくやったとねぎらいたい。丸や鈴木誠也などホームランを打ち出すと引き抜かれてコスパが悪いせいかドラフトで有力な4番候補を採らず、ここ何年もコストをケチった外人のバッターたるや死屍累々の惨状のうえ今年は結果的にキズモノをつかまされる体たらくだった。これはフロントの大罪であり、米国のスカウトは問答無用で首だろう。

日米の差というと、日本人打者で唯一ホームランで注目された松井秀喜ですら日本で50ホーマーを打ったがメジャーでは最高31本に終わった。現役では鈴木誠也も日本で38本だがメジャーで今年21だ。ざっくりホームランは半減するようだ。ところが大谷は日本で22本だったのが54本と、あっさり法則を覆している。この人、体が強い。米国人と並んでもでかい。巨人なんて球団が名のるぐらい野球はでかい方が強い。しかしそれだけではメジャーでは人並みだ。この成績を出せるというのはそれだけではない、何かは知らねど強烈なメンタルというか生活態度というか人間性、いや哲学とでもいうべき「すさまじきもの」が内面にあると仮定しないと説明がつかないように思う。

一説によると日米の野球にぬぐいがたい彼我の差があったのは昔のこととされる。本当にそうかどうかは選手しかわからないが、大谷を見ているとそう思えてくる。現に3Aで30本塁打した打者が広島に2人来たが、どっちも日本の投手をからっきし打てなかった。日本で19本打った一人は韓国に行って今年50本近く打ったから、短期決戦はともかく長丁場のレースではレベルの違いはいまだ歴然とあると思う。3Aで30本塁打でもメジャーに上がれない。だから年俸がお安い日本にやって来たのだ。ということは3Aとメジャーはその平均年収の差と同じぐらいレベルが違うと思われ、プライシング(値付け=年俸)には市場原理がほぼ正常に働いている可能性が高い。ということは、「54-59」でメジャーを熱狂させた大谷サンのしたことはNPBの選手の年俸平均からして明らかに彼らの想像を絶するもの(要は全然無理)であるという結論になる。

愚生ごときにあってはあたかもUFOでも出たかの如き超常現象を眺める気分であって、メジャー球団のファンでもないから世間様が騒いでるような胸騒ぎを覚えたことも一度もなく、ロスに行ってナマを観ようかなんて欲求も覚えず、至ってクールな一年であった。逆張り型でひねくれているせいもあろうが、経験主義的人間であるので経験のないホームランも盗塁もあんまり実感がないことはある。やったことないサッカーでハットトリック何回といわれても一抹の感動もないが、自分の頭がそれと変わらないと思っている感じがある。

それでもこんな男がかつていたろうかと驚嘆している点がひとつある。とんでもないトレードマネーである。我が業界、カネは紙の上の数字にすぎない。扱うカネが何千億だろうと何の感情もないようにトレーニングされており、もらう賞与もン億円ぐらいは並であって感覚は世間ずれしていると思われる。業界は異なるもののその一点において、彼が1000億円もらった現実はホームラン、盗塁よりは実感のかけらぐらいはある。そんな金額が自分の通帳に載ってくれば、その裏腹の責任の巨大さからくるプレッシャーたるや地球上で最大級のものと想像され、我が身であれば発狂して不思議でないと身震いがするのである。

それを見てか知ってか、ちゃんと発狂したフツーの人がいた。通訳だ。この事件、検察がその気になれば危なかったかもしれぬ。嫉妬からくる悪意と法的なプレッシャーがあったと想像するし、それを振り切った大きな力が働いたにしても、未曽有の凶事がプレーに支障なかった事実は尋常でない。しかも、そのプレーということでいえば、今季はリハビリを行いながら打者オンリーで臨む初の一刀流のシーズンだった。ハンディを乗り越えたのであって、54ホーマー打ったのと同じほどそれも尋常でない。投手として育った彼が日本の風土で盗塁の名手だったはずはなく、新たに挑戦したのだ。そしてこの記録を出し、「大きく期待を上回ってくれた、クレイジーなことだ」とドジャースGMに言わしめた。超一流のスナイパーと評するしかない。

イチローの数字も超人的だが彼は人間も超人的に思えるオーラがあり、打席で集中すると投手に伝わる殺気のようなものがあった。大谷は体のサイズはともかく人となりは一見その辺にいる普通の好青年に見え、殺気などとはほど遠い感じがするのが不思議でならない。思わず親しみをこめて「サン」をつけたくなるほど普通感が半端でないのであって、そもそもこんな野球選手は日本にはいなかった。言動からしても賢そうで東大の教室にいても違和感なく見えるのも恐るべしだ。あの顔だから投手が油断して甘い球を投げてしまうのだろうかとさえ思ってしまうが、この実績なのだからそんなはずはない。

1994年生まれとなると超人類が出現しているのだろうか。このことをもって日本は大丈夫だ、元気を出そうといっても出るものではないぐらい図抜けた現象ではあるが、彼は片言の英語でなく今でも通訳を通して堂々と日本語でインタビューを受けており、発言もアメリカに媚びる様子は微塵もない。立派な日本男児だ。アメリカ人にとっては道を歩いてる普通の人にとってもたかが野球されど野球である。真の勝者は雄たけびを上げるのでなく、ああいう清々しい姿をしているのかもしれない。

 

 

 

Categories:野球

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