シューマン交響曲第3番の聴き比べ(7)
2025 FEB 2 19:19:54 pm by 東 賢太郎

ウォルフガング・サヴァリッシュ / ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
1972年とDSKがまだ古雅な音をきかせた時代の全集(EMI録音)。LPで買って4番を愛聴したが3番はいまひとつだ。まずMov1は原典版に近いのは結構だが中声部を鳴らすのでルカ教会の残響がかぶって f が暑苦しく、マーラーが管をいじりたくなるわけだ。コーダへの持ち込みもせわしない。サヴァリッシュが若い。Mov2,3はオケなりで平凡。Mov4の暗めの音は教会の響きが合っており悪くなく、Mov5は良いテンポで始まる。ピッチの良い木管のかぶりはDSKの美質が出ている。コーダで余計なことはしていないが、この音楽の内面から沸き立つような喜びは薄い。
カルト・マリア・ジュリーニ / ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団
前に一度ふれた盤だが、改めてきき返した。Mov1の遅めのテンポは雄大なスケール感がありラインの空気感がたっぷりだ。本当に素晴らしい。雄大を取り違えて元気いっぱいに始まる凡庸な指揮者が大半であるのだからベストのひとつであり、米国のオケでこのテンポでもたれずにそれを造形したのは大変な大物と思う。Vnの付点音符の跳ねるようなアーティキュレーションは人工的だが旋律線が常にくっきり出るのでサヴァリッシュのごった煮感がなく、マーラー版の音が整理される利点を自身の主張に活用している(対旋律のHrの強調は好みでないが)。ジュリーニは最晩年をロンドン、アムステルダムで何度か聴いたが、ドイツ物に対しては歌と流動するテンポで徒に流す部分がなく、それだけで説得されてしまう品格の高いアプローチはオンリーワンであった。それが出ているのが最晩年のVPOとのブラームスで、ACOとのベートーベンはやや老成感がある。1978-84年のロスフィル録音は別人の音楽でこのMov1はその典型だ。彼にしてはオーケストレーションに手を入れているが見事なテンポと音造りの彫の深さで有無をいわせず、インテンポで最後まで堂々たるもの。これぞ王道の解釈で素晴らしいの一言。Mov2もメリハリをつけるが欧州の良識をはずさない。Mov3はやや平凡。Mov4は対位法をくっきり響かせオルガンのようだが、テンポが流動的でコーダの弦のトレモロの増音などここも考え抜かれた立体感がある。Mov5冒頭のVnのレガート、この解釈はどこからできたんだろう?これはだめだ。Hrが雄弁に鳴るマーラー趣味もこの楽章には合わない(サヴァリッシュ盤でDSKの木管の美質が出ているのは、この楽章はスコアリングがそこまでと違う。非常に残念)。コーダも終結感を出す計算で加速するが、凡庸な指揮者がやる帳尻合わせのとってつけたものではなくぎりぎりの均整を保って盤石の帰結である。ところでこの名録音、Amazon、タワレコで検索したが(僕の見落としかもしれないが)出てこない。ショックなことだ。
コンスタンティノス・カリディス / フランクフルト放送交響楽団
Mov1は普通のテンポで開始。マーラー版でないようだが対旋律、内声が不意に浮き出てなにやら熱く物々しい。第2主題は緩急、強弱自在。歌うため全オケがふっと鎮まるなどユニークなメリハリ満載で常套的に流す部分がない。コーダは弱音で抑えたと思うや爆発。テンポはそのままで終結。こんな目まぐるしい演奏は聞いたことがない。Mov2はオケなりに進むが指揮はあおろうとしており聞きなれぬテヌート、レガートが現われる。Mov3、パートごとに起伏する歌の加減で時にフレーズが止まりそうになる。この楽章は何のことなく過ぎる花畑の散策がほとんどだが、この放送局オケの技術は高度でどれだけ緻密な要求もリアライズするためユニークな指揮者の要求がよくわかる。Mov4、暗いブラスの萌芽がだんだんクレッシェンドする様はとても良く、オケが熱してふくらんでゆくと流動するテンポが聞こえないのだろう弦の奏者が指揮を見て確認している。終楽章、なんと入りのレガートがジュリーニと同じだ(しかも弱音。再び同じ疑問、何の根拠なんだろう?)。ところが呼応するフレーズは一転してスタッカート気味にはじける。その締めのシファーシドの最後で弱音に落とし、ひっそりとラソーラソーを奏でる。ここから音楽は泡立ちTrpの合いの手までエッジのあるリズムで冒頭のレガートの対極の展開だ。ラソーラソーに木管が絡まるところの喜びはこの楽章の白眉だがオケがうまく感応している。続く後打ちリズムの跳ねもいい。そこから再現部に至る盛り上げは、テンポも音量も落とし、一瞬の弦の合いの手も細かく指示し頂点に持ち込む。再現のラソーラソー、こいつは天地がひっくり返るほどの驚きで度肝を抜かれた。しかし(シューマンはそんなこと考えてもいなかったろうが)結果的にこれが楽章の気分を根底で支える至福の音列であるという趣旨は同感だ。Trp、Tbのファンファーレからテンポが上がるが最後はレガートで実に細かい。Hrのエコーのまばゆい光が差しむが如き素晴らしい交唱からほんの少しデクレッシェンドし、目にもとまらぬ快速のコーダ(史上最速だろう)に突入して忘我の祭りのようにエキサイトし、さらにアッチェランドして加速感のなかで終わる。シューマン交響曲第3番の聴き比べ(6)まで読んでくださった方は僕の趣味をご存じだ。カリディス、こんな奴はラインを二度と振るなとぼろかすにこきおろすところだが、僕も70人のドイツ人社員を3年間指揮した経験があり彼らがいかに言うことをきかないか身をもって知っている(笑)という妙な所に考えが至った。ラインランドに近いフランクフルトはこの曲のご当地といってよい。ギリシャ人がそこでこれをやる。オケ全員が承服したとは到底思わないが指揮技術と解釈へのコミットメントのパワーでここまでやったのはお見事。それが只事でない証明だろう。客観的に3番のスコアからこれだけ歌とドラマを引き出したのは天才的と思う。モーツァルトのオペラを振ったらこいつ凄いことをやるんじゃないかという期待をもった。
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Hiroshi Noguchi
2/4/2025 | 10:38 PM Permalink
Apple Music Classic でこのジュリーニの演奏が聴けました。第一楽章から金管をこんなに歌わせるのか、と呆然としたほどですが、どこも持たれないのとおっしゃる通りでした。聴きたくなったもう一つの理由は、この頃LPOのヴィオラのトップを弾いていた方からジュリーニに色々教わったことを聞きましたので。ご紹介深謝!!