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プロコフィエフ 交響曲第1番ニ長調 作品25

2024 NOV 29 18:18:16 pm by 東 賢太郎

好きな曲は書いておかねばならない。そういうことで言えば、古典交響曲は物凄く好きである。いつ聴いても心はうきうき頭はさえざえで大変な名曲だが、そうほめ称える人は多くないように思う。プロコフィエフは学校でハイドンの大家に交響曲の様式をたたきこまれ、その流儀で作曲してみようと思い立ってこれを書いた。26才、日本経由でアメリカへわたる前だが青二才の試作とは程遠い逸品で、仮に老成してからの遊び心といわれても見抜けない。その後パリで書いた交響曲第2番は当地のアバンギャルドな気風に合わせたもので、両曲は両極端の借り物スタイルで書いたと言えないこともない。作曲家のシグナチャーピースである交響曲でこういう入り方をしたことこそがプロコフィエフ本人の流儀だったのである。

「ハイドンの流儀」とはシンプルな主題と三和音によるソナタ形式の両端楽章にラルゲットとガヴォットを挟んだ15分程度の交響曲であることをさす。対位法も古典派を模し、管弦楽法はMov1第2主題の弦の2オクターブ跳躍、おどけたファゴットの伴奏などハイドンの遊び心のコピーが見える。ただ、和声はTDSの機能和声を保ちながら長2度の転調がこともなげにちりばめられるなど、三和音を崩すとハイドン風には聞こえないのでそれがぎりぎりの現代性だろう。2つのヴァイオリン協奏曲で見せるキリコを思わせる孤独感、無気味、神秘性がここにないのは主題が古典の陽性を纏っているからであろう。

三和音そのものは崩さず機能性を無視して普通ではない調性同士をぶつける感覚は絵画なら原色の対比を連想させ、カンディンスキー(左)やアンドレ・ドランを想起させる。プロコフィエフは終生十二音や厳密な無調には向かわず、ストラヴィンスキーとは異なる形で独特な和声感覚を示した。古典の装束をまとったことでそれが浮き彫りに見えるこの交響曲は類例がなく、くっきりと耳に残る。

ということで全曲を克明にそらんじているが、プロコフィエフがこれをピアノなしで作曲したのは考えさせられる。シューマンは楽想が固まるまで弾くなと述べているが、ふわふわした自由な楽想からあの転調が出てくる。Mov3は想定外で則を超えそうなぎりぎりのところでD⇒Tの機能性を決然と打ち込んで「古典」の世界に聴衆を引き戻す。この曲のエッセンスはそうした現代と古典の絶妙なバランス感覚であり、聴きこんだ人はその造形の素晴らしさを俯瞰して「外郭の古典」を発見するという仕掛けなのである。

これをいつどこでどう知ったか記憶も記録もないが、初めて所有したロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送響のメロディア盤輸入LPを購入した日付は記録によると1976年9月21日だ。大学2年の秋休み明けごろで、そのあたりはほんの少々モーツァルトにめざめ、ブラームスの交響曲第1番のレコードを買い集めていたからこれを買いたくなった動機は不明である。妻と広島で出会うことになった九州旅行から帰ったばかりの気分があったのかもしれない。

1番がいかに好きになったかという証拠はある。ピアノ2手版スコアが本棚にあるが(左)、最後のページに「1978,10,7 銀座ヤマハ」と記載があるからだ。レコードを2年間聴きこんで、ついに自分で弾いてみたくなったのだろうが、調べるとその日は土曜日である。前週が会社訪問解禁で、就職を決め気分が晴れ晴れとしたのだろう、こういうことは書いておくものである。ロジェストヴェンスキーのMov1、4は速い(これで覚えたのでどれを聴いても遅い)。いまもそれが適正と思うがこの速度で弦がちゃんと弾くのは難しくMov4のフルートも破綻一歩手前のぎりぎりだ。ソビエト時代の独特な緊張感を宿したこういう演奏はもう世界のどこでも聴けない。この曲に愉悦感を求める人は好かないかもしれないが、僕は当時のモスクワ放送響あっぱれと思う。Mov1第1主題結尾の和声はモーツァルトのアマデウス和声のmodulationであり、だから自分はこの曲に得も言えぬ親愛の情を覚えているのだという発見はこの速度でなければなかった。ハイドンであるがモーツァルトでもあるのだ。Mov2の音程の良さ、Mov3の品格。どれをとってもこの演奏の王座は揺らがない。

かたや、この遅さはなんだ?というのがチェリビダッケ / ミュンヘン・フィル盤だ。この偉大な指揮者についてはずいぶん書いたのでそっちを是非ご覧いただきたいが、彼はスコアというプラトンの看破した “イデア” でなく、現実にそこで鳴る音響、もっというならそれが後ろにいる聴衆の脳内でどう化学反応を起こすかという現象に視点のあった人だ。ドヴォルザークなら8番は無視で新世界は振るという唯我独尊ぶりは好きな人は信者になり嫌いな人は敬遠というお方である。僕は前者であり、これを耳にすれば彼もプロコ1番を溺愛していたことを悟る。同じぐらいそうである僕としては、まあそれもありだよなとうなずく。ファンクラブで隣に座ったおじさんとの会話という感じだ。

ワルター・ウェラーはかつてのウィーン・フィルのコンマスでカルテットを率いた名手だ。指揮したヴァイオリニストというとオイストラフがいるが、彼は明らかにヴァイオリンを弾くべきで、ウェラーはSQと指揮でも食っていけただろう。そう書いてしまうほど英国でDeccaに録音したプロコ全集は非常にレベルが高い。テンポが良いだけでなく管弦のメリハリが最高でプロコフィエフがオーケストレーションに用いた意趣が生き生きと開示される。一例を挙げれば、快速のMov4、冒頭の裏で叩くティンパニがこんなに活きている例はない。

 

プロコフィエフ 交響曲第2番ニ短調作品40

 

 

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