Sonar Members Club No.1

since September 2012

ツァグロセクのブルックナー5番を聴く

2025 FEB 8 9:09:13 am by 東 賢太郎

ローター・ツァグロセクは昭和のリスナーである我々に残されたドイツ最後の至宝である。昨日サントリーホールに響いた奇跡のようなブルックナーは、半ば茫茫となりかけた40年近く遡るアムステルダムの記憶を呼び覚まし、終演後しばし黙想に耽ることになった。老オイゲン・ヨッフム最後の5番だった。

これがツァグロセクを聴いた2度目のようだ。ようだというのは、この人の只事でない音楽を録音で、例えば、昨今最も好みであるラインの黄金はシュトゥットガルト国立歌劇場とのものであり、ブログで激賞した皇女の誕生日そしてyoutubeにあるエレクトラ、クシェネック2番などを再三味聴しており、肝心の、この至宝をどう発見したのかを忘れてしまっていたのだ。「東さん、それ7番ですよ。ブログにされてる」。夫妻で同行したF氏に指摘され、CDになってますともきき愕然としたものだが演奏会の感想は普通の記事とちがい美食記と同じく読み返さないから結構忘れていてしばしばこうやって恥をかく。8番のために去年の定期を買ったが叶わぬ無念が心を占めていたから昨日の5番は1年ごしの待望のものだった。これに描写していた、 “まったくもって一言一句その通り” の音楽が昨日もサントリーホールに満ちていたことに驚くばかりだ。F氏は最後に神を見たと述べ隣の紳士は泣いていたようだ。

ツァグロゼクのブルックナー7番(読響定期)を聴く

ツァグロセクは音楽に魔法をかける世界只一人の指揮者である。読響から引き出した馥郁たる弦のppはふるいつきたくなるようで、木管とホルンの絶妙にバランスした完璧な和声、飛び出ずオルガンのように調和する金管といった高度に音楽的な素材が、どうしたらああなるのか、これ以上はないだろうというほど見事な音程(ピッチ)で和合し、それゆえにオーケストラのフォルテに微塵の混濁もなく透明であるという尋常でないことが達成されている。棒だけで出来ることでなく、深く共感して産み出した読響の技術と音楽性はいくら絶賛しても足りない。

ツァグロセクの魔法はSpotifyにある「ラインの黄金」をお聴きになればいい。ワーグナーのオーケストレーションが重みもインパクトも失わずこれほど清澄に響き、歌唱がこれだけ明瞭に音程がききとれるものは少なくこれぞ僕の求めるもの、これがライブであると拍手で知ってまた驚きがひとしおになるというものだ。非常にありていの形容になってしまうがこれは “指揮者の耳の良さ” としか差別化のしようがない。例えばブーレーズの音程が悪いなどということはありえないのであって、そういう部分に心の比重を置いているかどうかが音楽家のひとつの個性だといえないことはないが、そうでない所に置く価値観が特に声楽にあることを理解はしているつもりだが、それを僕が好きなることはないというか、どう譲歩してもそういう演奏を1時間も鑑賞することは難しい。彼が生む音楽はそれほどに印象が強烈で、それはごく内的なものだから心を開いて耳を澄まして初めて感知するものかもしれないが、妙な話だが、個性的でもない彼の指揮姿は忘れても音はずっと覚えているような性質の体験だ。染まるとあらゆる音楽をその魔法で聴きたくなる。知ったものより未踏の作品を開く扉になるほうが喜びが大きく、僕はシュレーカーの「烙印を押された人々」の真価を彼の録音で知った。皇女の誕生日はここにある。

シュレーカー 舞踏音楽「皇女の誕生日」

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

Categories:______ブルックナー, ______演奏会の感想

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊