日韓国交正常化60周年記念演奏会をきく
2025 MAR 3 19:19:52 pm by 東 賢太郎

2025年3月2日(日)14:00開演 13:15開場
東京オペラシティ コンサートホール
指揮:チョン・ミョンフン(東京フィル 名誉音楽監督/KBS 交響楽団 桂冠指揮者)
ピアノ:ソヌ・イェゴン、五十嵐薫子
KBS交響楽団&東京フィルハーモニー交響楽団合同オーケストラ
モーツァルト/2台のピアノのための協奏曲
マーラー/交響曲第1番『巨人』
主催会社様からのご招待で次女と聴かせていただきました。マエストロ・チョン・ミョンフンは何度か聴いており、同世代であったことが幸運だったと思う音楽家のひとりです。そして、我々昭和のファン周知の名ヴァイオリニスト、姉上のキョンファ氏のことも思い出します。大学時代に僕は彼女のファンであり、70年代、韓国といえば彼女、ヴァイオリンといえば彼女であり、初めて同国に訪問したのはずっと後の42才でしたが政治、民族に関する雑念はのっけからなかったことを昨日のように覚えています。その後に投資の関係で何十回もソウルと往来していますがいまだ同様なのです。音楽に国籍はなく、そこから大人になり物心がついたことに感謝しています。
弟のミョンフン氏を知ったのは後でしたが、ふれこみに1974年にチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門で2位とあったのをこれまたよく覚えてます(協奏曲第1番のレコードもたしかあった)。同年の優勝はアンドレイ・ガヴリーロフ、4位があのアンドラーシュ・シフというのだからピアニストでないのが不思議であり、そっちでデビューして名を成してから指揮もするようになったバレンボイム、アシュケナージとはちがう。1984年の姉弟のバルトーク、31才の指揮をご覧になればそちらの才能に納得でしょう。29才でシカゴ響にデビューし、トロント響の音楽監督になった小澤征爾に比肩する唯一の東洋人です。
ご両人の音楽に共通なのですが、広々とした “気” が静かに背景に横たわっているように感じます。どんな激した箇所になってもそれは濃紺の深海のように不動なのです。音楽には演奏する人が現われると言いますが、本当に不思議だ。他の誰からも感じたことのないこれはお二人の持てるものなんだろうと感じます。
このビデオの会話、そして素晴らしいとしか言いようのないブラームスを聴くと、言いたいことがお分かりいただけるかなと思います。このインタビュー、英語は母国語でないのに、やさしい言葉なんだけど選び方に奥深い品格とインテリジェンスを感じます。細かいことですがなかなかできることではない。カルロ・マリア・ジュリーニが弟子とし、世界のトップオーケストラが畏敬し、あのオリヴィエ・メシアンが認めて数々の初演を託した理由の一端を見た気がします。
昨日の演奏会。モーツァルトk.365は大好きなのですが意外に演奏会にあたらず、フランクフルトで95年にアルゲリッチ&ラビノビッチで聴いただけだったので楽しみでした。第1楽章アレグロはやや遅めのテンポでピアノを伸びやかに歌わせ、ミラベル公園に遊ぶ風情の第2楽章はまさにそのもので欧州の息吹を感じさせます。終楽章のアレグロは不遇のパリ旅行から帰ったモーツァルトがすっかり快復し、姉ナンネルとのりのりのテンポで弾きまくったであろう心沸き立つ速さでありました。ソヌ・イェゴン、五十嵐薫、これから楽しみでしかない俊英ふたりの愉悦感あふれる演奏に心より満足。
マーラー巨人。これは一生記憶に残るものでした。ミョンフン氏は2008年にN響でブルックナー7番をやり、これがかつて1,2を争う名演で期待はありました。冒頭の弦がひっそりと奏でるaから広々とした “気” が静かに、しかし仄かな緊張感を漂わせながらホールに満ちます。この曲のこの時間は生きる喜びのひとつです。終楽章でまさにこれが戻ってくるのを予感して感じるものがたくさんあり、それがやってくる未来に無限の喜びを覚えるのです。何十回聴いたかわからない同曲ですが、白眉は地の底まで沈底する如く気を鎮めた第3楽章で、下手な指揮だと俗界の闖入が滑稽に浮いてしまうだけなのですが、ここでこそ彼の「濃紺の深海のように不動なもの」の神秘感が活きたのです。ここから終楽章の白熱と爆発へのコントラストは俗っぽさと無縁で、何のあざとさもなく自然体のように頂点まで高揚した解釈の、彼の言葉のように品格とインテリジェンスがあったこと!韓国のN響のような存在であるKBS響と東京フィルの合同オーケストラは指揮の意をくんで見事に融和し、唯一無二の渾身の演奏になりました。まさに、音楽に国境なし。
公演後のレセプションでマエストロは「自分が何者かと問われれば、まずhumann being(人間)です。そして次に音楽家です。こんな素晴らしい音楽というものと共に生きられることが無上の喜びです。そして最後に、韓国人であることが来ます。国よりも、音楽はずっと大事な存在なのです」とスピーチしました。だから20年も東京フィルハーモニーの音楽監督がつとまったのでしょう。同感です。僕にとっても音楽は3位でなく2位の存在です。マエストロと話したかったのですが、大変なオーラを放ちつつも少々お疲れのように見えたので自重しました。あれだけのマーラーを振ってオーケストラと我々に気を吹き込んだのだから当然でしょう。日韓両国にとって記念すべき演奏会に皇室はじめ各界重鎮と共にお招きいただいたことは光栄であり、株式会社ロッテホールディングス様に心より御礼申し上げます。
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