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ポゴレリッチと上岡敏之を絶賛(読響定期)

2025 JAN 22 8:08:19 am by 東 賢太郎

読響 第644回定期演奏会

2025 1.21〈火〉 19:00  サントリーホール

指揮=上岡敏之
ピアノ=イーヴォ・ポゴレリッチ

ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番 ト短調 作品103 「1905年」

 

8年前、同じサントリーホール(読響)のラフマニノフ2番で唖然とし、ここにボロカスに書いたポゴレリッチのショパン2番を聴くことになった。経験をふまえて眠気に負けると予想し、カフェイン剤のエスタロンモカを1錠。

ポゴレリッチのラフマニノフ2番を聴く

ショパン2番。まず上岡指揮の弦の入りがいい。ppにきこえるが味が濃い(この日、ショスタコーヴィチまで一貫してそうだった)。主題でバスラインを補強するトロンボーンが1本だけ重なる、第3楽章のコーダ、そういうところがダサく2番という作品は1番より敬遠していたが、年齢と共に20歳の純情が恋しくなって時々かける今日このごろだ。

ポゴレリッチが入る。テンポは遅めだが遅いという感じはせず、感情の振幅で揺れはあるが奇矯なことはおきない。それどころか慈しむように紡ぎ出される音がいちいち心に何かを届けにくる様は眠気を寄せつけない。ピアニストはいきなり世界に入りきっている(これは開演前に私服で帽子をかぶって舞台のピアノにむかい、和音を延々とつまびいていてメンタルな準備ができていたのか)。そのオーラで客席も金縛りになる異空間があっという間にホールを包み込んでしまう。オケは極限のデリカシーで寄り添い、粗暴な音は皆無。白眉は第2楽章だ。これは白昼夢でなくてなんだろう。右手が紡ぎ出す息の長い装飾楽節で、粒が揃って速くてビロードのように滑らかな ppがころがる。  ほとんどのピアニストではそれが空疎、無意味に思えて耐えられず、長らくショパン嫌いでいたのだが、ピアノという楽器からこんな音が出るのを耳にしたためしはなかったということだったのだ。ポーランドの民族舞踊とは程遠い抽象化された洗練だが、この人は思いこんだら一抹の妥協もない。そういうラフマニノフを酷評したわけだが、波長が合うととんでもないことになる。アンコールの第2楽章。大事に包んで家に持って帰りたい誘惑にかられた。

後半の11番がこれまたとんでもなかった。冒頭、ハープの低い g に、これ以上は聞こえない最弱音の弦が乗る。眼前にさーっと広がったのは雪化粧した夜明け前の、荒涼とした薄暗い皇居前広場だ。銃を装備した連隊が見える。どうやら二・二六事件の朝である。11番は何度も聴いているしなぜそんな幻影が浮かんだのか見当もつかないが、この pppp ぐらいにきこえる何やら臨場感満載のイントロは一触即発の禍々しい殺戮の予兆を孕んでいる。演奏は凍りつく緊張感が延々と持続し些かの弛緩もなし。映画音楽になりそうな迫真の戦場サウンドがホールを圧し、決して一級品の交響曲とは思わないが、美しい楽音がひとつとしてないのにこれだけ重いものを胸に宿す音楽は他にないだろう。おりしもウクライナとガザでこういうことになっているのだと心が痛むばかりだ。pp を単なる静寂とせず濃い味を与え、そこから音響を積み上げる観のある上岡の指揮は強く訴求するものがある。壮演をなしとげた読響も素晴らしい、ワールドクラスの演奏会だった。

Categories:______ショスタコーヴィチ, ______ショパン, ______演奏会の感想

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